解任危機を乗り越えた酒類卸4代目 日本酒バーとボトル制作で反転攻勢
1927年に創業した酒類卸の光明兼光本店(兵庫県姫路市)は、4代目社長の内海淳さん(52)がアルバイトからのたたき上げで、創業家から経営を引き継ぎました。後編では社長就任後の承継トラブルや解任危機、内海さんが主導して顧客開拓につなげた、日本酒バーや贈答用ボトル制作などの新規事業について迫ります。
1927年に創業した酒類卸の光明兼光本店(兵庫県姫路市)は、4代目社長の内海淳さん(52)がアルバイトからのたたき上げで、創業家から経営を引き継ぎました。後編では社長就任後の承継トラブルや解任危機、内海さんが主導して顧客開拓につなげた、日本酒バーや贈答用ボトル制作などの新規事業について迫ります。
内海さんは大学中退後、1927年創業の光明兼光本店にアルバイトとして入り、営業職で販路を拡大したり、3代目社長をサポートしたりして信頼を勝ち取り、会社解散の危機にも立ち向かいました。2008年に3代目が急逝し、創業家以外で初の経営トップとなりました(前編参照)。
しかし、就任後も苦労の連続でした。
内海さんは3代目の遺族から打診を受けて就任しましたが、当時会社に在籍していた3代目の子どもが1人だけ反対していました。
内海さんは当時、自身を創業家に経営を戻すまでの「中継ぎ」と考えていました。そのため、就任に反対していた3代目の子にも代表取締役副社長に就いてもらいました。
内海さんは「経営者として不足しているものを勉強していきましょう」と説明し、副社長に前社長が保有していた自社株のうち約24%を引き継いでもらうようにしました。人脈づくりのため、地元の経営者団体への入会も勧めました。
ところが社長を継いで少し経った後、内海さんの元に突然、社長解任通知書が届きました。差出人は自身の後継と目していた副社長からでした。
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副社長はいつの間にか、創業者の三男が保有していた株式49%分も取得していたのです。しかも社内の壁にベタベタと貼られていた紙には、解任を通知された内海さんら役員の名前が赤字で書かれていました。
内海さんは悔しさを胸に会社を去る決心をします。取引先からは引き留められましたが、どうにもなりません。
ところが解任の日を1週間後に控えたタイミングで、金融機関から「あなたのところの土地が売買されている」という連絡がありました。
内海さんによると、資金繰りのため副社長に売却を指示した社有地の一部だったといいます。「副社長が勝手に土地を売りさばき、三男の株式もその売却資金で取得していました。副社長が会社の実印をもう一つ作っていたことも判明しました」
内海さんは法的措置も辞さない姿勢を伝えると、騒ぎは収まり社長解任を免れたといいます。
事情がのみ込めた社員たちは冷静でした。会社を揺るがす大騒動にもかかわらず、業務に支障はありませんでした。
このころはスーパーやコンビニなどに大手食品卸の品が納品されるようになり、光明兼光本店のような地方の酒類卸には厳しい状況でした。内海さんは反転攻勢のための事業に乗り出しました。
JR姫路駅近くに日本酒バー「試(こころみ)」を開いたのは、11年のことでした。酒の出荷量は減少の一途。本業も振るわない中、日本酒に特化したバーを開いたのには強い思いがありました。
「酒蔵同士で業界全体を盛り上げようという機運が生まれにくく、消費者に専門知識を求める酒蔵もありました。それでは通(つう)しか日本酒を楽しめず、敬遠されるのは当然でした」
日本酒は大量生産の普通酒から根強いファンがつく有名な地酒まで、玉石混交の世界です。
「それを満遍なくわかっているのが酒類卸ではないか」。内海さんは自分たちこそが、消費者にわかりやすくお酒を提供できる存在だと気づきました。
「かわいいラベルのお酒が飲みたい、という動機で構わない。まずは日本酒の需要を増やすことが大切です」
内海さんは愛媛県酒造組合が松山市で運営する「蔵元屋」というアンテナショップを参考にしました。約150銘柄の日本酒をそろえ、ワンショット100円から飲み比べが可能です。
「気軽に味わえるから自分好みの味にも出会いやすい」と思い、姫路でも日本酒バーの運営を始めました。
店には地元兵庫県の銘柄を300種類以上取りそろえました。店内では地域や銘柄、価格などをキーワードにタッチパネルで注文できます。酒瓶が並ぶ棚には番号がふられ、銘柄でなく番号での注文も可能です。
価格帯は60ミリリットルのショットグラスで130円から。「ちょっと味見を」という客も気軽に注文できます。以前はインバウンド向けにAI翻訳機を置き、店員と盛り上がっていました。一時期は、年間1千万円を売り上げたと言います。
「いろいろな観点からバランスを見つつ仕入れています。それぞれのブランドに固定客をつけるのも狙いの一つ。最終的に僕たち流通業界も潤えばうれしいです」
新型コロナウイルスの感染拡大で長く店を閉める時期もありましたが、内海さんはこれからも店を続けます。
「すべての酒と酒にまつわる情報、それらを公平に見る目など、総合的に判断して消費者に提案できるのは、私たち酒類卸です。単に酒を運搬するだけが仕事ではありません。『全国の同業者よ、矜持を取り戻せ』というメッセージを店に込めたつもりです」
内海さんが次に挑んだのが、贈答用のフルカラーのボトル彫刻でした。
