客の利便性は向上、一方で苦しむオーナーも 集中出店戦略の功罪とは
私たちの暮らしに欠かせないコンビニ。優れた商品や便利なサービスを次々に提供する一方、各チェーンは人件費の高騰、食品廃棄、24時間営業の維持など新たな問題も抱えています。「月刊コンビニ」元編集長の梅澤聡さんが、コンビニが描く新しい未来を、50年の歴史を踏まえて解説します。第4回は「集中出店戦略の功罪」についてです。
私たちの暮らしに欠かせないコンビニ。優れた商品や便利なサービスを次々に提供する一方、各チェーンは人件費の高騰、食品廃棄、24時間営業の維持など新たな問題も抱えています。「月刊コンビニ」元編集長の梅澤聡さんが、コンビニが描く新しい未来を、50年の歴史を踏まえて解説します。第4回は「集中出店戦略の功罪」についてです。
同じ看板のコンビニチェーン店が街中の至る所に店を構えている。自宅近く、通勤途中、オフィスビルの下……。同じチェーン店があれば、いつでもどこでも同じサービスを受けられる。既に大手コンビニチェーンは、それだけの店舗数を有している。コンビニのサービスを享受する私たちにとっては、ごく当たり前の日常である。しかしながら、多くの地域で「ドミナント」を構築した加盟店のオーナーには、人知れない苦悩があった。
フランチャイズ加盟店とチェーン本部との間には、しばしば軋轢(あつれき)が生じる。軋轢とは、本部に対する加盟店の不平や不満、不信である。その大元を探っていくと「ドミナント出店」に行きつくことが多い。
ドミナントは商業用語で「商勢圏」と訳される。セブンイレブンはイメージしやすいよう「高密度集中出店」と説明している。一定のエリアに同じ看板の店舗をびっしりと貼り付けていく戦略である。
なぜこの戦略が軋轢の原因になるのだろうか。
その前に、ドミナント出店の効用から見ていこう。
振り返ると、日本でコンビニが店舗網の拡大を始めた1970年代から1980年代、店の看板と店内の品揃えは、まだ多くの人に認知されていなかった。偶然初めてコンビニの店内に入ったお客は、少し戸惑いながらも店内をくまなく歩き、棚の商品を手に取り、会計を済ませて店を出る。
やがて自宅近くに同じ看板の店ができたので、今度は積極的に店を利用する。さらに職場の近くにもできたので、昼食用のパンとおにぎり、炭酸飲料を迷わず買うようになる。一定地域に集中的に出店すると、店の宣伝をしなくても効率よく集客することができるわけだ。
一方、コンビニチェーン本部にとって、ドミナント出店の最大のメリットは物流の効率化だろう。特に消費期限の短いおにぎりや弁当、サンドイッチを扱うコンビニは、集中出店しているエリアの近くに製造工場を配置できれば、製造後すぐに配送できる。お客にとっては鮮度の良い商品を買えるし、店舗にとっても商品を棚に長時間置けるので、食品廃棄ロスを減らせる。
コンビニの店舗数が少なかった時代には、同じ看板のチェーンが次々と一定エリアに出店することに合理性があったし、1店舗の店主にとっても、チェーンの成長が店の成長につながると信じることができた。
2019年7月、セブンイレブンは最後の空白地帯である沖縄県に出店した。このときセブンイレブンは5年間で県内に250店舗をつくると最初から宣言している。協力企業は、セブンイレブン専用の弁当やサンドイッチの製造工場を県内に建設した。
250店舗を展開しないと、利益の拡大には寄与しないのだろう。仮に出店が停滞すれば、先行して出店した加盟店の維持も難しくなる。まとまった店舗数はどうしても必要なのだ。
ここでスターバックスコーヒーの例を挙げておく。別業態だが、ドミナント出店の興味深い戦略が見て取れる。
スタバが現在(2021年3月末時点で1637店舗)の半分くらいの店舗数の頃、本社の幹部は、経済を扱う新聞・雑誌の記者が「既存店の売上前年対比」を気にしすぎると漏らしていた。既存店とはオープンから1年以上経過した店舗で、その店舗の売上が前年から何%伸びているかに、記者がこだわりすぎるというのだ。
当時のスタバは地方に出店する際、まずは駅ビルや繁華街の商業施設、市内一等地の目立つ場所に店を構えた。そこでブランド価値を高め、徐々に周辺に店を配置していく。スタバの存在は、商業施設やその周辺、街自体のイメージを高める効果もあるため、好条件で迎えられていた。
スタバの幹部が言うには、仮に既存店の売上を重視するなら、店舗展開を抑制すればすむ。しかし、店舗数が少なければ、お客様に十分なサービスを提供できない。家から遠い店に行き、店に着けば待たされ、しかも満席で座れない。だから、同じエリアに店舗数を増やして、お客様を分散させる。
その結果、「既存店の売上前年対比」は落ちていく。ただし、ブランド価値は確実に上がるのだから、経営にとってマイナスではない、というわけだ。
スタバは店舗の9割以上が直営店で、残りがライセンス店舗だ。ブランド力を武器に各地で点から面に店舗を展開していく過程で、既存店の売上は落ちる。
詰まるところ、適正な利益を計画通りに確保し、一定エリアでシェアを高めれば問題なし、ということなのだ。
2010年8月27日、スタバは青森県五所川原市の商業施設に出店した。青森県初のスタバは話題を呼び、初日の売上が当時のスタバで世界一を記録した。
