目次

  1. 先駆け企業の経営危機
  2. 「いつか父に恩返しを」と家業へ
  3. 創業以来のミッションを明文化
  4. 過去の否定は不和の種に
  5. 掃除の徹底で目指した組織改善
  6. ゴミ捨てがメンタルに与えた効果
  7. 「お手本通り」の経営で人事改革
  8. 「余裕」が生んだ組織改善

 近年、社会人が生涯学び続ける「リカレント教育」の重要性が認知されています。同社は松田さんの父・直之さんが1986年に創業。他社に先駆け、一貫して社会人教育を事業領域としています。

 「リカレント」は同社の登録商標で、過去36年、社会人教育に力を尽くしてきました。

 創業当時に普及したワープロのスクールを端緒に、CADやインテリアコーディネーター、デザイナー、プログラミングなど、さまざまな個人向けスクール事業を立ち上げながら、規模を拡大しています。

 現在は、法人向けの社員研修サービス「リカレント」が好調です。論理的思考、マナー、コミュニケーション、人事評価、マーケティング、営業、部下育成、財務など約560種類のメニューから研修内容を選び、料金の見積もりやオーダーまでオンラインで完結できるECサイトと類似の体制を構築しました。

 同社ホームページに掲載されている導入実績には、資生堂、ホンダ、NTTドコモなど、日本を代表する企業が連なります。

 すべての研修で料金一律のワンプライスを打ち出し、コロナ禍においても売り上げは、前年比2倍以上の伸びを示しています。

 そんなリカレントもかつては経営危機に見舞われました。リーマン・ショックと東日本大震災が原因で、特に震災によるダメージは甚大でした。

 同社のスクール事業は3月が集客のピークでしたが、その売り上げが大震災で吹き飛び、会社は赤字に転落しました。

 2代目の松田さんはその頃、大学院生でした。「会社はギリギリ持ちこたえていたようです。持っている資産も一つ残らずすべて会社に投下する状況で、創業者である現会長の苦労は相当だったはずです」と振り返ります。

 松田さんはかつて大学教授を目指していましたが、「たまたまベンチャー企業でインターンを経験したら、ビジネスが面白くなってしまいました」。大学院を中退し、マーケティング支援会社やコンサルティング会社を創業。経営は軌道に乗っていました。

松田さんは起業のかたわら家業を手伝い始め、「新規事業が当たるまで、立ち上げては失敗した」と話します

 「そもそも会社を継ぐことなど、子どものころから一度も考えたことがなく、言われたこともありません」

 それでも家業に入ることになったのは、「いつかは父に恩返しをしたい」という思いからでした。

 「大学院まで通わせてもらい、オーストラリアの大学で研究などもやりながらも、結局独断で中退してお金を捨ててしまった。家業の危機を見て、自分に手伝えることはないかという感覚でした。自分の会社で利益を上げており、『オレならなんとかできるんじゃないか』という若者らしい根拠のない自信も、半分くらいはあったんでしょうね」

 松田さんは12年、週1回のペースから、家業のビジネスに関わり始めます。自身が立ち上げた法人事業の成功をきっかけに、家業は息を吹き返したのですが、その経緯は記事後編に回し、ここでは松田さんが経営者として進めた組織改革や人材教育を中心に紹介します。

 松田さんは15年、事業承継を果たし2代目社長に就任しました。父も会長もとして残っているため、共同経営に近い形でしたが、会社の体制づくりなどは完全に任せてもらった状況でした。

 就任後の大仕事の一つとして取り組んだのは、組織改善です。そのファーストステップは、「リカレント教育を通して人生の選択肢を増やす」という会社のミッションを明文化したことでした。

リカレントは、ワープロトレーニングから職業訓練、IT教育、キャリア事業という変遷をたどっています(リカレント提供)

 ミッション自体は創業以来同じ方向を向いていましたが、それまでは目に見える形でまとまっていなかったのです。

 「ミッションは会社が目指すべきゴールで、それが見えないのに走り出すことはできません。ミッション以外にも、ビジョンや価値観、人事制度や評価制度など、経営に必要な要素は極力可視化し、『リカレントウェイ』という一冊にまとめました」

「リカレントウェイ」には、創業からのミッションや制度をまとめて可視化しました(リカレント提供)

 「リカレントウェイ」は来年度の売り上げ目標、毎月の売り上げやKPIを書き込んで進捗を測るようになっているため、常に使っているといいます。

 「開かせる仕組みにしないと、絶対に誰も開きません。採用基準も載っているので、採用担当のリカレントウェイは毎年ボロボロになります。(人材の)評価基準も載っていて、みんなが何度も開くことで、ミッションやビジョン、価値観、ルールが浸透していきます」

