目次

  1. 人事異動を拒否されたときは? 適切な対応4ステップ
    1. ステップ①事実を整理する
    2. ステップ②拒否できるケースに当てはまらないか確認する
    3. ステップ③従業員に十分な説明を行う
    4. ステップ④従業員の処遇を決める 
  2. 人事異動の拒否に関して困ったときの相談先
    1. 社会保険労務士
    2. 社労士会労働紛争解決センター
    3. 弁護士
  3. 人事異動でトラブルが起きないようにするためのポイント3つ
    1. ポイント①就業規則や雇用契約書の記載が適切であるか
    2. ポイント②従業員の仕事・家庭の状況を把握できる体制であるか
    3. ポイント③人事異動の伝え方は適切であるか
  4. 人事異動を効果的に行うことは会社の成長に繋がる

 従業員に人事異動を指示したら拒否されてしまった。どうしたものかと困っている……というケースは珍しくありません。

 まず知っておいていただきたいのが、就業規則などにおいて会社に人事異動を命じる権利が定められている場合、従業員は、正当な理由がない限り、会社が行った人事異動の命令を拒否できない、ということです。

 一方で、入社時の条件で業務内容や勤務地を限定する契約をしていたなどそもそも人事異動の命令権が存在しない場合や、人事異動の命令権があったとしてもその行使が会社による権利の濫用に当たる場合など、従業員による拒否が認められる場合も存在します。

 もし人事異動を行い、あとから拒否が認められるケースだと従業員から訴えられ、それが認められた場合、損害賠償責任を負わなければならない可能性も出てくるため、対応には細心の注意が必要です。

 人事異動を拒否されたら、次の4ステップで対応を進めることをお勧めします。

 従業員から人事異動を拒否されたら、まずは事実を正しく把握することが必要です。以下をチェックしましょう。

  • 人事異動がどのような種類に当たり、必要な要件を満たしているのか
  • 就業規則の記載はどのようになっているか
  • 人事異動を行う理由は何か
  • 従業員が拒否している理由は何か
  • 人事異動を命じたときの説明や手続きは適切であったか

 この中でも、「人事異動の種類と要件の確認」と「就業規則の記載内容のチェック」は特に重要ですので、詳しくご説明します。

人事異動の種類と要件の確認

 人事異動には様々な種類がありますが、大きく、配置転換・出向・転籍の3種類に分けることができます。

 後者ほど労働契約に与える影響が大きいため、命じる際に必要な要件はそれぞれ異なります。それぞれの説明と要件を下表にまとめましたので、ご覧ください。

説明 要件
配置転換 同一の会社内で業務内容や勤務場所を変更すること 就業規則への内容の明記
出向 出向は元の会社に在籍したままで他の企業での業務に従事すること

就業規則への内容の明記
(個別の合意はあったほうが望ましい)

転籍 転籍は元の会社との労働契約関係を終了し、新たに他の企業での労働契約を開始すること 就業規則への内容の明記、および個別の合意

 同一の会社内での配置転換については、個別の合意は要件とされておらず、変更がない旨の特別な合意などがない限り、命じることが可能です。

 この場合、就業規則が根拠となります。例えば長期雇用を前提とする正社員の場合、配置転換が通例として行われているような慣行があれば、規程に定めがなくとも配置転換が認められることがあります。

 しかしながら、トラブルを避けるためにはあらかじめ就業規則に明記しておくことが望ましいです。

 出向についても原則として個別の合意を得ることが望ましいですが、出向にかかる規程の整備や労働条件の低下を防ぐ配慮などといった要素を総合的に判断して有効性が判断されます。

 転籍には従業員による個別の合意が必要です。

就業規則の記載内容のチェック

 上記で見てきたように、配置転換・出向・転籍、いずれの場合においても、それが認められるかどうかは、就業規則がひとつの鍵を握ります。

 そのため、事実整理では、自社の就業規則を確認しましょう。人事異動に関する定めの例としては、次のようなものが挙げられます。

(人事異動)
第8条 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。
2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。

(厚生労働省|モデル就業規則)

