緊急入院で気づいた仕事を任せる覚悟 楽しさ軸に組織を変える鉄工所3代目
福岡県柳川市に本社を置く乗富鉄工所、3代目の乗冨賢蔵さんは新規事業が軌道に乗り始めたタイミングで急遽入院というトラブルに見舞われます。しかし、乗冨さんが不在でも展示会は成功し、社内業務も滞り無く進みました。その背景には乗冨さんの新規事業に対する取り組みや、組織運営に対するユニークな考え方がありました。
福岡県柳川市に本社を置く乗富鉄工所、3代目の乗冨賢蔵さんは新規事業が軌道に乗り始めたタイミングで急遽入院というトラブルに見舞われます。しかし、乗冨さんが不在でも展示会は成功し、社内業務も滞り無く進みました。その背景には乗冨さんの新規事業に対する取り組みや、組織運営に対するユニークな考え方がありました。
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乗富鉄工所は水門などの水利用施設機械を主力事業としていますが、水門事業は大手企業参入による競争の激化や製品寿命の長寿化による発注量の低下など、将来に向けて大きな課題を抱えていました。また、社内では職人の大量離職という問題に直面していました。
そんな中、乗冨さんはITツールのkintoneを活用して業務の見える化・共有化を図る事で職人の離職を防止し、新規事業の『ノリノリプロジェクト』を立ち上げます。
ノリノリプロジェクトとは、鉄工職人のクリエイティビティを活かし、外部のデザイナーや大学・行政と連携してプロダクトを製作し世に届ける事業です。現在はキャンプギアを製作・ECサイトで販売し、SNSを中心に情報発信。コンセプトのユニークさや製品の魅力が注目を集め、多くのメディアから取り上げられています。
ノリノリプロジェクトの立ち上げ当初は、叔父である専務の後押しもあり早い段階で社内の承認を得る事ができました。ですが、現場からの反発は根深くあったそうです。
「水門屋としてのプライドがあったんだと思います。1億2億の水門を受注している会社が1万円の仕事をして何になる、といった声が漏れ聞こえていました。特に営業部にとっては畑違いの領域ですし、営業事務の方に新しい作業をお願いする形になっていたので、営業部との関係は決して良くなかったです」
社内の反応に悔しい思いを抱きながら、結果を出して社内を納得させるため、乗冨さんはガムシャラに事業を推し進めていきました。
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「メディアにも注目されだした頃、2021年10月に東京ビッグサイトで開催される展示会への出展が予定されていました。準備も万端にして、この展示会で一気に事業を加速させたいと思っていた矢先でした。虫垂炎になってしまい、即入院。展示会には大学時代の友人で入社1カ月の川久保君と、昔ながらのコテコテ営業マンの岡さん、お世話になっているデザイナーさんの3人で臨みました」
ノリノリプロジェクトでは機能やデザイン面もさることながら、開発ストーリーも重要なポイントであったため、商品のことを一番よく理解していた乗富さんが不在というアクシデントは致命的でした。また、社内の生産管理に関しても、乗冨さん不在の中でどこまで対応できるか不安がありました。
「同じ展示会に参加していた町工場仲間から、凄く頑張ってくれてるよ、と連絡が入った時は驚きました。特に岡さんは仕事上の絡みも少なく、製品への愛着も薄いと思っていたので、熱量をもって製品を紹介してくれたのは本当に意外でびっくりしました」
展示会開始時にはトラブルがつきものですが、それらは川久保さんが滞りなく対処し、途中には東京のプロジェクトメンバーもブースに入って展示会は大盛況に終わりました。また、社内のオペレーションに関しても、会社のメンバーが自発的にkintoneやTrello(タスク管理ツール)を使ってスムーズに処理していました。
本人不在の中でもプロジェクトが進んだ理由について、乗冨さんはこう答えます。
「1つには自分の頑張りが少しずつ伝わっていたという事です。例えば毎朝6時〜6時半に出社して仕事をしたり、周りに対して必死さが伝わるように心がけていました。もちろん朝の方が仕事がはかどるという理由もありますが。そんな中で私が倒れた事で、皆も何とかしようと思ってくれたんだと思います」
乗冨さんが倒れた時の事を振り返り、川久保さんはこう語ります。
