事業急拡大でも守ったこだわり コロナ禍の鎌倉紅谷を支えたファンの輪
神奈川県鎌倉市の鎌倉紅谷(かまくらべにや)は、名菓「クルミッ子」のパッケージを「源頼朝」から愛らしい「リス」に変更することで客層の幅を広げ、販売額を2倍に伸ばしました。3代目社長の有井宏太郎さん(42)は、事業規模の拡大にともない少人数の家族経営から組織経営にシフト。「おいしいお菓子を届ける」という理念の徹底が実を結び、コロナ禍でも売り上げを伸ばすことに成功しました。
神奈川県鎌倉市の鎌倉紅谷(かまくらべにや)は、名菓「クルミッ子」のパッケージを「源頼朝」から愛らしい「リス」に変更することで客層の幅を広げ、販売額を2倍に伸ばしました。3代目社長の有井宏太郎さん(42)は、事業規模の拡大にともない少人数の家族経営から組織経営にシフト。「おいしいお菓子を届ける」という理念の徹底が実を結び、コロナ禍でも売り上げを伸ばすことに成功しました。
――2008年のパッケージ変更(前編参照)に続いて、2018年に2度目のブランドリニューアルをされました。
ロゴやパッケージのデザインを変更し、本店をリニューアルするとともにカフェ事業を立ち上げました。
リニューアルのきっかけは、大きく二つあります。一つは、2008年のリニューアルから10年経ち、私たちの商品や企業活動が、どこか旧態化しているのではないかと感じたからです。
――どういうことでしょうか。
2011年の東日本大震災がターニングポイントでした。未曽有の危機を見たり感じたりしたことで、「ありふれた日常の尊さ」や「いまを大切にする気持ち」、「一緒に過ごす人に対する愛おしさ」が、日本人の価値観として深まったと感じます。
「『おいしいお菓子』を通して、大切な人との日常に『笑顔』と『幸せ』を届ける」という鎌倉紅谷の役割を、改めてしっかり伝えたいと考えました。
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――もう一つのきっかけは何ですか。
社内の足並みをそろえたいと思いました。売り上げの拡大に合わせて2015年に新工場を立ち上げ、事業規模が急拡大していました。2016年から2018年にかけて、製造と物流部門を中心に、従業員を100人から200人に増やしました。
創業から約60年かけて徐々に増えた人数が、2年でポンと増えたのです。過去の経緯を知らない人も増えました。その一方で、長年勤務している人もいます。同じ社内で、仕事や商品に対する意識のギャップが発生しつつありました。
ブランドリニューアルという手段を通じて、鎌倉紅谷は「『おいしい』の先にある気持ちを一番大切にする」会社だということを、社外だけでなく社内にも発信して、共通の思いを持ってもらうようにしました。また、今後も地元鎌倉を大切にしていきたいという思いを込め、会社名を「紅谷」から「鎌倉紅谷」に変更しました。
――従業員の採用で意識したことは何ですか。
組織づくりを意識しました。2011年にクルミッ子の専用工場を立ち上げたあたりから、「拠点が分散すると、いまの体制のままでは日々の事業への目が届かず、立ち行かなくなる」という危機感がありました。家族と少人数の従業員で営んでいた事業体制を見直すタイミングでした。
製造や販売、それぞれの拠点に管理者を置いて組織化するとともに、生産管理部や企画部といった部門を立ち上げたり、営業部長などの経営層の採用を行ったりしました。また、鎌倉紅谷の経営理念に共感してくれる人の採用を心掛けました。
――経営方針の共有はどうやっていますか。
年に1回、経営計画発表会を実施しています。2016年から始めました。それまでは新年会の冒頭に私が10分ほど方針を話す程度でしたが、各部門の責任者が、それぞれの方針を発表するスタイルにしました。
発表のもととなる「経営計画書」は、私と経営幹部たちとで策定し、A4サイズの冊子にして全従業員に配布します。私の場合、作り終えた瞬間から「こうすればよかった」と改善点が見つかってしまうため、実質一年中考えている状態です。
――SNSでのコミュニケーションにも積極的ですね。どのように運用していますか。
2年ほど前から広報室と私とで担当していますが、それまでは私がワンオペで運用していました。
SNSの特性に合わせて、使い分けもしています。インスタグラムとフェイスブックでは、主に新商品開発時のエピソードや、商品に込めた思いなど、うちにしか言えないことを発信しています。一方的な発信にならないように、フォロワーの方々とコミュニケーションをとり、読んで楽しい気持ちになってもらうことを目指しています。
ツイッターは、それに加えて私の個人色が出ているかもしれません。転売問題やお菓子業界のニュース、経営課題などについて、私個人が日々感じることもつぶやいています。
