目次

  1. 日本とアメリカをリードするトップ起業家たちが火花を散らす、“宇宙×通信”
  2. トヨタ、ホンダ、ソニー……。異業種大手企業の相次ぐ宇宙ビジネス参入
  3. 5年ほどで5倍の50社強に。日本の宇宙ベンチャーが急増した3つの背景
  4. 日本の挑戦者たちの“うねり”を察知した内閣府 産官学の大志が集結  

世界最大のアメリカが誇る約20兆円の宇宙ビジネス市場に対し、日本のそれは約1.2兆円。

新しい宇宙ビジネス“NewSpace”をイーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、リチャード・ブランソンと言った「IT・メディア長者」たちが牽引(けんいん)し、爆発的に産業プレイヤーの数を増やしてきたアメリカと、それに追随する日本の間は、数字だけ見ればまだ差は大きい。

しかし現在、日本でもかつてのアメリカに似た現象が起きているのだ。

日本が誇る希代の起業家、孫正義氏と三木谷浩史氏がそれぞれ率いるソフトバンクグループと楽天グループは、衛星通信をテーマに火花を散らしている。

ソフトバンクはアメリカの衛星ベンチャーであるOneWebやSkylo、ソフトバンク子会社のHAPS Mobileからなるコンソーシアムを形成して、成層圏から宇宙まで全地球をカバーするネットワーク構築を狙う。

ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長=東京都港区、朝日新聞社

対する楽天モバイルは、やはりアメリカの衛星ベンチャーであるAST & Scienceへ投資しSpaceMobileと呼ばれる、全世界で通信衛星と直接つながるスマートフォンのサービス開発に力を入れる。

楽天グループの三木谷浩史会長兼社長=東京都世田谷区、朝日新聞社

既存のインターネットやモバイル通信網を破壊的に代替しようとする壮大な構想には、SpaceXやAmazonも参戦しており、今や日米をリードする孫氏、三木谷氏、イーロン・マスク氏、ジェフ・ベゾス氏(CEOは5日退任し、会長に就任)という4人のIT起業家による宇宙ビジネスのチャンピオンズリーグの様相を呈している。

堀江貴文氏が出資し経営に関わる小型ロケットベンチャーのインターステラテクノロジズ(IST)は、日本における「宇宙ベンチャー」の知名度向上に貢献した草分けの1社だ。ISTは、今月3日に2度目の宇宙空間に到達する打ち上げに成功し、大きな話題となった。

ロケット「MOMO」改良型とISTの稲川貴大社長(右)、創業者の堀江貴文氏=2021年6月、北海道大樹町、朝日新聞社

堀江氏はISTの子会社にあたる衛星ベンチャーOur starsの代表取締役社長でもあり、その動きは加速し続けている。プロサッカー選手でありながらベンチャー投資家としても著名な本田圭佑氏は兼ねてから宇宙分野への関心を示しており、現在、複数の宇宙ベンチャーへの投資を行っている。

孫氏、三木谷氏、堀江氏、本田氏といった面々がリスクを取ってこのフロンティア領域の開拓にまい進する姿は、各方面からの関心と投資を促すことにつながっている。

国家主導の宇宙開発にのみ依存していた産業構造は終わりを告げ、新たなプレイヤーが次々と流れ込み新しいサービスを創造する潮流が生まれ、拡大している。

この新旧の産業構造が組み合わさった産業エコシステムの多様性が、日本の宇宙ビジネスの特徴だ。

新しい宇宙ビジネスのエコシステム(産業生態系)=SPACETIDE COMPASS Vol3より

異業種大手の相次ぐ宇宙ビジネス参入は新しい産業構造の顕在化の代表例だ。

100社を超える規模と多様性は第1回でも紹介した通りだが、中でも世界の産業界をリードしてきた、日本の「グローバル・レガシー」であるトヨタ、ホンダ、ソニーらがこの数年で相次いで参入してきたことは大きい。

トヨタはJAXAと共同で月面車「ルナ・クルーザー」の開発にあたり、2020年代後半の実走を目指す。ホンダは小型ロケット開発や月面の水資源利用を視野に入れた循環型再生エネルギーシステムの検討を発表している。ソニーは、個人が軌道上の人工衛星にアクセスし自由に使えるエンターテインメント構想を発表し、開発を進めている。

「オープンイノベーション」という標語とともに大企業の新事業開発が定着しつつあるが、宇宙ビジネスはその一環として存在感を示している。

新産業の発展に欠かせないのは、既存の概念を打ち壊すビジネス・アイデアと勢いをもたらすスタートアップ企業の隆盛だ。2010年代半ばまで、日本の宇宙ベンチャーは10数社だった。それが2016年以降から急激に増加し、現在は50社強を数える。