「乗冨が倒れた時は本当に頭を抱えました。入社したてで右も左も分からない上に東京の展示会も迫っている。通常業務に関しては幸いにしてkintoneの導入が進んでおり、情報共有ができていたので大きなトラブルは起きませんでしたが、問題は展示会です。こちらは最初は焦りましたが、そのうち焦ってもしょうがない、最悪一人でもやってやろうと腹をくくりました。展示会本番は非常に大変でしたが、入院中の乗冨に良い報告をしたいという一心で頑張りました」
このエピソードを通じ、乗冨さんの中で、自分の仕事を周りに任せる覚悟ができました。
「もう1つの理由は、新規事業の社内に向けたコンセプトが伝わってきたという事もあります」
ノリノリプロジェクトは水門事業からの転換だけを狙っていたものではなく、社内外に対する職人のブランディングという意味合いがありました。
「元々うちの職人は技術の応用力・発想力が高く、とてもクリエイティブな仕事ができました。ですが本人達にはその自覚が無く、自分達の魅力に気付いていないという状態でした。だからノリノリプロジェクトを通してメディアから取材を受けたりSNSで拡散してもらうのを目にする事で、自分達の凄さを認識してもらい、仕事に対して楽しんでもらいたい、事業の可能性を見出して欲しいと思っていました。社外に対しても、うちの職人の凄さを知ってもらいたいという想いを込めていました」
プロジェクト名の由来も、自分だけがノリノリになるのではなく社内の人達もノリノリに仕事ができるようになって欲しいという想いから、乗富の名前にかけて作られました。職人に対しても『メタルクリエイター』という名称を冠して、普段の仕事の様子をYoutubeに投稿したところ、1万回を超える再生数を獲得しました。こういった努力が結実し、入院というきっかけで組織が自走し始めました。
「社内の空気が少しずつ変わってきているのは感じていましたが、私自身の事業に対する愛着も強かったので、入院していなかったら今でも自分でキャンプギアを売り歩いて忙殺されていたと思います」
乗冨さんは、今では通常業務を周りに任せるようにし、自身では水門事業のIT化・カーボンニュートラルを視野に入れた工場の塗装替え・サイトの刷新など、全社的な攻めの戦略立案に注力しています。
乗冨さんは、新規事業を推進する事で得られる効果を下図のようにまとめています。
「ヨコナガメッシュタキビダイとスライドゴトクを作り、SNSで発信する事でメディアに取り上げてもらいました。そこで得たリソースを元に、社員からの要望が多かった設備を導入したり、『ノリノリ手当』という趣味全般に年2万円まで使える手当を創設して働きやすさを向上させました。
また、kintoneの導入経緯をTwitterで呟いた事がきっかけで福岡大学商学部の飛田努准教授と繋がる事ができ、そこからインターンの受け入れや、商学部生とコラボしたマーケティングプロジェクトがスタートしました。
ほかにも、専門家の方や経営者の方と繋がる事ができたお陰で、水門事業でも彼らの知見を活かした新規事業が立ち上がろうとしています。大事なのはキーマンとただ繋がるだけでなく、プロジェクトメンバーに入れちゃうくらいの勢いでやることです。こういった活動を通じて更に商品が売れて、世間からの注目がより集まり、社員もノリノリで働く事ができるようになります」
乗冨さんは営業社員に率先してノリノリプロジェクトを推進してもらうため、営業社員全員にヨコナガメッシュタキビダイとスライドゴトクを貸与したり焚火の講習会を実施する事で実際の使用感を体験してもらうように働きかけています。また、展示会の経験を通じて、コテコテ営業マンの岡さんは誰よりも熱心に商品を売り歩いてくれたり、自分でも商品を買ってくれる程になりました。
「今までの乗富鉄工所は『暮らしを守る会社』でした。ですがこれからは、楽しい・カッコ良い・ワクワクを大事にし、『暮らしを守り楽しくする会社』にシフトしていきます。中小企業の跡継ぎには色んな経営スタイルの方がいると思いますが、私の切り口は楽しくやっていく事です。時には力技で進める事もありますが、基本は楽しくやろうぜというスタイルでやっていきます。ただ、虫垂炎を通して健康の大事さ、自分だけで頑張り過ぎない事が重要だと痛感しました。今では朝の出勤時間も7時~7時半にしましたが、その分で夜に過ごす時間を伸ばして本を読んだり、仕事以外の事に時間を使えるようになった事で人生がもう1段階楽しくなりました」
そんな乗冨さんの取り組みが認められ、乗富鉄工所は2021年12月に中小企業庁の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」にノミネートされました。
楽しさを軸に、乗富鉄工所は今後も新規事業を推進していきます。
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