失意の商店3代目が一念発起 タオル専門店化で利益率を1.5倍に
1953年に創業した商店「衣料のかみしん」(新潟県十日町市)は、百貨店に負けないタオルの品ぞろえを誇る専門店の顔も持っています。3代目店長の樋熊秀行さん(49)は家業に戻った時は失意の日々でしたが、一念発起してタオル販売を強化。全国から質の高い商品を仕入れて専門店化して過疎の町から商圏を広げ、利益率も高まりました。
1953年に創業した商店「衣料のかみしん」(新潟県十日町市)は、百貨店に負けないタオルの品ぞろえを誇る専門店の顔も持っています。3代目店長の樋熊秀行さん(49)は家業に戻った時は失意の日々でしたが、一念発起してタオル販売を強化。全国から質の高い商品を仕入れて専門店化して過疎の町から商圏を広げ、利益率も高まりました。
目次
「衣料のかみしん」は、十日町市の中心商店街から1キロ以上離れた地区にある、売り場面積70平方メートルほどの小さな個人商店です。樋熊さん夫妻と、2代目にあたる両親の計4人で切り盛りしています。
学生服やファッション衣料、寝具などの繊維製品を扱う総合店ですが、2012年、店舗内店舗として「タオルのかみしん」をオープンしました。
品数は約100種類を超え、メーカーとの直接取引の割合が多く、問屋が小ロット生産などの理由で扱わない商品も仕入れています。樋熊さんは「百貨店にも負けない品ぞろえです」と胸を張ります。こだわりのタオルを求めて、市外から訪れる客も珍しくありません。
タオルに特化した商品展開を進めたのには、樋熊さんの危機意識がありました。
樋熊さんは大学卒業後の1997年、家業ではなく東京都内の老舗ボウリング場「池袋ロサボウル」に就職しました。学生時代にアルバイトをしていたところ、ボウリング場の社長に事業再生メンバーとして起用されたことが、きっかけでした。
「私が卒業する頃に、経営難を理由として運営会社が変わりました。やる気のありそうな若者に事業再生を手伝ってほしいとのことでした」
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サブマネジャーだった樋熊さんは、入店者への「あいさつ運動」で店内の空気を変え、客数が少ない日中に「投げ放題システム」や、ハイスコアが出やすい「プロ仕様ボール貸し出しコーナー」を発案しました。
「売り上げを右肩上がりで伸ばしたことは、今でも私の自慢です」
同時に子どもの頃から「いつかは家業を継がなくてはならない」という思いも抱いていたそうです。「両親に老いが見え始めたら、戻ろうという気持ちでした」
2004年6月、父に家業への気持ちを尋ねられました。それ以前に祖父が亡くなったり、母が体調不良になったりしたこともあり、すでに樋熊さんの決心は固まっていました。
ところが、戻った家業で与えられた仕事は、配達や掃除など簡単な作業ばかり。ボウリング場の再生に関わった樋熊さんは、やりがいの落差に「自分は何のために呼び戻されたのだろうか」と失望することもありました。
常連のお客さんからは「お父さんはいる?」と尋ねられるばかりで、自身の影の薄さを感じることもありました。
常連の顔を思い浮かべ、「あの人が買うだろう」と見込んで商品を仕入れても、頻繁にニーズを見誤りました。仕入れに失敗し、父親から「こういうのは売れないんだよなあ」と言われることが重荷でした。
同年10月、新潟県中越地震が発生。十日町市は震源地に近く店舗は半壊し、通常営業ができない日々が続きました。
「常連のお客さんは高齢の方が多く、来店が難しいだけでなく、悲報が続く時期もありました」
後継ぎとしての修業ができないどころか、店舗存続の危機も強まっていたのです。
08年に、樋熊さんがタオルに目を付けるきっかけが生まれました。愛媛県今治市の「イケウチオーガニック」が製造する、1枚約5千円のタオルを試験的に販売したところ、売れ筋商品となりました。
「当時、イケウチオーガニックが積極的に行っていたキャンペーン広告に、たまたま触れる機会があり、試験的に取り扱ってみることにしました」
父からは当初「そんな高いタオルは売れない」と言われ、最初の仕入れは十数枚だけ。ところが入荷するとすぐに売り切れてしまうため、何度も追加発注することになりました。
「イケウチオーガニックの商品は吸水性と肌触りが、驚くほど優れています。高齢者はデザインよりも機能性を重視する傾向があるため、常連のお客さんは高品質タオルの価値がわかるはずという狙いが的中しました」
樋熊さんは、高品質タオルが客層を広げるのではないかと思いました。「そもそも十日町市は過疎地域です。遠方からでも訪れたくなる専門店を目指すことが、店の存続の突破口になると考えました」