 出向については、上記に加えて、出向期間や出向中の賃金、その他の処遇に関して定めた出向規程を別途作成しておくこととなります。

 転籍と出向については前提として従業員の個別の合意が原則の要件となっていることから、ステップ②では配置転換命令に対する従業員の拒否権について確認します。

 人事異動の中でも、配置転換には従業員による合意は必要なく、会社は業務上の都合により配置転換を命じることができます。

 ただ、個別の合意がないからこそ、慎重に行わなければいけません。

 従業員による拒否が認められるケースに気づかないうちに当てはまり、あとになって従業員から「会社が一方的に不当な人事異動を行った」と訴えられる可能性があるからです。

 以下、拒否できるケースを紹介するので、当てはまらないかを確認してみましょう。

拒否できるケース1. 入社時に業務内容や勤務地限定の合意がある場合 

 当該従業員との間で、業務内容や勤務地について限定する旨の労働契約を結んでいる場合には、それに反する配置転換命令を行うことはできません。

 雇用契約書や労働条件通知書に明示されていない場合であっても、面接時に合意をしており、それが書面に残っているような場合には、限定の合意があったものと認められることもあるので、注意が必要です。

 上記のような事情がなく、会社に配置転換命令権がある場合でも、それが会社による権利の濫用に当たる場合には、命令が無効とされ、つまり、従業員はその命令を拒否することができます。

 権利の濫用にあたるかの判断基準については、東亜ペイント事件(最判昭61年7月14日)において、次の3つが挙げられています。

  1. 業務上の必要性がない場合
  2. 不当な動機・目的による場合
  3. 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じる場合

 順に見ていきましょう。

拒否できるケース2. 業務上の必要性がない場合

 配置転換命令は、前提として、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、業務運営の円滑化など、企業の合理的な運営に寄与すると認められる場合には、業務上の必要性はあると認められます。

 業務上の必要性がない場合と評価されるケースとしては、例えば、合理的な理由もなく従業員の能力とは無関係な職種に就かせることなどがあり、次に上げる不当な動機・目的と関連していることが多いです。

拒否できるケース3. 不当な動機・目的による場合

 内部通報や組合活動など、労働者の行為に対する報復措置などを目的とする配置転換命令や、退職に追いやる目的でなされる配置転換命令は、権利の濫用に当たります。

 このような目的でなされる配置転換は通常業務上の必要性や合理性が認められないものであることが多く、従業員による拒否が認められます。

拒否できるケース4. 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じる場合

 従業員側の個別の事情により、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じる場合には、従業員による拒否権が認められることがあります。

 大きく職業上の不利益と生活上の不利益が挙げられます。

 職業上の不利益とは、従業員が想定しているキャリアの形成を大きく阻むようなものです。

 一般的な配置転換がこれに当たることは想定しにくいですが、長年情報システム専門職に就いていた従業員を在庫管理部門に配置転換したことが権利の濫用と認められた事例があります。

 生活上の不利益とは、本人や家族の病気や介護などといった家庭の事情などです。

 判例上は、高齢の親や幼い子供がいる、という事情だけでは足りず、家族が重度の病気にかかっており介護が必要である、といった事情などが、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」にあたると評価されています。

 ただし、この点については、リモートワークの普及や、育児介護休業法の改正等により、今後見直しがなされることも予想され、また、従業員の拒否事由として最も多いと考えられることから、慎重に確認が必要な点であるとも言えそうです。

 上記を踏まえ、従業員に十分な説明を行います。

 就業規則の根拠条文を示し、人事異動を命じる理由を説明します。異動後の部署で期待している業務やキャリアパスなどを示すことで、従業員の納得が得られるよう、会社の意図を明確に伝えることが重要です。

