コロナ禍で研修サービスの売り上げを3倍に 教育会社2代目の成長戦略
社会人の教育プログラムを提供してきた「リカレント」(東京都新宿区)は、2015年に父から事業を継いだ2代目社長の松田航さん(33)が、大胆な組織改善を進めました。後編では、松田さんが赤字経営だった家業を上向かせ、新規事業の研修サービスの売り上げを3倍に伸ばしたプロセスに迫ります。
社会人の教育プログラムを提供してきた「リカレント」(東京都新宿区)は、2015年に父から事業を継いだ2代目社長の松田航さん(33)が、大胆な組織改善を進めました。後編では、松田さんが赤字経営だった家業を上向かせ、新規事業の研修サービスの売り上げを3倍に伸ばしたプロセスに迫ります。
目次
自身で起業していた松田さんは、父に恩返ししようと社長就任前の12年から家業に参画(前編参照)。既存事業の立て直しや、新規事業の立ち上げなどを任されました。
松田さんは「事業承継で一番重要なのは能力の見極めです。当たり前ですが、『先代の子だから』というだけでは、失敗する例の方が多いでしょう」と言います。先代は松田さんが経営者にふさわしいかどうか、「力試し」をしたわけです。
松田さんが家業に関わるのは、このときが初めてでしたが、課題は明らかでした。先代が築き上げたビジネスモデルが危機に直面していたのです。
社会人スクール事業の本質は職業訓練で、社会的ニーズにあった職業人を育て、就職・転職につなげるためのステップとなります。
裏を返せば、社会人スクール事業とは、社会的ニーズに合致する講座を時代に合わせて「当て続ける」ことなしには、成長できないビジネスなのです。
どんな講座にも浮き沈みがあり、衰退期に差し掛かった講座は新しいものと入れ替える必要があります。
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「創業以来ずっと当て続けてきた先代は、完全に天才です。ところが、一瞬ポッカリと穴があき、当時のスクールは、衰退期の講座ばかりになっていました。そこに、東日本大震災で財務的なダメージも負った。これでは、次の講座を当てるまでの期間がかなり苦しくなります」
松田さんがまず、創業以来続く個人向けプログラミングスクールの事業部を任されました。「事業の立て直しで一番大切なのは、何を切り落とすかです」
当時、三つあった講座のうち、売り上げが低迷していた一つをクローズし、浮いたリソースを残りの講座に投入。必然的に生産性が上がりました。販促などを集中したため、売り上げも早期に1.5〜2倍まで回復。「でも数字はそこが頭打ちでした」
これは個人向け事業の構造的な問題でした。受講生は基本的に全員が新規で、3カ月~6カ月間、短期集中で学んで修了するとリピーターは現れません。顧客がストックとして積み上がらないのです。
それ以降も個人向けスクール事業には全力で取り組み、大切な収益の柱の一つであることは変わりません。
「しかし、新規顧客は景気の波に左右されやすく、経営上それだけでは苦しくなります。時代や景気の流れに左右されにくい講座を提供するか、リピーターが望める新規事業を模索する必要があると考えていました」
松田さんの打ち手はシンプルなものでした。
「四方八方に釣り針をたらすように、新規事業を並行して大量に打ち出しました。絶対に会社を潰すことができないなか、その業界にそれほど詳しくない人間が、大きなものひとつに賭けることはできません。なので、広く網を張り、かかったところに全力を尽くす選択肢をとりました」
松田さんは新規事業をいくつも試みた中で、企業向けのIT研修に光明を見いだしました。
事業をtoCからtoBに展開するという新機軸でマーケティングに尽力したところ、「Androidのエンジニアを3千人の規模で育てたい」という、過去にない大口の依頼が舞い込んだのです。
それは、当時「爆速経営」を掲げていたヤフーからの案件でした。
ヤフーとの案件で得られたキャッシュは、赤字経営が続いていた会社が一息つくには十分なものでした。法人からのニーズを確信した松田さんは、法人事業にリソースを集中させる決断を下します。
とはいえ、単発の案件を追いかけ続けるビジネスでは、会社が疲弊しかねません。
未経験者向けのITスクールが得意だったリカレントは、リナックスアカデミー法人事業部(現リカレントテクノロジー)という事業を新たに立ち上げました。
「エンジニアの入り口」というブランドミッションステートメントを掲げ、未経験者にITエンジニアのスキルを身につけてもらう新入社員研修プログラムです。
個人向けスクールの授業は週末が中心で、社員研修が行われる平日は、自社ビル内の教室が空いていました。
既存のリソースをフル活用することで、リナックスアカデミーは急成長。法人事業は異例ともいえる高収益率になりました。「14年に会社は黒字化し、借入金の返済ペースも加速しました」
社長に就任した15年以降も、松田さんの事業改革は続きます。
