「老舗にあって老舗にあらず」鈴廣11代目が長友選手と破った既成概念
老舗かまぼこメーカー「鈴廣蒲鉾本店」(神奈川県小田原市)11代目で常務の鈴木智博さん(32)は、家業の不振で商社から急きょ戻り、観光需要の落ち込みや消費者の「かまぼこ離れ」に立ち向かいました。後編はサッカー日本代表・長友佑都選手と進めたプロジェクトや、「鈴廣かまぼこ」らしさを前面に出したデザインの力など、老舗の既成概念を破る改革の舞台裏に迫ります。
老舗かまぼこメーカー「鈴廣蒲鉾本店」(神奈川県小田原市)11代目で常務の鈴木智博さん(32)は、家業の不振で商社から急きょ戻り、観光需要の落ち込みや消費者の「かまぼこ離れ」に立ち向かいました。後編はサッカー日本代表・長友佑都選手と進めたプロジェクトや、「鈴廣かまぼこ」らしさを前面に出したデザインの力など、老舗の既成概念を破る改革の舞台裏に迫ります。
商社勤めだった鈴木さんは6年前、1865年創業の鈴廣蒲鉾本店(以下、鈴廣)に戻り、箱根・大涌谷の火山活動活発化による観光客の落ち込みや、消費者の「かまぼこ離れ」に立ち向かおうとしました。そんな中、長友選手がテレビ番組でヘルシーで高たんぱくな魚肉の大切さを語ったのを見て、何か企画ができないかとひらめいたのです(前編参照)。
鈴木さんは、消費者がかまぼこを食べるシーンを増やしたいと考えていました。
パーティーのときピンチョスの材料として使ってもらったり、商談のようなフォーマルな場の手土産になったり。そんなイメージを描いていましたが、そのひとつに、アスリートが食トレとしてかまぼこを取り入れる姿も想定していました。
社内資料ではアスリートが食べるイメージの説明として、長友選手の写真を使ったのです。
鈴木さんは色々な人に、そんなイメージを話していたところ、偶然にも知り合いが長友選手の事務所と接点があることがわかり、長友選手自身にプレゼンする機会を得ることができました。
のどこしと消化が良い鈴廣かまぼこは、ハードなトレーニングや試合後のエネルギー源として最適といいます。同社のホームページでは「必須アミノ酸をバランス良く含み、体作りに理想的な食べ物。完全天然素材で、化学調味料や保存料も不使用」と掲げています。
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長友選手は実際に鈴廣かまぼこを食べて、その魅力を実感してくれたそうです。そして、長友選手を前面に出した「魚肉たんぱく同盟」というプロジェクトが立ち上がりました。
長友選手は広告塔としてだけでなく、商品開発にも深く関わり「スティック状のプロテインバーのようなかまぼこがあったら、片手で食べることができて便利」という意見が出ました。
鈴木さんは開発に向けて、長友選手の専属シェフ・加藤超也さんとタッグを組みました。食材選びからはじまり、2週間で20種類以上の試作を行ったそうです。
そうしてできた商品が「フィッシュ・プロテインバー 挑・蒲鉾」でした。「タコのガリシア風」「金目鯛のアクアパッツァ風」「ほうれん草とホタテ入りグラタン風」の3種は、かまぼこの味の既成概念を打ち破るものです。
「魚肉たんぱく同盟」のプロモーションやマーケティングも兼ねて、クラウドファンディングで新商品を販売したところ、目標金額100万円に対し、約1200人から約840万円の購入がありました。
著名人を加えたプロモーションは鈴廣では初めてでしたが、ビジョンの親和性が推進力になりました。
長友選手が代表を務める会社「Cuore(クオーレ)」は「アスリートの価値から創造したプロダクトで健康課題の解決を目指す」、鈴廣は「魚肉たんぱくで世界を健やかにする」というビジョンを掲げています。
