目次

  1. 父から贈られたエール
  2. 現場と違う経営者の視点
  3. 従業員アンケートや合宿を実施
  4. 数字やビジョンを明確に
  5. ECやテイクアウトに注力
  6. 味と「楽しさ」を受け継いで

 建太郎さんは36歳だった2015年、父・建一さんからバトンタッチされ、四川飯店の3代目社長に就任しました。任命された時、父からは「お前だったらもうできるんじゃないか」と言われたそうです。

 「店を守るだけじゃなく発展させることができると思う、とも言われましたね。バトンタッチをするタイミングだったのでしょう」

 若くして後を継いだという点では父と一緒でした。2代目の建一さんが、創業者の陳建民さんから会社を継いだ時は、まだ34歳でした。

 建一さんは父の逝去という状況で、心の準備もできないまま代表になって、がむしゃらに厨房に立ち、テレビにも出て店も有名になりました。

 このタイミングで代表の座を譲ったのは、建一さん自身の経験も大きく関係しているでしょう。

 社長に任命された時のことを、建太郎さんはこう話します。

 「僕自身は腹をくくっていましたが、会社には300人以上の社員がいました。彼らにも家族がいるので路頭に迷わすわけにはいかず、お金だけじゃなく、みんなが幸せで豊かになれるようにしなければいけません。緊張やプレッシャーは当たり前にありますが、帯を締め直すように気合を入れ直しました」

四川料理の前菜「雲白肉」(四川飯店提供)

 経営者になった建太郎さんは、これまでとは視点が逆になったといいます。

 「それまで自分がいた現場と経営者の視点は、全然違いました。例えば労働基準法など、経営者として守らなければならないものはたくさんあります。そのためには精神論や根性論ではいけません。経営者として葛藤のようなものを感じました」

 経営者から現場に対して、伝え方の難しさにも直面しました。

 「例えば、現場のハラスメントについてリサーチをするとして、方法ひとつでも問題になりかねません。目指すべきゴールはあっても、進み方を間違えると誤解を生みやすいんです。ここは本当に難しいですね。遠慮しすぎても、トップダウンにしすぎてもだめなので」

四川飯店の「黒酢古老肉」(四川飯店提供)

 そこで建太郎さんが起こしたのが、全社アンケートというアクションでした。

 「率直に社長や会社についてどう思っているか知りたくて、全社員に匿名のアンケートをとりました」

 質問項目は「会社のことを良いと思っているか、悪いと思っているか」、「このままこの会社で続けていきたいか」、「会社について感じている課題は」といったものでした。7割くらいの回答率で、かなり多くの意見が集まったといいます。

 その後、建太郎さんが厳選したメンバー8人に対し、「社長についてどう思うか」というアンケートをとりました。

 「部下をもっと信頼してほしい」、「経営者と料理人という二足のわらじではなく、経営者に専念するべきではないか」、「会社の広告塔・陳建太郎というのも分かるけど、それより会社の基盤をしっかりすることに力を注いでほしい」

 もらった意見は、なかなか辛辣なものでした。建太郎さんはその8人と一緒に、四川飯店を良くしていくための合宿を開催しました。

 「先のアンケートの結果をもとにホワイトボードに付箋を貼り付けて、課題の優先順位を付けていきました」

赤坂四川飯店の店内

 優先順位が高かった課題は、どんなものだったのでしょうか。

 「数字の目標を定めて計画的に進めることです。各店舗で損益計算書に示されるような数字の見える化を優先しました。あとは、企業理念や行動指針といったビジョンの明確化、ハラスメントを無くす取り組みも行うことになりました」

 様々な改革を実行する中で、組織を良くしようと現場にメスを入れたところ、複雑に絡み合った人間関係の難しさにも直面したといいます。

 「そこで、まずは会社として仕組み作りをしようと、ハラスメントの窓口を作り就業規則も整えました。定期的な講習会を行ったり、動画によるラーニングも始めたりしています。でも、本当に必要なのは労働環境の改善で、そこに手を付けるのが最も大事だと思いました」

 企業理念や行動指針についても、元々きちんとしたものが存在しなかったので、21年4月に明文化しました。

 企業理念は「ただただ、喜んでほしい。」、行動指針は「料理を愛そう。人を愛そう。」と定めています。

 「私たちは何のために存在し、何を大切にして行動するのか。A5サイズのハンドブックにまとめて全社員に配布しました」

四川飯店の企業理念と行動指針を記したハンドブック(四川飯店提供)

 建太郎さんが社長になったことで、新しい時代に向かって動き始めました。「この企業理念を父に話したら、『俺の考えをよく分かっているじゃないか』と言われましたが(笑)」

 20年から始まったコロナ禍で飲食店は大きなダメージを受けました。四川飯店も「大打撃でしたね。売り上げも半分くらいに落ちてしまいました」といいます。

 それでも、建太郎さんは新しい取り組みを行います。

 「テイクアウトを始めて好評を頂き、売上比率で2割まで持って行くことができました」

 テイクアウトを成功させた工夫や戦略はあったのでしょうか。

 「特に工夫みたいなものはしていません。でも間違いなく言えるのは、四川飯店は麻婆豆腐の専門店として、出来たての物を牛丼店に負けないくらい早く、アツアツのまま食べられる。そこに付いてきてくれたファンの皆さんに喜んでもらうということを、真面目にやってきた結果だと思います」

 ネットショップ作成サービスを使って、自社のECサイトも立ち上げました。「セントラルキッチンを持っておらずまだまだ試行錯誤ですが、ネットでの情報発信の一貫として活用できればと考えています」

 四川飯店では建太郎さんの陣頭指揮のもと、急激な環境変化に屈することなく目の前の危機に立ち向かいました。

 最後に、建太郎さんに同年代の経営者に向けてのメッセージをお伺いしました。

陳建太郎さんは偉大な父の背中を追って、四川飯店のさらなる発展を目指します

 「僕が聞きたいくらいですけどもね(笑)。やはり、何でも楽しむことだと思います。僕は初めてオーダーを受けた時に感じたうれしさを、ずっと忘れずにいたい。そしてあいさつと笑顔を忘れず、相手も楽しませることが大事だと思いますね」

 そう言って屈託のない笑顔を浮かべる建太郎さん。四川飯店の味とともに、父・建一さんが大切にしてきた、根っからの「楽しさ」までも見事に受け継いでいました。