父の急死でラーメン店を継いだ4代目 コロナ禍や原材料高騰でも前へ
東京・御茶ノ水の「味の萬楽」は、1912(明治45)年から続く小さなラーメン店です。4代目の古室真由実さん(41)が12年前、父の急死で突然店を継ぎ、看板となっているラーメンや中華粥の味を1人で守りながら、コロナ禍や原材料高騰にも立ち向かい、都心の一等地で老舗ののれんを守り続けています。
東京・御茶ノ水の「味の萬楽」は、1912(明治45)年から続く小さなラーメン店です。4代目の古室真由実さん(41)が12年前、父の急死で突然店を継ぎ、看板となっているラーメンや中華粥の味を1人で守りながら、コロナ禍や原材料高騰にも立ち向かい、都心の一等地で老舗ののれんを守り続けています。
目次
「味の萬楽」は、古室さんの曽祖母が1912年に日本橋で開業した店がルーツです。その後、創業者の子どもたちが日本橋神田エリアにそれぞれ店舗を持つようになりました。
同店もその一つで、古室さんが子どものころは祖母が中華料理屋を営んでいたそうです。
「祖母のころは夜だけ営業している中華料理店で、手作りの腸詰めや手羽餃子を出して、中国酒でもてなしていました。神田は出版社が多く、有名なハードボイルド作家もよく来ていました。その作家が店で取材を受けているときは見に来ていました」
「味の萬楽」は20年前、祖母が脳梗塞で倒れて車いす生活になったのを機に、人を雇って中華料理店から業態を変更。メニューを減らし、現在のラーメンと中華粥のお店になりました。
古室さんの父親は神田でもう一つの中華料理店「萬楽飯店」を経営していました。こちらは現在、古室さんの弟が営んでいます。
「味の萬楽」の人気メニューは、シンプルなしょうゆ味の東京ラーメンです。
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店の最大の特徴はメニューに中華粥があることです。前日に仕込んで一度寝かせ、注文が入ってから仕上げる独特の中華粥は、優しい下味がついているのでそのままでもおいしくいただけます。
テーブルに用意されている中華酢やチリソース、腐乳などを加えてアレンジでき、お粥目当ての常連さんも多いといいます。
古室さんは5人きょうだいの長女として生まれました。飲食店の子どもとして生まれた以上、店を手伝うのは当たり前。夏休みなどに手伝うことでおこづかいをもらっていました。
そんな環境で育ったこともあり、いつか自分も店を継ぐと自然に思っていました。
しかし、高校生になったとき、父から「(神田の)萬楽飯店は弟に継がせる」と言われ、衝撃を受けました。古室さんは「それなら、おばあちゃんの店(味の萬楽)を継ぎたい」と考えるようになったそうです。
店を継ぐことを想定して短大の家政科に進学。卒業後も就職せず、様々な飲食店でアルバイトをして経験を積みました。
「就職すると辞めるのにも数カ月かかるので、家業で人手が足りなくなったときに手伝えません。実際に父から突然手伝えと言われて、家業のお店(萬楽飯店)で数カ月、働いたこともあります」
ただ、古室さんには心残りもあります。
「いまさらですが、おばあちゃんが元気に店をやっていたころに料理を習っておけばまた違っただろうと思います」
祖母の店を継ぐことになったのは12年前、古室さんが29歳のときでした。父が突然、旅行先で事故死したことがきっかけでした。
中華料理店の「萬楽飯店」はそのまま弟が継ぎましたが、問題は「味の萬楽」でした。父が亡くなったことに店長も辞めることになり、そのままでは存続できなくなりました。
「おばあちゃんの店をなくしたくない」。古室さんはそんな思いから、店を継ぐことを決めたのです。
母や弟から「本当にできるの?」と心配されました。「お店の看板に泥を塗るようなことになると困る。やるなら人生をかけないとお客様に失礼」というプレッシャーもあったといいます。
父の急逝で何の準備もできておらず、主体となって店を切り盛りするのは始めてです。ラーメンやお粥の作り方、味の調整は、店に残ってくれたスタッフに教わりながら再現しました。
店を継ぐことになった古室さんが目指したのは、「昔ながらのラーメン屋さん」です。
「昔、伊丹十三監督の映画『たんぽぽ』を見て、あんなお店をやりたいと思っていました。うちの店のラーメンも映画に近かったので、継ぐと決めたときはあのお店を目指そうと思いました」