 同時に、人事異動に応じられない個人的な事情があるかをヒアリングします。

 ヒアリングの結果、会社が把握していなかった家庭の事情がある場合には、人事異動の決定の見直しも例外的に必要となる可能性もあります。

 転居を伴うような人事異動の場合には、会社のサポート体制についても十分に説明することが必要です。

 十分な説明を行った上でもなお人事異動を拒否してきた従業員に対しては、一定の処遇を決める必要があります。

 人事異動命令違反に対する処分を行わなければ、人事異動に応じない社員が増え、会社の運営に支障をきたしかねないためです。

処遇1. 懲戒解雇

 正当な理由なく会社の業務命令に従わない場合には、懲戒解雇処分の対象となります。

 懲戒解雇の進め方としては、まず、就業規則に定められた懲戒解雇事由に該当することを確認し、証拠を揃えた上で社内決定を行います。

 その上で、本人に弁明の機会を与え、書面で懲戒解雇を通知します。本人の言い分を聞かずに懲戒解雇を行うことは不当解雇にあたるため、注意が必要です。

 懲戒解雇が有効となるためには、前提となる人事異動命令が有効であることが前提となります。

 一方で、人事異動命令が有効であっても、懲戒解雇手続きを誤ると懲戒解雇が無効となるリスクもあるため、専門家に相談しながら進めることをお勧めします。

処遇2. 労働契約の見直し

 転居を伴う配置転換に応じられない場合には、個人的な事情を踏まえて、勤務地を限定する労働契約に変更するなど、労働契約自体の見直しを行うことも考えられます。

 新たな契約を締結し直すにあたっては会社と従業員双方の合意が必要です。

 また、個別に契約見直しを行うと他の従業員との公平性を欠く懸念もあるため、会社の制度に沿った対応を行うことが望ましいです。

 困ったときの相談先としては、顧問の社会保険労務士や社労士会労働紛争解決センター、労働実務に詳しい弁護士、等が挙げられます。

 会社の状況を共有している顧問社労士がいる場合には、まずは顧問社労士に相談しましょう。

 特に「拒否できるケースに当てはまるか判断しづらい」など、ステップの①〜④において事実を整理する際には、労働関係法令に精通している社労士と相談の上で進めることが早期解決に繋がります。

 顧問社労士がいない場合には、全国社会保険労務士会連合会のホームページを活用して相談先を探すことができます。

 全国社会保険労務士会連合会|社労士を探す

 「説明を行ったら従業員との関係がこじれた」などの場合には、会社側と従業員側との間に入って双方の意見を聞いた上で和解を目指す「あっせん」手続きを行う「社労士会労働紛争解決センター」を活用することも考えられます。

 費用が安く、迅速な解決に繋がりやすいことから、活用を検討しても良いでしょう。

 あっせん手続き内では、会社側と従業員側が直接対面せず、あっせん委員を勤める社労士が対応します。

 社労士会労働紛争解決センター

 「処遇に納得いかない従業員に訴えられた」など、仮処分や訴訟の申し立てをされた場合には、弁護士に相談してください。

 弁護士の業務範囲は法律事務全般とされており、個別の紛争において取り扱う範囲の制限がありません。

 紛争解決手続代理業務試験に合格し、付記を受けた特定社労士は一部紛争解決手続に対応することができますが、業務範囲の制限があるため、トラブルが具体化した場合には弁護士が適切な相談先です。

 日本弁護士会連合会のホームページを活用し、労働分野に強い弁護士を探すことができます。

 日本弁護士会連合会|弁護士情報検索

 今回見てきたのは人事異動を拒否された場合のケースですが、それ以外についても、人事異動に関するトラブルが起きないようにすることが大切です。

 トラブルを防ぐためのチェックポイントを3つご紹介します。

 就業規則の関連規定を見直し、実態に沿ったものとなっているか、見直しを行いましょう。

 特に、人事異動関連の項目については、具体的な問題が生じるまではなかなか気に留める機会がなく、雛形のまま、となっているケースも多いです。

 また、雇用契約書の「業務の内容」や「勤務場所」についても、あわせて見直すことをおすすめします。

 業務の都合上、変更を命じる可能性がある場合には、その旨を必ず記載しておきましょう。

 従業員の業務への取り組み方やキャリアの意向、また、家庭の事情を把握できていれば、人事異動命令のミスマッチを減らすことができます。

 特に育児介護休業法や労働契約法などにおいて、人事異動を命じる際の配慮義務はいっそう求められるポイントとなっています。

 また、望まない人事異動を命じることで意に沿わない退職につながってしまっては、会社にとっても大きな損失となります。

 一方で、会社には広範な人事異動の裁量が認められていることから、バランスも当然重要です。

 従業員に人事異動を伝える際に、その必要性を明確に伝えられているか、また、伝え方は適切であるか、という点は非常に重要です。

 事前に内示を出すなどして意向を確認したり心の準備をしてもらう体制が整っているかなど、フローの見直しを行ってみましょう。

 加えて、そもそも全社的にどういった組織体制となっているのか、人事異動の目的、それによりどのような効果を期待しているか、という全体像を常日頃から周知・共有できているか、という観点も重要です。

 人事異動には業務の効率化・マニュアル化、従業員のキャリアアップ、不正の防止など、さまざまな効果があります。

 長期雇用を前提とする日本では、人事異動を効果的に行うことは会社の成長にとって必須であり、そうであるからこそ、会社側に広範な裁量権が認められています。

 一方で、従業員にとっては人事異動により少なからず変化が生じるものであることも踏まえ、トラブルを生じさせない体制づくりが経営者には求められます。