高千穂の干ししいたけを欧米に 5代目がつかんだヴィーガンのハート
神話の里として知られる宮崎県高千穂町は、山あいの寒暖差や自生するクヌギの原木を生かしたしいたけ栽培が盛んな地域。杉本商店は、この営みが続くようにと、600戸を超える生産者から干ししいたけを全て現金で買いとっています。5代目社長の杉本和英さん(47)は、アパレル営業でつちかった経験をいかし、欧米向けの輸出を拡大させました。
神話の里として知られる宮崎県高千穂町は、山あいの寒暖差や自生するクヌギの原木を生かしたしいたけ栽培が盛んな地域。杉本商店は、この営みが続くようにと、600戸を超える生産者から干ししいたけを全て現金で買いとっています。5代目社長の杉本和英さん(47)は、アパレル営業でつちかった経験をいかし、欧米向けの輸出を拡大させました。
目次
――杉本さんは子どものころ、家業についてどう思っていましたか。
高校卒業まで高千穂で育ち、しいたけは身近な存在でした。家業のしいたけ屋は、10歳上の兄が「継がない」と宣言したので、私が継ぐのだろうと思っていました。
――東京の大学に進学したのですね。
「一度は東京に出て、外の世界を見てきなさい」という家の方針もありました。大学にはあまり行かず、アルバイト先の先輩が連れて行ってくれたサーフィンに夢中になりました。
卒業後は高千穂に帰るつもりでしたが、大学2年のときに、兄が急に「家業を継ぐ」とUターン。母からも「無理に帰ってこなくてもいい」と言われ、急にノープランになりました。飲食業や建設業を経て、サーフィンの先輩が湘南で立ち上げた、アパレル企業に就職しました。
――どのような仕事だったのですか。
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社長である先輩が海外から買い付けた、Tシャツやサーフパンツといったサーフブランドのアパレル用品を、日本のサーフショップに売る仕事です。宮崎出身ということで、西日本の営業を任されました。営業のやり方は地道で、まるで行商のようでした。
「杉本、おまえタウンページって知ってるか。初めての土地に行くだろ、公衆電話があるだろ、そこに置いてあるタウンページでサーフショップを調べて、片っ端から電話して、訪問するんだ」というのが社長からの教えの全てでした。
商品を満載した車で湘南を出発し、西へ西へと営業に行くのですが、初めからうまくいくはずもありません。お金もないから車中泊です。商品を全部売るまでは帰れませんでした。初回は九州を一周して湘南に戻るまで、2カ月かかりました。
――大変でしたね。
当時は大変でしたが、とても鍛えられました。「初めまして」の相手に出会って、商談をして、商品を売って現金を回収するという経験を積みました。思い返すと、社長も独立直後で、先払いで仕入れた輸入品をいち早く売って現金化しなければならない状況だったのです。
サーフィン関連ではないですが、当時流行する前のオーストラリア製のムートンブーツを仕入れて、爆発的に売れたこともあります。社長は目利き力と、時代の波に乗るセンスがありました。それに対し、私は実動部隊として愚直にやりました。どこに売ればいいのかわからないものを、「ここなら売れるかな」と考えて実行するという経験が、今に生きています。
――2011年に、Uターンして家業に戻りました。きっかけは何ですか。
東日本大震災が転機になりました。震災直後に商品が全く売れなくなり、時代の変化を感じたのです。既に家業を継いでいた兄のもとで、新入社員として、しいたけの選別や袋詰めを担当しました。
――会社の印象はいかがでしたか。
驚きました。私が子どもの頃から、何も変わっていなかったのです。生産者が持ち込んだ干ししいたけを、現金で買い取って、選別して、袋詰めして、全国の生協やスーパーに販売するという業態が、ずっと続いていました。事業規模は微増していたものの、何も変わっていないことに不安を感じました。
干ししいたけのマーケットは、右肩上がりではなくダウントレンドです。昔からある商品なので、同業他社も多いです。業態を変えなければ、いずれ先細りすると感じました。
でも6年ほど経ったとき、「うちにしかできないことを、変えずにやり続けることが強みなのでは」と思い始めました。
――強みとは、具体的に何でしょうか。
うちが他社と違うのは、生産者から持ち込まれた干ししいたけを、「全量」「現金で」買い取ることです。生産者のため、買い取りを断ることはありません。創業時から「生産者とともに働く」ことを経営理念とし、50年以上続けています。
高千穂郷のしいたけの品質の高さは、私たちはよくわかっているし、生産者にとっても、卸売市場を介さないので手数料の負担がありません。私たちの会社は、しいたけを「売り続ける」というよりも、生産者から「買い続ける」会社なのです。
