ナッジ理論とは 3つの身近な具体例からわかりやすく紹介 ビジネス応用も
ナッジとは、相手に選択の自由を残しつつ、より良い選択を気分良く選べるように促すことです。人間の意思決定の癖を利用したものであり、相手に命令することなく、お金をかけずに実行することができます。現在、日常生活や教育、医療だけでなくビジネスにも応用できるとして注目されています。3つの身近な例とともにわかりやすく紹介します。
ナッジとは、相手に選択の自由を残しつつ、より良い選択を気分良く選べるように促すことです。人間の意思決定の癖を利用したものであり、相手に命令することなく、お金をかけずに実行することができます。現在、日常生活や教育、医療だけでなくビジネスにも応用できるとして注目されています。3つの身近な例とともにわかりやすく紹介します。
目次
ナッジ (nudge) の英語としての意味は、「注意を引くために肘で軽く突く」です。ナッジ理論は2008年に、米国の経済学者のリチャード・セイラー教授と法学者のキャス・サンスティーン教授によって提唱されました。
2017年に、セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞したことで、ナッジ理論が一層注目されるようになりました。ナッジ理論は、行動経済学に分類されるものです。
ノーベル財団の公式サイトで、セイラー教授の講演動画が紹介されています。講演資料で、参考文献としてナッジ理論の論文も紹介しています。
伝統的な経済学では、計算能力や認知能力が非常に高く、自制心が強く、常に自己利益の最大化のために合理的な行動をする「合理的経済人 (ホモ・エコノミカス) 」を前提としています。
ところが、現実はそういう人ばかりではありません。行動経済学は、心理学的要素を数理的にモデル化し、現実に合うように経済学の適用範囲を広げたものです。ナッジを使うと、相手の意思決定を合理的なものに近づけることができるとされています。
ナッジの具体的な事例を見てみましょう。ここでは「デフォルト」「社会規範」「情報提供」を取り上げます。
デフォルトとは、初期設定のことです。選択の自由が保持されていても、人はデフォルトを選択する傾向があります。
かつて日本の医師は、当たり前のようにブランド医薬品 (先発医薬品)を処方していました。ジェネリック医薬品 (後発医薬品) を処方してもらうには、患者の方から言わなければならなかったのです。
2008年、日本政府は財政負担を減らすため、ジェネリック医薬品に誘導するように法改正を行い、処方箋の様式を変えました。ジェネリック医薬品を認めない場合には、「後発医薬品への変更不可」欄に医師が署名しなければならなくなったのです。それ以前は「変更可能」となっていました。
さらに2012年には、薬の一般名を書くようにし、ブランド医薬品しか認めない場合には、印を入れなければならなくなりました。
こうしたデフォルト変更により、ジェネリック医薬品の数量シェアは、2006年の16.9%から、直近データ (2021年7-9月) では79.2%まで高まっています。
ただ、これ以外にも「後発医薬品調剤体制加算」によって、ジェネリック医薬品を多く出すと報酬が多くなるといった金銭的インセンティブが存在します。したがって、厳密にはナッジではありません。ここでのナッジの事例は、ほとんどの患者がデフォルトでジェネリック医薬品が選択されるようになっても、ブランド医薬品に変えて欲しいと言わなかったことです。
デフォルトからの変更がそれほど手間ではなくても、デフォルトを選択してしまう要因としては、行動経済学でいう現状維持バイアス (変更による心理的負担を損失と捉える)や、暗黙の推奨 (デフォルト提供側からのお勧めと捉える) などが考えられます。
熊本地域医療センターでは、看護師の超過勤務が多く、離職率も高いことが問題となっていました。
超過勤務の要因の一つに、引継ぎ可能な業務を、勤務終了時刻が過ぎてからも引き受けてしまっている現状がありました。本来残業は指示業務なのですが、実際には明確な指示がなくても、暗黙の了解として使用者側が指示したことにしている組織がほとんどです。