 注目すべきは、松田さんがミッションを「変えなかった」ということです。それは、松田さんが事業承継にあたり「自分の意見を極力入れないこと」がポイントだと思っていたからです。

 「2代目社長というと、つい自分の色を出したくなる。でも、それは従業員が過去にしてきたことを否定する形になりかねず、不和の種につながります」

 そして、こう言います。

 「創業者は基本的に優秀なものです。制度や事業内容も含めて、うまくいっているものまで変えようとせず、残せるところは残したほうが、事業承継はスムーズだと思います」

 また、手間がかかって面倒な割に、本質的ではない変更も多くなってしまうのが内部管理といいます。「正直、大半が経営者の好みでしかありません。そこそこいい形で回っているのであれば、お客様に向き合う時間を増やしたほうが合理的です」

 組織改善のファーストステップがミッションの明文化なら、セカンドステップは「掃除」でした。

 松田さんはリカレントのスピード感に、大きな不満を抱きました。インターンを経験したベンチャー企業や、自身が起業した会社と比べると、何をするにも遅く感じられたのです。

 しかし、その対策がなぜ掃除だったのでしょうか。

 「掃除が経営再建に役に立つというのは、経営者に広く知られています。うまくいかない会社は、社内にいらないものが積み重なり、身動きがとれなくなっているケースが非常に多いからです」

 同社も、モノがオフィス内の移動の妨げになっており、一つの引き出しにハサミが10本も入っていることもありました。これらを捨てるだけで、社内を移動する時間も、モノを探す手間もカットできたのです。

 ゴミがあふれがちな個人机も捨て、フリーアドレスに。パソコンのデスクトップにはフォルダーを三つ以上置かないよう、社員に命じるという徹底ぶりでした。

 さすがに、従業員からの抵抗はなかったのでしょうか。

 「抵抗しかなかったですよ。不平不満も爆発的に起こりました。それでも、『○月○日に粗大ゴミで回収するので荷物は片付けてください』と言って、淡々と捨てていきました。回収に来るので、もうどうしようもないですから。お正月など、皆が休んでいるときに一人出社して捨てまくったこともあります」

 誰にも増して捨てるのが嫌いだったという先代には、何度も「いいかげんにしろ」と怒鳴られました。

 「そのくらいのことをしないと、人はモノを捨てられないものです。私も自宅では怠惰で何も片付けられない人間なので、よくわかります」

 2年半かけて捨てたゴミは、大型トラック6台分にもなりました。ゴミ捨ての効果は期待通りで、特にメンタル面に与えた影響が大きかったといいます。

 「新しいチラシを作りたい。でも、倉庫にモノがいっぱいで入らない。でも参考にしたい過去のチラシを探したい。でも、すぐに見つからない。そうした一つひとつの『でも』が、小さな挫折になり、新しいことを始める邪魔をします。掃除によって、『でも』が一つでも少ない状況をつくりだす。これで、新しいことを始めるのに抵抗がなくなるのです」

本社であるリカレント新宿校の様子。ゴミがあふれていたという当時を想像できないほど、オフィス内や教室は整理整頓されています(リカレント提供)

 松田さんがしばしば口にするのは「お手本通りの経営」という言葉です。リカレントを世界一の教育企業にするため、本に書かれた先人の知恵を借りる、という方針をとっています。

 人事評価制度の刷新も、これはと思う人事系の本を1冊選んで全従業員に配り、「1ページ残らず、この本の通りにする」と宣言したのです。

 「完璧な人事評価制度を作っている企業は見たことがありません。というか、無理です。人間なので価値観はそれぞれ違います。働く人にだいたいの納得感さえあれば、どんな制度でもいいと私は思っています。『お手本通り』というのを人事制度にまで適用したのは、従業員みんなに制度を納得してもらうためでもあります」

 一般的に人事評価制度の見直しは、評価に不満を覚えた従業員の退職を招きかねません。しかし、リカレントでは、制度見直しが原因での退職は「おそらく1人もなかった」といいます。従業員の納得感は、十分に得られているといえそうです。

 松田さんは「組織自体をドラスティックに変えたつもりはない」と言います。事業承継にあたって何より注力したのは事業変革であり、新しいビジネスモデルの確立でした。

 「私たちが組織改善に踏み切れたのは、その前に事業が黒字に転換して、一瞬でも余裕ができたからです。赤字のときに組織を変えるのはまず無理で、ビジネスモデルの立て直しが先決になります。ミッションの浸透が進んだのは、余裕が出たからということです。余裕がないときに、ほしいのはまず現金なのです」

 それでは、リカレントはどのようにして赤字経営を脱し、法人向けの社員研修サービスを新しい事業の柱に育てたのでしょうか。

 ※後編では、松田さんが進めたリカレントのビジネスモデル開発に、スポットをあてます。