商品発掘の助けになったのが「とおかまち逸品会」という地域の連携活動です。これは近隣の商店主が集まる勉強会で、自店を代表する「逸品」を毎年一つずつ増やして、店のレベルアップを図っています。
気になる商品を逸品会のメンバーにプレゼンするなかで、売れ行きの見込みを判断できたそうです。身近に相談できる仲間がいるため、仕入れの意思決定が加速する一方、独善に陥る懸念を回避できたのです。
「タオルのかみしん」が扱う個性的な商品も、ここで掘り起こされました。
岐阜県の浅野撚糸が製造した「エアーかおるタオル」や「エニータイム」は、吸水力に優れ、通常の半分の大きさでも水気を十分に拭き取ることができます。
また、子供服のような愛らしい見た目の幼児用フード付きバスタオル、生乾きや体臭といった嫌なにおいを抑えるワークタオルも、現在まで続く売れ筋商品です。
樋熊さんは今治タオル工業組合の認定資格「タオルソムリエ」を取得。次第に、売り場の半分をタオルが占めるようになりました。店舗の運営を担うようになり、「父から実力を認めてもらえたようです」と振り返ります。
「目的や使用者に合わせて良いタオルを選ぶことは、生活をよりいっそう快適にすると信じています」
15年には、オリジナルの細長いタオルマフラー「カカラーヌ」を発売しました。広島大大学院が開発した「E-tak(イータック)」という「抗ウイルス・抗菌」の技術を用いており、介護や教育現場で人気の商品です。
防寒具とマスクの代わりを兼ねることができるうえに、タオル素材は洗濯がしやすいため衛生を維持しやすいといったメリットがあります。子どもだけでなく、高齢者が好むシックな色をそろえました。
「もともとはメーカーの企画で販売していましたが、廃番となったことを知り、オリジナル商品としてリニューアルすることにしました」
「カカラーヌ」がメディアから注目されると、県外の大手小売店からも引き合いが生まれたそうです。オリジナル商品が、過疎地の個人商店の販路開拓に貢献しています。
コロナ禍で生活スタイルが大きく変わった今、樋熊さんは巣ごもり需要でタオルの価格帯が大きく上がっていると感じています。
「在宅時間が増えて家庭の生活の質が見直され始め、高品質タオル販売の追い風になっています」
一方、自社のECサイトの売れ行きは鈍っているといいます。コロナ禍でECが好調になったとされていますが、競合店の急増で競争も激しくなりました。
特にタオルのかみしんは自社サイトでECを展開しているため、大手プラットフォームを利用するライバルが増えた影響は深刻です。
同店の場合、大手プラットフォームを利用すると、導入コストが見合わないうえに維持費が大きな負担です。専任の人員を雇用する必要もあります。家族経営で切り盛りしている中、利用は現実的ではありません。「EC市場の開拓は、別の可能性を模索する必要があります」
樋熊さんが活路を見いだしているのが、BtoB市場のノベルティー需要です。
特に住宅工務店や自動車販売店など高額商品を扱う業種は、社名が入った高品質タオルをノベルティーとして使う傾向があります。「現在も個別相談でノベルティー用のタオルを受注しています。BtoB市場では専門店の提案力を生かすことができると考えています」
タオルは日常的に顧客の肌に触れるため、樋熊さんは「事業者のイメージアップにつながる飛び道具」と力説します。
「名入れタオルは工夫次第で、非常に効果的なコミュニケーションツールになると思います」。たとえば工務店なら、水回りのリフォームで顧客が好む色で、フワフワなタオルを置くと、評価が上がることが考えられます。
また、タオルは長く使われるため、ふとした瞬間に社名を思い出してもらうきっかけになります。社名を大きく入れるより、ワンポイントで入れたほうが受け取る側に喜んでもらえるそうです。
「BtoB市場では、提案のポイントを無数に見付けることができるのです」
同店の年間売り上げは「タオルのかみしん」のオープン前後で横ばいですが、利益率が大きく改善されました。全体の売り上げのうち、タオルが占める割合が1%未満から60%以上に大きく伸びると、年間利益率も前と比べて1.5倍になりました。
樋熊さんは「専門店としてタオルを販売しているので、値引きの必要がないことが増益につながりました」と言います。
店舗存続を懸けた試みを模索する中で、樋熊さんには個人商店ならではの強みが見えてきました。
「個人商店は人手や予算が乏しい一方、大手ほど売り上げの拡大を迫られていません。お客さんに寄り添いながら、具体的な人の顔を思い浮かべて商売する感覚を大事にしたいと思います」
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