何か新しいことをしなければと思った14年、社員にアイデアを募ったところ、そのうち1人が「旅行したハワイにあった」と、サンドブラストによって彫刻されたボトルの制作を提案しました。
内海さんは空のボトルで研究をはじめます。「どの絵の具を使い、どんな道具で塗るかもわかりませんでした。美しいフルカラーでボトルを彩るためには塗料の問題も大きかったです」
ペンキやマニキュアを試しても、乾くとすぐにはがれ、強い臭いも残ります。ついに半年後、プラモデルに使う水性塗料と、その塗料をはげにくくする添加剤との組み合わせに成功しました。
サンドブラストの技法でボトル表面を浅く削り、細工棒という先端が丸くなった粘土細工用の金属の棒で着色します。19年11月には独自の製法に関する特許も取得しました。
ボトル彫刻のサービスは「tekizami」と名付けました。最初は少数で試行錯誤しながら規模を大きくし、今はtekizami事業部として5人が制作と販路開拓を手がけます。
最初は口コミで広がりました。訪問先の店のロゴを刻んだボトルを手土産に持参すると、喜んだ店主が店頭にボトルを飾り、それを見た人が注文するという具合です。
企業や店舗の記念品として広まり、特に神戸の夜景を描いた「KOBEワイン」は年間5千本ほどが売れる人気商品になりました。
「ボトル彫刻のおかげで商売の相手が変わりました。酒を扱う小売店だけでなくエンドユーザーへと販売の自由度が広がったのです」
「tekizami」は酒類卸と比べてケタ違いの利益率を記録しました。顧客が希望する内容を刻むフルオーダーも、1本5500円(税込み)から可能です。内海さんはさらなる販路拡大に意欲的です。
「社員たちもお酒を運ぶだけでなく、製造者としてもやっていける自信がつきました。今では『次はこのデザインにしましょう』と言ってくれて、頼もしいです」
光明兼光本店もコロナ禍で「これまで見たことない前年比割れ」を記録しました。雇用調整助成金を頼りつつ、社員の出勤を月の半分程度にしたといいます。
「一連の承継トラブルもようやく収まって16年に黒字に戻し、業績が上向いてきた矢先でしたから大変です」と苦笑い。それでも、tekizamiという将来性や可能性のある分野を開拓していることが、社員たちの希望になっているといいます。
光明兼光本店のような事業承継を巡るトラブルは、決して珍しくありません。内海さんに、スムーズな事業承継のための教訓を伺うと三つ挙げました。
まずは「身内を過信しないこと」といいます。信用しても良いが、し過ぎてはいけないという意味です。たとえ仲の良い家族でも周囲からいらぬ情報を吹き込まれ、バラバラになる話は枚挙にいとまがありません。
二つ目は「身内に継がせるつもりなら、しっかり後継者を決めて会社に入れるべき」という教訓です。身内を何人も入れると、内部分裂の原因になってしまいます。
三つ目は「株を分散させないこと」と忠告します。「株式は必ず仕事に関係する1人に持たせましょう。『生活が楽になるから』などと、経営に関与しない兄弟姉妹にまで株式を分配するのは最悪です」
例えば、株は後継者の長男に集約し、次男は法定相続分を考慮しながら株以外の財産を与えるようにします。「難しいのは承知の上ですが、それが事業を引き継がせる者の義務と思ってほしいです」
光明兼光本店の株式は現在、先代社長の配偶者や経営にノータッチだった子ども2人が90%以上を保有しています。内海さんは今も定期的に創業家を訪れ、3代目の遺族との親睦を深めています。
「お世話になった方ですから当然ですが、どの会社も株主とは良好な関係を築いておくのが鉄則です。面倒がっていてはいけません」
内海さんは次期社長について、創業家から出ない場合は社員から候補が出てほしいと考えています。
「社員が社長になるメリットは、公正さを保ちやすい点です。社長も含めて基本的に全員が社員で運営するので独裁者が生まれにくく、不正もやりにくいと思っています」
内海さんは「会社は山みたいなもの」と表現します。「光明兼光本店の山は小さいかもしれません。でも頂上にのぼれば一気に視界が開け、周囲の山々とその頂上にいる経営者たちが見えます。次期社長には頂上に立たないと見えない景色をぜひ眺めてもらいたいです」
最後に経営者に必要な資質を聞くと、三つの答えが返ってきました。
まずは「社員の前では明るく振る舞いましょう」と言います。社長は自分が思う以上に社員に見られており、社長の態度で社員の気持ちを不安にさせてはいけないということです。「社長の笑顔は漢方薬のようにじわじわと効きますよ」
「人や物事に過度の期待をしないこと」とも話します。期待し過ぎるとがっかりしたときの感情の振り幅が大きくなるからです。「気持ちを常にニュートラルに保たないとくたびれてしまいます」
最後に「正しいことをしようと心がけること」を強調します。何が公正かを常に考え、偏りがちな自分の考えや判断を正すために他人の話をよく聞きます。そして「大切なのは、最後は自分で決めることです」。
在任中に活躍しても後継者を育てずに倒れては「あの2代目は、創業者から引き継いだ会社を潰した」という評価しかもらえない。内海さんはそう肝に銘じています。
「良い経営者とは、無事に事業を引き継いだ人。そこで初めて『あの人は偉い経営者だった』と評価してもらえるのです」
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