会社は引き続きリナックスアカデミーを成長の軸にしながら、個人向けスクールのテコ入れも始めました。しばらく苦戦した時期もありましたが、景気や時代に左右されない、次の「当たり」講座を発掘しました。
それが、国家資格となったキャリアコンサルタントを養成する「リカレントキャリアデザインスクール」と、働く人のメンタルヘルス対策のプロを育成する「リカレントメンタルヘルススクール」です。「講座を発掘したのは、あくまで会長。私は何もしていません」
松田さんは「成長が鈍化していた講座をクローズし、浮いたリソースを成長している講座に回すという提言や、総合社会人スクールではなく特化型でお客様に価値を提供するべきだということを言い続けただけです」と言います。その方針は今も変わりません。
法人事業でも、企業研修ブランドの新サービス「リカレント」を立ち上げました。
ウェブサイトから、モチベーション、リスクマネジメント、新企画、コールセンター実務など約560種類のメニューから研修内容を自由に選択。料金のオーダー、動画購入などをすべてオンラインで完結できる使い勝手の良さが売りです。
「研修はとても単価が高いビジネスです。我々はより多くの社会人に勉強してもらうことをミッションとしているため、研修の費用を落として、より多くの中小企業や大企業の一部門が研修できるような世の中を作りたいと考えていました。黒字が出て余裕ができれば、ミッションをより強化するための事業にどんどん展開できます」
松田さんは二つの事業をつくり、一つは失敗しましたが、人材育成のECサイトである「リカレント」は成功しました。安価でより手軽に簡単に研修が実施できることをイメージしてサービスを構築したといいます。
「内容や人数によらず、料金も一律です。とにかく使いやすく、お客様が研修をしたくなって、何人でも参加させたくなることだけを考えています」
コロナ禍でも売り上げは前年比3倍以上の伸びを示すなど、伸び盛りのサービスです。
「コロナはむしろ会社が成長するきっかけになりました。(1回目の緊急事態宣言前後の)20年4月〜6月の売り上げはゼロ近くに落ちました。しかし、社会人の学び直しのニーズが高まり、研修を担う会社をネットで探すお客様が増えたことで、結果的に認知が広がりました」
こうして、現在の主力となるサービスラインがほぼ出そろいました。現在の売上比率は、個人向けスクールと法人事業が半々ですが、成長スピードは、法人事業が上回っています。
松田さんは「会社の立て直しも事業承継も、苦労した覚えがない」と語ります。
「社員に恵まれ、自分がやりたいことと会社の事業が一致していたからというのが、その理由だと思います。毎朝5時半には会社にいます。1年365日仕事のことを考え続けるのもまったく苦にはなりません」
創業者を父に持ちながら、松田さんは当初、会社を継ぐことは頭にありませんでした。それでも「教育」に対する強い思いだけは、学生時代から抱き続けていました。
一度は教育とは無縁の業種で起業したものの、「今思えば、当時は全く仕事が面白くなかった」。しかし、リカレントに参画したことで思いが再燃しました。
「社会人向けの教育の魅力は決まりきった内容がないことと、翌日から使っていただけるところです」
例えば、プレゼンテーションの研修をした後、受講生から「役に立ちました」というフィードバックが返ってくると、人生に与えるインパクトの大きさを実感するといいます。
リカレントの最終目標は、世界一の教育企業を作ることです。
「私の人生は完全に社会人教育にフォーカスしています。世界中の人たちに『大人になっても勉強って必要なんだ』と思ってもらい、役立ててもらう。そのために、私たちの全リソースを捧げたいです」
最後に一つ気になることを尋ねました。先代は今も会長として会社に残り、事業部を担当しています。すでに経営の多くは松田さんに委ねられているといいますが、事業承継したからには全権限を掌握したい、とは思わないのでしょうか。
会長本人は「引退したい」という言葉も発しているそうですが、松田さんが全力で引き留めているとのことです。
「普通は先代には早く引退してもらいたがるものですが、天才が会社から去ったら損失しかありません。倒れるまで働いて、休みをこれ以上増やさないでください、と常に言っています」
もうひとつは、会長がいた方が会社として健全だと思うからです。
「私がおかしな意思決定をしそうなとき、他の人間なら社長に忖度しかねないところですが、会長なら『よくわからないけど。それは違うよ』と指摘できます」
松田さんは、意思決定のアクセルを踏むのが早いと自認しています。
「その速度なので、誰かが止める前にもう先に走っている。その状態を止めるには権力が絶対的に必要です。だから、会長にはギリギリまで、死ぬまで頑張ってほしいと本気で伝えています(笑)」
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