――SNSを通じて、実際の商品に反映されたアイデアはありますか。
グッズの新商品が生まれました。クルミッ子のリスや、アジサイ、イチョウをあしらったマスキングテープです。もともとは、お買い上げいただいた商品を入れる袋の封印用に作ったテープなのですが、試しに「これをマステにしたら買う人はいますか?」と聞いたところ反応がよかったので商品化しました。一連のやりとりを通じて、グッズの需要があることがわかったので、現在はエコバッグやブックマークなども販売しています。
――SNSは炎上のリスクもあります。どのように対応していますか。
炎上まではいきませんが、厳しいお声をいただくことはあります。多いのは、期間限定や数量限定の商品が手に入らないことに対するお声です。
商品数は、私たちも売れ行きを予測してそれなりの数を用意するのですが、それでも売り切れてしまうことがあります。お客様の期待や楽しみに対して、残念な思いをさせてしまったことに対するおわびをし、その上で、うちの考えやお菓子に対する思いなどをきちんとお伝えして、また鎌倉紅谷の商品を買っていただけるようにコミュニケーションをとっています。店舗や、お客様相談室との連携も密にしています。
――クレームを業務改善につなげた例はありますか。
福袋の販売方法を変えました。2021年に、オンラインで発売したところ数分で売り切れたうえに転売され、「買えない」と多数のお叱りをいただきました。そこで今年は、福袋の数量を増やすだけでなく、販売方法を見直しました。事前予約制にし、予約を電話で受け付けるようにしたのです。電話でお客様の住所をうかがって、引換券を郵送し、年明けから店舗に引換券を持参して、購入してもらう形にしました。
――なぜ電話なのですか。
電話の方が、炎上が起きにくいと考えたからです。また、住所や氏名を確認することで、転売を牽制(けんせい)する効果もありました。正直、手間はかかりますが、心を込めた商品を、より多くのお客様に楽しんでいただきたいという思いです。
――コロナ禍の影響はいかがですか。
店舗の閉店といったネガティブな影響もありますが、個人的には学びの時期だと感じています。「食べた人が幸せな気持ちになる」という、お菓子の価値が改めて浮き彫りになりました。「おいしいお菓子を届ける」ことにこだわってきたのが、間違いではなかったと確信しました。
というのも、コロナ禍でのこの2年、売り上げは増加しています。2020年はほぼ前年並みで持ちこたえ、2021年は、その1.4倍になりました。
――驚きました。要因は何でしょうか。
具体的には二つの面があると考えています。まずはお客様が私たちを支えてくださったことです。「こんなときだからこそ、鎌倉紅谷を応援しよう」と、店舗に足を運んでくださったり、オンラインで商品を購入してくださったり。緊急事態宣言下、ツイッターで「初めてのお願い」と、店舗で販売予定だった商品のオンライン特別販売を呼び掛けたところ、4.6万件の「いいね!」と2万件のリツイートをいただき、商品もあっという間に完売しました。長年のお客様や、SNSを通じてコミュニケーションを続けているファンの方たちとのつながりにはとても助けられました。
もう一つは、従業員が知恵を出し合い、どうすればお客様においしいお菓子を届けられるのかを考えて実行したことです。企画部とダイレクト・マーケティング部を中心に、オンライン販売の強化やコラボ商品の開発など、続々とアイデアが出てきました。企画、製造、販売、広報と、それぞれの組織がうまく機能して危機を乗り切り、成長してくれたと実感しました。「『おいしい』の先にある気持ちを一番大切にする」という経営理念が従業員一人ひとりに浸透し、自ら考えて行動する企業風土が生まれ、得難い力となりました。
――コロナ禍で生まれたコラボ商品とはどんなものですか。
横浜のチョコレート店とコラボした「ショーコラ クルミッ子」です。2021年のバレンタインの時期に発売したところ、爆発的に売れました。それまでうちは、2月は売り上げが下がっていたのですが、「ショーコラ クルミッ子」がバレンタイン商戦のパワーアイテムとして力を発揮してくれました。
――今後目指す、会社の姿についてお聞かせください。
これまでと変わらない「経営理念」と、変化に対応できる「柔軟性」を併せ持つ会社でありたいです。そのためには、それぞれの組織、従業員一人ひとりが役割を理解した上で、成果をきちんと出していくことが大切です。従業員たちが力を発揮できるように、働きやすい環境を整え、向かうべき方向を明確に指し示すことが、経営者である私の役割だと考えています。
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