「クオーレはトップアスリートの知見やノウハウを、鈴廣はかまぼこづくりの技術や知見を生かし、ともに人を健やかにするという思いを込めています。スポーツを通じて伝統食であるかまぼこのオリジンを伝えたり、イノベーションを起こしたりすることで、それぞれの価値を生活者に還元したいです」
同社で最も流通しているかまぼこ「小田原っ子」のパッケージ写真にも長友選手を起用。「板かまぼこといえば魚肉たんぱく、プロテインバー」という認知を広めるのに一役買っています。
「スーパーの売り場に長友選手の等身大パネルを置いてPRしています。ストイックな長友選手が選ぶ食材は優れているものに違いないというイメージのおかげで、売り上げにもつながっています」
鈴廣かまぼこの商品パッケージやパンフレット、広告などは30年ほど前から、すべて「型染め」という日本の伝統的な染色技法でデザインし、鈴廣のシンボルとなっています。
長友選手と共同開発した「フィッシュ・プロテインバー 挑・蒲鉾」のパッケージも、型染めによる絵柄入りです。
デザインは老舗の伝統を守りつつ、古臭い印象にはなっていません。その理由は「鈴廣らしさとは何か」について考えるデザイン会議が毎月、開催されているからです。
会議はBBBOX(ブレーン・ブレンド・ボックス)と称し、メンバーは経営幹部、インハウスや外部のデザイナー、カメラマン、ライターなどで構成しています。参加者同士の考えを混ぜあわせ、アイデアや思考を生み出すことが目的です。
「プロテインバーのデザインも鈴廣らしさを残しつつ、昔ながらの雰囲気を薄めて現代的な印象を表現するにはどうしたらいいか、みんなで議論しながら考えました」
「私の役割はかまぼこ離れをなくすことです」と鈴木さんは言い切ります。
かまぼこの原材料の高騰は2010年ごろから止まりませんが、できる限り極端な値上げをしないように原材料費を抑え、多少値上げをする場合は今までよりさらにおいしさを追求しています。
「かまぼこの価値を伝えていくことも、私たちが努力すべきことの一つです。本当においしいかまぼこを世の中の人に食べてもらえれば、かまぼこ離れをもう少し食い止められるのではないかと思っています」
鈴木さんは後継ぎとして、数え切れないほどの失敗も重ねてきました。例えば、あるイベントを企画しSNSで告知したところ、拡散され過ぎたために想定以上に人が訪れて警察が出動。わずか30分でイベントは中止になりました。
その模様がニュースになり、常連の顧客から「食文化を背負っている鈴廣らしくない」という厳しい声をいただきました。その教訓から「老舗としての品格を保ちながら、現代的で新しい表現も模索しています」。
コロナ禍で再び箱根の観光客は激減。15年に大涌谷の火山活動が活発になったときよりも経営状況は厳しいそうです。
「それでも焦らず仕事ができているのは、家業で以前の苦境を経験しているからです。父の言うとおり、大変な時に家業に戻って良かったです」
コロナ禍でも、新しい経営の柱ができつつあります。
鈴木さんは鈴廣の研究所と連携し、水を加えて練るだけで魚の生すり身ができる「乾燥すり身パウダー」や、魚肉たんぱくが手軽に取れる「サカナのちから」というサプリメントなどを開発。魚肉を簡単に摂取できる商材として販売しています。
11代目として成長を続ける鈴木さん。社長交代のタイミングについては「できるだけ、早いほうがいいと思っています」と力を込めます。
「とはいえ、まだまだ社長から教わりたいことはたくさんあります。1カ月に数回、業務時間内に社長と2人で話をする場をつくってもらっています。将来のビジネスモデルやビジョンについても相談することもあります。早い段階で交代できるように、尽力していきたいです」
鈴廣の社是は「老舗にあって老舗にあらず」。鈴木さんは家業の新時代を背負う後継ぎとして、チャレンジを続けます。
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