しかし、継いだ後は苦戦が続きました。スープは毎日、その日の分を仕込む昔ながらのやり方を踏襲しており、翌日には持ち越すことができない作り方なので、仕込んだスープを捨てる日も多かったそうです。
店を引き継いだばかりの時は、1日の売り上げが1万円にも届きませんでした。「常連さんはお店を売って別の人がやっていると思っていたみたいです」
そこで古室さんは大きな声で接客をしたり、毎日店の前を通学する子どもたちに積極的に声をかけたりしたそうです。そうした積み重ねで、古室さんがお店を継いだことがゆっくりと伝わっていきました。
父が急逝したとき、常連客に「お店は閉じることになる」と誤って伝わっていたこともあり、客が戻ってくるまで1年ほどかかりましたが、今では子どもたちがお店に顔を出してあいさつしていくような地域密着の店になりました。
子どもを学校に送っていくお母さんが「後でお粥買いに来るね」といってくれることもあるそうです。
コロナ禍前の来客人数はランチ3回転で平均30~40人。それぐらいの人数で作ったスープが売り切れる計算です。1日の売り上げは3万~4万円。人件費や家賃がかからないのでやっていけているそうです。
今は寸胴に8分目、1日40杯分ぐらいのラーメンを仕込んでいます。「1.5倍ぐらい仕込んでいた時期もありましたが、今は一人なのでこれぐらいで精いっぱいです」
引き継がれてきたラーメンと中華粥の味を守りながら、古室さんは色々なことに挑戦しています。コロナ前は近辺で働く人たちの朝ごはんとして、朝7時から11時までワンコインで朝粥を提供していたそうです。
さらに女性や高齢の客でもあっさり食べられるように肉の表面を焼いてからチャーシューにしたり、人気のもやしそばにチャーシューを加えたりするなど、メニューも少しずつ変化させています。
もう一つ大事にしているのが、祖母が切り盛りしていたときのようなアットホームな雰囲気です。常連客とフランクに会話して、初めてのお客さんにも優しく対応しています
「味の萬楽」がある御茶ノ水・外神田はビジネス街で、常連客の多くは近隣のビジネスパーソンでした。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大でステイホームが推奨されると出勤する人が減り、店に来る客も大幅に減少しました。
「本当に人がいなくなりました。それまではパート従業員も雇っていましたが、今は1人でやっています。(2020年春の)最初の緊急事態宣言のときは、お店も閉めていたので売り上げはゼロでした」
元々、お酒を提供しないランチ営業だけの店なので、協力金などの支援もほとんどありません。現在もワンオペで切り盛りして経営を維持している状態です。
この状態に対応するため、お粥のテイクアウトもはじめました。近所に住む常連客が、テレワークの合間に買いに来てくれることもあるそうです。
経営課題はコロナ禍だけではありません。古室さんは原材料費の高騰に頭を悩ませています。中でも、チャーシューに使う皮付きの豚バラ肉は特に高騰しているといいます。
「実家の中華料理店と一緒に、3代の付き合いがある精肉店から仕入れているのでかなり安くしてもらっています。それでも、そろそろ値上げしないといけないかもと悩んでいます」
古室さんは祖母の店を守るため、これまで12年切り盛りしてきました。しかし、長年店を支えてくれたスタッフは、高齢のためにコロナ禍の前に退職しました。
このため、過労気味になってお店を休むこともあったそうです。そんな中でも、味を落とすことなく、仕込みや料理の提供など、効率的にできる方法を日々、模索しています。
コロナ禍の飲食業はまさに大変な状態ですが、それでも事業承継を考えている人には「やれるチャンスがあるのならやったほうがいい」と伝えています。
「味の萬楽」が入っているビルは母が所有者で、仕入れや経理などは「萬楽飯店」と一緒です。「東京でゼロからお店をやるとなると数千万円かかります。(事業承継なら)あり物でできるし、常連さんの存在もありがたいです」
飲食店は現在、長引くコロナ禍で大変な状況です。古室さんも例外ではありませんが、コロナ禍の前にやっていた夜間の貸し切り営業や、朝粥なども再開したいと考えているそうです。
「祖母から、そして父から継いだこの店を大事にしたいです」と語る古室さん。コロナ禍が収束した後は再び人を雇って営業時間を伸ばしたり、メニューを改良したりして、前に進んでいきたいと考えています。
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