青森県には今、スタバが11店舗ある。コンビニのような高密度集中出店とはいえないが、青森県の主要エリアの便利な場所に店舗を配置して、適正な売上と、それに伴う利益を確保している(と思う)。
一方、日本のコンビニは合計すると5万8000店舗。筆者は「飽和した」という立場を取らないが、加盟店オーナーの中にはドミナント出店に対し、複雑な気持ちを抱く人が増えている。人一倍努力しても売上が停滞したり、新しい道路が開通して店の前の通行量が減ったり、近隣に出店した競合チェーンにお客を持っていかれたり……。
コンビニ経営は様々な困難に直面する。加盟店のマネジメント力不足や経営環境の悪化が原因なら諦めがつく。真面目に商売して経営が立ちゆかなくなれば、本部も何らかの救済策を打ち出すだろう。
例えば、首都圏の観光地に店舗を構えていた加盟店は、コロナ禍で外国人観光客が激減、店の売上が急降下した。そこで本部は、売上も決して悪くない本部直営の店舗に、無償で移転するよう勧めてくれたという話もある。
ところが現在のドミナント出店の狙いは、前述したような新天地の開拓ではなく、既存地域の掘り起こしにあるため、余計に事態を難しくしている。
分かりやすく説明しよう。仮の話だが、ある大手チェーンのA店が、平均日販(1日平均の売上)60万円だとする。あるとき近所で競合する中堅チェーンの店舗が撤退することになった。中堅チェーンは近年、店数を急速に減らしており、別のチェーンに統合される噂が流れていた。
中堅チェーンの店舗の撤退後、大手チェーンのA店は日販が60万円から80万円に急上昇した。中堅チェーンのお客の一部がA店に流れてきたからだ。A店のオーナーは、客数が増えても人員を補強せずに店を回した結果、一気に利益を増やせた。これで新たにアルバイトを雇える、あるいは今いるアルバイトのシフト回数を増やせる。オーナーの自分も同じ店で働く妻も、休みがしっかり確保できると喜んだ。
しかし、それも束の間、本部の経営相談員(スーパーバイザー)から意外な提案が――。
経営相談員「中堅チェーンの退店物件に、我々のチェーンが出店することになりました。つきましては、オーナー様に新しい店舗を経営していただければと思います」
オーナー「私たちが頑張ったから競合が撤退したのに、それは違うんじゃないの」
経営相談員「仮に我々が出店しなければ、退店した中堅チェーンよりも日販の高い別のチェーン、あるいは24時間営業のミニスーパーが出店します。これらが出店するとA店の売上は下がるでしょうし、当初の日販60万円の確保も難しいと予想されます」
本部の(非公式な)試算によると、同じ大手チェーンのB店が新たにオープンすれば、現在のA店の日販は80万円から50万円に落ちる。ただし、B店も最低50万円の日販は確保できる。
よって、AとBの2店で日販は計100万円になる。競合が撤退する前、A店の日販は60万円だったので、同一チェーンとして40万円の売上増になる。
オーナー「確かに1店60万円から2店100万円に売上は増える。しかし店舗が1つ増えると人件費などの経費も2倍になる。経費を差し引いて利益が増えるかは怪しい。出店を取り止める選択肢はないのか」
経営相談員「本部決定は変えられません」
オーナー「私が嫌だと言ったら?」
経営相談員「本部が別のオーナーを連れてきます。それは避けたいのです。最も近くに店を持つオーナーに経営していただきたいのです」
オーナーは、もやもやしながらも、このままではじり貧が見えていると考え、承諾せざるを得なかった――。
ドミナント出店の問題点を語るとき、いっそのこと「同一チェーンの看板は何百メートル以内に出店禁止」というルールを本部はつくるべきだ、という声が繰り返し出てくる。
しかし筆者は、日本のコンビニには当てはまらない考え方だと思う。なぜなら、同じチェーンの2店舗が片側2車線の道路を挟んだ立地に向かい合わせに出店したとしても、横断歩道が離れていて、その道路が駅と駅の中間地点を横切っているなら、商圏は全く別になるからだ。これは極端な例だが、店舗の商圏は単純に距離で測れるものではない。
再び加盟店オーナーの視点に戻る。コンビニ経営は1店舗に1人の加盟店オーナー、近年は複数店に1人の加盟店オーナーが主流になってきている。それでもコンビニは個人経営の集合体のような業界だ。
本部の担当者は「ドミナント出店」という地図を広げ、エリアを俯瞰(ふかん)した政策を語る。しかしオーナーたちはその中の1店舗か数店舗で生業(なりわい)を営む「点」か「線」でしかない。
本部の立場で語る「面」での展開を、直営店の社員のように共有することは難しい。コンビニは、スタバのように9割以上を直営で運営しているチェーンではないのだ。
本部の発展が加盟店の利益に結びつけば軋轢は起きない。しかし、加盟店が恩恵を感じなければ、不平や不満、不信が本部に向けられる。ドミナント出店は、そうした危うい状況にありながら、今もお客の利便性向上を第一に、続けられている。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年7月9日に公開した記事を転載しました)
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