奈良県広陵町は全国屈指の靴下のまちとして広く知られており、町内の靴下生産量は国内トップクラス。繊維関連企業も多く、糸から縫製までのすべてを町内で賄うことができるファッションを下支えする地域です。
大小さまざまな企業が地場産業とも言えるファッション関連産業にかかわっているのですが、折からのコロナ不況と長引くアパレル不況のあおりで厳しい状況に立たされていました。
次の一手が必要な状況に工場長の秋本大輔さんは「下請けからちょっと脱却ベンチャープロジェクト」を考えていました。秋本さんは、異業種から妻の実家の家業である「新田」に飛び込んだ外部人材です。
そもそも「作りたいもの」とは?
新田は高級婦人服に見られる「毛抜き合わせ」という手法を用いた一枚仕立てのコートや高級カットソーの縫製を得意とする工場であり、社内にデザイン企画機能を持たない純縫製工場です。
企画経験に乏しい工場からどのような商品を開発するか。プロジェクト第一弾として失敗したくない気持ちもあり、秋本さんとココビズは約半年をかけて協議しました。
様々なブランドの凝った商品を見てきた秋本さんがたどり着いた「作りたいもの」。それは、高い技術力を擁する老舗工場が手掛ける究極のTシャツでした。
Tシャツ好きの秋本さんらしい、ストレートなアイデアにデザイン、ロゴ、スタイル、様々な議論を重ねました。しかし、どうもしっくりこない秋本さんとココビズ。両者の話し合いに終わりが見えなくなってきたある日、秋本さんから出た一言で大きく方向性が決まります。
「妻が障害者支援していて、Tシャツの前後ろが区別できない発達障害を持つ子供たちへの支援方法があることを聞き、そんな困っている人たちを手助けするTシャツを作りたい」
この一言ですべてが白紙に戻りましたが、作るべきものが決まりました。本当に作りたいものの形が見えた瞬間からこのプロジェクトが大きく動き出しました。
「安価な製品には手を出さない」ブランドづくり
日本国内に流通するアパレル製品に占める輸入品の割合は97%を超えています。数年のうちに国内生産がなくなってしまうのではという危機感もあります。
安価な輸入品が大半のアパレル市場において、新田のような工場が生き残るにはどうすればよいか。途上国で生産される安価なファストファッションは生活必需品として確固たるポジションを築いており、その牙城を崩すことは中小企業には不可能でしょう。
また、新田の取引先の製品は高級品と呼ばれる部類であり、ファストファッションとは無縁です。もちろんそれを下支えしている新田に安価な製品を作るノウハウも追随するつもりもありませんが、取引先には確固たるブランド力があります。
そこで、ブランド力を持たない一工場の新田はまず「ブランド」を作り、それに見合う製品を創り出すというゼロからのスタートでした。高価だからブランドとして認められるのではないということは十分理解している上で、新田ならではの新たな価値の創造をして市場にチャレンジすることにしました。
家族同然の障害者雇用
ココビズがサポートしていくなかで注目したのが、新田の工場で働く社員たちです。一般社員に交じって中国からの技能実習生、そして知的障害や発達障害などを抱える障害者の方々。多様な人材が入り混じっている環境は、高級品を生産する工場のイメージとは少し異なるものでした。
聞くと、昭和44年(1969年)から障害者雇用を積極的にしてきたそうです。
それに伴い長年新田で暮らし働いてきた障害を持つ人々が退職後も慣れ親しんだ地域で生活していけるようグループホームでの支援もしています。秋本さんはこの環境を特に特別だとは感じておらず、妻の実家が営む家族経営の工場に飛び込んだころからの当たり前の風景だったと話します。
企業自らが自然体で取り組む障害者雇用、「家族」の一員として迎えられている温かみがあります。この望ましい自然な環境の中で生産される洋服を多くの人に届けることが、新田の新しいチャレンジではないかと感じました。
障害を持つ人たちと一緒に障害を抱える人も着られる洋服を作り、ファッション業界ではなかなか公開されることが少ない生産背景をしっかりと伝えるべきことだと思いました。
商品の売上の一部は秋本さんの妻が運営するNPOひなたの障害者サポートと共に地域の障害者雇用のサポートに充てることを検討しています。
プロジェクトが成功すれば継続的に資金を回せる、いや、このプロジェクトを成功させなければならないと私たちは一気にモチベーションが上がりました。
「Project BLEND」と命名
老舗工場の社内ベンチャープロジェクトに「Project BLEND」と名付けてコンセプトメイク、デザイン、素材選び、とここからはスピーディーに動き始めました。
前述の通り、高品質な製品を作るために品質の高いコットンを選び、障害を持つ人にも容易に着られる目印(視覚的、触覚的)を付け、高い縫製技術で仕上げる。今できる最高品質のTシャツが出来上がりました。
しかし、販路を持たない工場からどのように市場に届けるのか、秋本さんからも様々なアイデアがありました。例えばインスタライブ、自社サイトでのネット販売など、昨今のデジタルアプローチも検討しましたが、ここはクラウドファンディング(CF)を利用してみようとなりました。
CFの最大のメリットは商品の背景を伝えられることです。今回のプロジェクトでは製品の良さはもちろんのこと、その背景を多くの人に知ってもらうことが重要なポイントです。
文字や写真で伝えられるプラットフォームとして広く認知されているCFは今回のプロジェクトをローンチさせる場所としては最適でした。最終的に私たちが選んだのは「産業支援プラットフォーム」としての特色もあるマクアケです。
CFには強い社会性や革新性が求められると理解していましたが、マクアケは中小企業のチャレンジを応援するという側面を持ちます。まさに今回のプロジェクトにはぴったりの販路でした。
プロジェクトページでは、目標20万円に対し、100万円を超える支援が寄せられました。
中小企業に欠かせない若い経営陣の自由な発想
親族経営の企業が新しいプロジェクトを進めていくうえでは「壁」が存在します。小さな親族経営で家業を営んできた組織には外部からの人材の流入がなく、経営を担う承継者たちは社長の息子や娘が中心です。
子どものころから親の仕事を間近で見てきて深く理解していることは良いのですが、新しい発想が生まれやすい環境に変えていくには人材、資金など不足するものを補填する機能が必要となってきます。
その点、今回のプロジェクトの発案者である秋本さんは「新田」における外部人材です。ファッションとは無縁の世界から妻の実家の稼業に飛び込み、外様ならではの角度を変えた視点で会社に良い変化を与えていこうと考え、さらにココビズのような外部のサポートを利用して自身のプロジェクトを具体化していく能動的に動きました。
見切り発車でも自らがリーダーとしてプロジェクトをけん引していく、これを現経営者もサポートしていくことでこれまでにないチーム力が生まれてくるのです。
秋本さんのようなリーダーがすべての中小企業にいるとは限りませんが、経営者は会社にいる若い承継者たち、次世代経営陣たちの自由な発想を見逃してはないでしょうか?何代にもわたって事業を継続できているならば、それは自身が優れた経営者であるからです。
自身を育ててもらったように、次世代を育てる社内スキームを中小企業こそ真剣に構築していく必要があると思います。現経営者の皆様、一度社内を見渡して次の時代を任せられる社員を探し、じっくりと話を聞いてみてはいかがでしょうか。
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