日本の宇宙ベンチャー54社(設立年別・セグメント別)=SPACETIDE COMPASS Vol4より

2016年前後に何があったのか? その背景を紐解く鍵は3点。アメリカの動向、呼応する日本の民間の動き、そして日本政府の動きだ。

2000年代初頭に始まったアメリカの宇宙ビジネスの勢いは2010年代に入ると加速度的に高まり、宇宙ベンチャーの数が急増した。トレンド・リーダーであったSpaceXは、現主力ロケットであるFalcon 9の初打ち上げを2010年に成功させ、2012年にはISS(国際宇宙ステーション)へ物資補給を行う商業輸送サービスを本格開始している。2015年の再利用型Falcon 9の着陸成功は世界に大きな衝撃を与えた。

その動きに呼応するように、日本でも挑戦者が現れていた。商業小型ロケットや有人宇宙機、小型衛星コンステレーション、月面探査機、宇宙ゴミの処理……。それまでの日本の宇宙業界では「考えたことはあっても、やらなかった」ことを、世界の動きに触発された起業家たちがリスクを取って始めていたのだ。

アメリカで盛り上がっていたとはいえ、宇宙ビジネスといえば一般には「遠い将来の宇宙旅行」「月に土地を買う」といった程度の認識だった時代。宇宙ベンチャーという言葉も存在していなかった。その多くが創業当時20代後半~30代。自身の仕事や立場をかなぐり捨て、産業を興す役割を買って出たパイオニアたちには敬意を表すほかない。

この小さな、しかし激しい情熱の炎を感知していたのが、当時の内閣府宇宙戦略室(現・内閣府宇宙開発戦略推進事務局)だった。

内閣府は宇宙政策のトップを司る機関だ。2015年1月に発表された「第3次宇宙基本計画」において、日本政府は3本柱として、

① 宇宙安全保障の確保
② 民生分野における宇宙利用の推進
③ 宇宙産業および科学技術の基盤の維持・強化  

を掲げていた(※最新の第4次宇宙基本計画は2020年に発表されている)。

この③について、内閣府は宇宙産業の基盤強化の軸を探しており、日本で起きていた小さな“うねり”に着目した。

その関心が形として顕在化したのは、2015年秋だった。内閣府と民間団体の共催による、日本初の宇宙ビジネスカンファレンスが開催された。「宇宙ビジネスの潮流」を意味するSPACETIDEという民間団体の名称を付したイベント”SPACETIDE 2015”には、国内外の宇宙ベンチャーや投資家が登壇し、500人の観客を集めた。

内閣府は、SPACETIDE 2015において、宇宙業界にあらゆる異業種を巻き込むためのコミュニティ活動“S-NET(スペース・ニューエコノミー創造ネットワーク)”の立ち上げを発表した。このS-NETを狼煙(のろし)として、それ以降政府は宇宙ビジネス拡大のための政策を次々と打ち出していく。

日本初の民間発宇宙ビジネスカンファレンスとなったSPACETIDE 2015(内閣府とSPACETIDEの共催)=一般社団法人「SPACETIDE」提供

2016年には民間のロケット打ち上げや衛星運用を規制する「宇宙活動法」と「リモートセンシング法」という2つの法律(宇宙二法と呼ばれる)が成立する。

法規制と言うと、ネガティブなものと見られがちであるが、産業の黎明(れいめい)期には、ポジティブな側面が非常に大きい。法規制の審査をパスして許認可を得た企業は、政府のお墨付きを得る。

これは「政府は宇宙ビジネスを産業として認めている」というメッセージとなり、ベンチャーにとっては社会的信用の認定証のようなものだ。宇宙二法の成立により、日本における宇宙ビジネスの社会的な認知と信用が飛躍的に上がり、宇宙への投資を促した。

決定打となったのが、続く2017年発表の「宇宙産業ビジョン2030」だ。

この文書では、宇宙ビジネスを日本の経済成長に貢献する産業として位置づけ、AIやIoTといった新技術領域と宇宙との融合や、異業種との連携、そして宇宙ベンチャーの振興を大きな方針として掲げている。

このビジョンに示された産業像や方向性が基本となり、メディアなどを通じて「宇宙ビジネス」のイメージが確立されていった。

以上の背景が同時期にさまざま複層的に重なった結果、爆発的に宇宙ベンチャーが増加するに至った。

2015~17年は新しい宇宙ビジネスの夜明けの始まりだったと筆者は考えている。私自身、SPACETIDEの立ち上げに参画し、また当時の本職のコンサルタントとして宇宙活動法や宇宙産業ビジョン2030の策定支援にも関わるなど、濃密な3年間だった。

今よりはるかに小さなコミュニティに、大志を持った人々が産官学の各所から集結し「何か大きなことをやってやろう」と息巻いていた。その熱は今も多くの人々に伝搬し、高まる一方だ。

夜明けからまだ陽は昇りきっていないが、日本の宇宙ビジネスが放つ光は確実に大きくなっている。

次回は、世界で戦う日本の宇宙ベンチャーの特徴について触れる。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年7月8日に公開した記事を転載しました)