「違和感だってビジネスの種に」 設備会社4代目が開拓した新規顧客
東京都中央区の水道設備会社「神谷設備工業」4代目の神谷晴江さん(39)は、水上スキーのプロを目指していましたが、父の急死で家業を継ぎました。インタビュー後編では、経営者として取り組んだ新規事業や課題への向き合い方、今も現役を続ける水上スキーとの両立などについて伺いました。
東京都中央区の水道設備会社「神谷設備工業」4代目の神谷晴江さん(39)は、水上スキーのプロを目指していましたが、父の急死で家業を継ぎました。インタビュー後編では、経営者として取り組んだ新規事業や課題への向き合い方、今も現役を続ける水上スキーとの両立などについて伺いました。
――神谷さんは先代の急逝で、若くして経営者としての歩みを始めました(前編参照)。後継ぎとして新しく取り組んだことは何でしょうか。
個人宅の設備工事を受け始めました。また、お客様が選んだ機種の取り付けを依頼されても、職人が現場に行ってみると、ご自宅の規格に合わないことが判明することもあります。そのため、これまでうちの部品を持っていくことが前提でした。
これは人件費の無駄を避けたい経営側の発想で、少し違和感を覚えます。今はできるだけ、お客様が希望する機種を取り付けられるように対応することもあります。
たとえ最初はこちらの労力が多くても、ニーズに応えることで次の依頼につながっていくことを目指しています。
――後継ぎとして取り組んだ新規開拓は、業績にどの程度つながりましたか。
水道設備工事は修理の必要が無ければ仕事が発生せず、数字として目に見える変化は、まだありません。
ただ、新しい建物が増え、案件自体が少なくなっている中、個人宅を含めてこまやかな対応をすることで、問い合わせの間口を広げることには寄与していると思います。
最近は、一人暮らしの女性からの依頼が増えているのがうれしいです。夫が亡くなられたり、海外に赴任していたりする女性から、自宅の水回りについて相談が寄せられます。社長が女性の会社ということで、安心感を持ってくださるようです。
――後継ぎとして経営に励む中で、挫折や失敗はありましたか。
納期の厳しい大規模な案件に「できます!」と言って、会社に持ち帰って見積もりを取ったところ、実際には対応できないことが分かったということがありました。
特に承継直後で業界への知識が少ないころは、お客様に質問されたことにその場ですぐ答えられず、「信用が崩れてしまった」と思うこともありました。
水道設備はチームワークの仕事です。積極的に案件を取っていこうと私が突き進んだとしても、ミスが出たり約束を守れなかったりしたら台無しです。
「できないことはできない」と伝えること、ひとりで抱え込まずに仲間に相談することを大事にしています。
――経営者として10年目に入りました。現在、家業にはどのような課題を感じていますか。
労働時間の削減や現場作業員の育成、若手採用の難しさになります。
水道業界には、いわゆる「営業サポート」のような仕組みが発達していません。職人は日中現場で作業をして、帰社してから自分で役所関連の報告書や日誌を作成するため、どうしても労働が長くなりがちです。
また、お客様が休みのときに工事が発生することが多く、土日で週休2日にするのは困難です。
業界全体で人材を欲していますが、条件が厳しく人が集まらないという現実もあります。神谷設備工業の職人も高齢化しており、若手育成に取り組みたいと考えています。
これまで無我夢中でやってきましたが、改めて「なぜこの会社を経営しているのか」「何のための仕事なのか」について、私自身の考えを整理してアウトプットするようにしています。
まだおぼろげですが、「人が喜ぶ仕事」をしていきたいと思います。人の口に入る水を扱う、大切なインフラとしての役割を果たしながら、お客様のニーズにも応えていきたいです。
遠回りのようですがミッションを明確に伝えることで、それに共感した志のある人が入社し、定着してくれることを期待しています。
――神谷さんは社長業と並行して、今も水上スキーの第一線で活躍しています。18年にはチリで行われた世界大会のジャンプ種目で、日本人初の金メダルを獲得しました。両立させるためのタイムマネジメントの工夫について教えてください。
平日は神谷設備工業の仕事に、土日の時間は水上スキーにあてています。海外で試合があるときは集中的に練習し、10日間ほど休みをとって遠征します。スケジュールにはメリハリをつけてバランスを取っています。
水上スキーのことを理解してもらえるよう、自ら情報開示もしています。試合間近は大好きな仕事の飲み会も参加できないのですが、「大会前なのでお酒を控えています」、「今日はこのあとジムなんです」などと明確に説明しています。
――水上スキーでの活躍が、経営につながっている部分はありますか。
直接的にはありませんが、「水上スキーの人」として顔と名前を覚えていただけるのはありがたいです。体を動かすことで仕事でぶち当たった壁も前向きなマインドで捉えられています。
水上スキーでは練習時間も出場する試合も限られている分、ここ一番にかける集中力が増してきました。世界大会の金メダルもそのおかげだと感じています。
スポーツで培った精神力の強さには支えられていますが、経営者としてはまだまだ未熟者です。業界について学び、会社を存続させることに必死で、競技で学んだことを生かしきれているとはいえません。
仕事でも結果を出して、応援し続けていただける空気をつくっていきたいですね。
――今後は、どのような新規事業や経営戦略を思い描いていますか。
コロナ禍でお客様から非接触型サービスの要望が高まっています。水道設備の不調や故障を写真で送ってもらうことで、工事以外での訪問をできるだけ絞ることを検討しています。
仕事を通した社会貢献も考えています。水道設備の仕事は、今回のような未曽有の出来事があっても、生活を維持していくために絶えず求められるものです。
私自身も重要性を認識して、言葉にして次世代に伝え、共感してくれた方たちと一緒にビジネスを広げていきたいですね。
参加している東京都管工事工業協同組合では、高校生向けに水道設備事業の啓発活動に取り組んでいますが、対象を小中学生に広げる動きがあり、意義深く感じています。
――言葉で説明することを大事にしているのですね。
水道設備関連の話は分かりにくいので、みなさんに分かりやすい情報提供をしていきたいです。
それはお客様に対しても当てはまります。たとえば、ある設備の故障を30分で修理したとき、場合によっては請求額が高いと思われてしまうことがあります。
ただ、この仕事は工事の前後の準備と道具の整理に時間と手間がかかります。また、短時間で作業が完了できるのは職人の熟練のたまものでもあります。
目には映らない、職人が自分では語り得ない部分を伝えていきたいです。
――最後に、神谷さんのように男性中心の業界に飛び込む女性の後継ぎに向けてメッセージをお願いします。
人数としては少ないので、まだまだ女性が居づらい状況もあると思います。それでも、男性が気づかないような視点を持てたら、そこが自分の輝ける場所になります。違和感だってビジネスの種になるでしょう。
どの業界も変化してきていると感じます。最初から毛嫌いせず一度飛び込んでから、やりがいのある仕事を自らつくり出してていきましょうと伝えたいです。
神谷設備工業の社訓は「責任に生きよ」です。会社の伝統を大切にしながら、私も社会の変化に柔軟に対応したいと考えています。
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