それに気づいて発想を転換したのが2017年ごろでした。人口減で日本の市場が減りゆくなかで、買い続けるにはどうしたらいいか。兄と話し合い、出した答えのひとつが「輸出」でした。
――輸出しようと考えた時、最初に何をしましたか。
アメリカ国内の人に向けて、通販サイトのアマゾンに出品しました。商品に、レシピ動画のQRコードをつけたところ、「干ししいたけ部門」で一位になり、手応えを感じました。
そこにたまたま、知り合いのコンサルティング会社から「ドイツで行われる食の見本市に出展しないか」と声をかけてもらったのです。旅費は自己負担でした。スーツケース二つに干ししいたけを詰め込んで、現地で1200食分のしいたけの煮物を試食してもらいました。
見本市の来場客は、バイヤーではなく一般消費者でした。自分の財布からお金を出すエンドユーザーの声を、直接聞くことができたのです。
うちのしいたけを口に含んだ瞬間、ほぼ全員が「わあ、おいしい」「中国産のしいたけと何が違うのか」と次々に質問してきます。そこで、「私たちの原木しいたけ栽培は、自生するクヌギの木を切るところから始まり、菌を植えて、2年後にようやく収穫ができる。木を切るのは自然を破壊する行為ではなく、切り株から芽が出て、15年経つと元通りになる」という話をします。
熱心に聞いていた女性が「それはとてもサステイナブルね」と言ったことで、初めて「サステイナブル」という言葉を知りました。
――自然環境保護に熱心な、欧州の市場と相性がよさそうですね。
さらに、大きな気づきがありました。当初私たちは、試食品をおいしくするために鶏肉でだしをとっていたのですが、それを伝えると「私はベジタリアンなの」「私はヴィーガンだからこれは食べられない」と言う人がいました。でも、ベジタリアンやヴィーガンの人たちの方が、私たちの原木栽培のストーリーに強く共感してくれました。
理由は、ベジタリアンやヴィーガンの人たちが食べられる食材のなかで、これほどのうまみと食感を持つものは他にないからです。生まれつきベジタリアンだったりヴィーガンだったりする人はほぼおらず、皆、肉の味を知っていて、「物足りない」という気持ちも抱えています。そして比較的、所得や教養が豊かな人たちが多いです。つまり、私たちの商品が多少高くても、納得すれば買ってもらえるのです。
――まさに、現場に立ってわかったことですね。
必死でした。前職の、車に商品を詰め込んで、タウンページを見て行ってこいと言われた時と同じです。どこに答えがあるかわからないけれど、ドイツまで来て手ぶらでは帰れないぞという思いでした。
幸い、ベジタリアンやヴィーガンの人たちが、私たちの干ししいたけを高く評価してくれることがわかったので、そこに向けてどう輸出するかに注力することになりました。
――輸出にあたり、誰に相談しましたか。
ジェトロ(日本貿易振興機構)と中小機構に相談しました。それぞれ輸出促進のための相談窓口があり、担当アドバイザーがついてくれました。無料です。輸出先の法規制や認証制度、見積もりの作り方などを教えてくれました。
――輸出の手続きは、どこかに委託しているのですか。
自分たちでやっています。と言っても、発送は主に日本郵便のEMS(国際スピード郵便)を利用していて、郵便局に荷物を持ち込むだけです。輸出手続きを全部やってもらえるし、追跡もできるし、トラブル対応も日本語でできます。
――商談はどうやっていますか。
もともとは海外に足を運んだり、海外から高千穂に来てもらったりしていたのですが、昨年からコロナ禍で商談がオンラインになりました。ただ、実際に高千穂で見ないとわからないものを伝えない限りは商談が進まないと感じ、紹介動画を製作しました。宮崎の仲間たちと、現場をまる2日間撮影して、3分弱に凝縮した動画です。英語が得意な兄に、英語の字幕もつけてもらいました。
――反応はいかがでしたか。
目に見えて成果が上がりました。私たちの商談はシンプルです。オンライン商談の前にサンプル品を送り、商談では最初に動画を見てもらって、「何か質問はありますか」と聞く。それだけです。聞かれたことには全て答えますが、こちらから商品や価格の説明をすることはありません。商談が最も早く成立したイタリアのバイヤーからは、翌日に送金がありました。
コロナ禍による巣ごもり需要で、輸出の売り上げも伸びていきました。2019年に670万円だった売上高は、2020年は1200万円と2倍近くになりました。今年は8月末時点で既に3800万円と、前年を大きく上回っています。輸出先の国・地域は10以上になり、欧米を中心に台湾やオーストラリアにも広がりました。大手通販サイトのアマゾンのほか、現地の小売店や飲食店でも扱われています。
※22日公開の後編では、障がい者支援施設との連携や、産官学を巻き込んだアシストスーツの実証実験など、しいたけ生産を守るためのさらなる取り組みに迫ります。
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