そこで「看護師ユニフォーム2色制」を導入し、日勤のユニフォームをピンク、夜勤のユニフォームを緑にしました。
その結果、日勤一人あたり年間平均残業時間が、2013年度の111.6時間から、2018年度には21.7時間まで激減。夜勤にいたっては1.2時間からゼロになりました。育成施策も功を奏し、離職率は20%超から9.9%に低下しました(参考:一般社団法人熊本市医師会 熊本地域医療センター 「ユニフォーム2色制」と「ポリバレントナース育成」による 持続可能な残業削減への取り組み│日本看護協会)。
これは、残業していると自分だけユニフォームがピンクになり、緑が普通だという社会規範を感じてしまうことを利用しています。周りの人も仕事を頼みにくくなりました。
患者の回復が見込めない状態になったときの治療について、医師が家族に同意書を求めることがあります。同意書は、心臓マッサージなどの延命治療を希望するかしないかについて、チェックを入れるようになっています。
このような重大な決断は、「先延ばし」したいという人が大半です。まずショックを受け、本人の思いはどうか、自分が決めてよいのかと気になり、署名に時間がかかるのは仕方のないことです。
そこで医者が、延命治療は患者にとって苦しく負担であること、多くの家族が苦しまない方を選択していることを伝えることがあります。
「多くの人がそうしている」という情報提供により、相手の意思決定の負担を減らしているという事例です。この方法は、対象者の属性が似ているときに効果を発揮します。
このようにナッジは、金銭的インセンティブや罰則を用いずに、相手の意思決定の癖を利用して行動変容を促すものです。ビジネスに活用できるシーンとポイントをご紹介します。
ある研修プログラムを実施することになったとします。多くの従業員に参加してもらい、能動的に多くのことを吸収しようと思ってもらうには、どうすれば良いでしょうか?
出欠の確認で、欠席する場合のみ担当者に知らせることにしたとします。つまり、デフォルトは出席です。そうすると、尋ねられた方は、研修プログラムが組織全体にとって意味のあるものだと推測します。
逆に、出席する場合のみ担当者に知らせることにします。デフォルトは欠席です。尋ねられた方は、研修プログラムが特別な人向けに企画されたものだと推測します。
どちらをデフォルトにしたら良いかは、何を重視するかによります。多くの従業員に参加してもらうことが最優先であれば、デフォルトは出席が良いでしょう。
一方、参加人数は減ったとしても、特定の人に能動的に多くのことを吸収してもらいたいのであれば、デフォルトは欠席にすると良いでしょう。
ここでは、暗黙の推奨を誰が行っているかということがポイントです。ナッジの効果は、企画者に対する信頼の度合いに左右されます。
あるパティスリーサロンで、ケーキバイキングを開催することになったとしましょう。目的は、新規顧客の開拓と既存顧客の維持だったとします。
いつも販売している大きさでケーキを提供すれば、商品の高級感を演出でき、新規顧客に十分にアピールできます。しかし、いつも同じケーキを買う既存顧客に、他のケーキを一つでも多く知ってもらいたい場合、サイズを小さくしてハードルを下げ、現状維持バイアスから解放されるように促した方が良いでしょう。
ビュッフェに関するナッジの研究では、野菜料理を手前、肉料理を奥に並べると、野菜料理の摂取品目数が多くなることが報告されています。上記例で言えば、試してもらいたいケーキは、取りやすいところに置くと効果的です。「そのケーキを取ることが当たり前」というデフォルトが生まれることになるからです。
ただし、顧客の利益にならない行動を促すとき、それはナッジではなく「スラッジ (sludge)」になります。英語としての意味は、「ヘドロ、汚泥」です。
たとえば、お皿やカトラリーの大きさを小さくすると、摂取量が減ります。何度も取りに行くのが恥ずかしいと「他人の目」を気にする人もいます。これを意図的にやればスラッジです。売れ行きの良くないケーキが人気であるかのような情報を提供すれば、一時的には効果があっても、やがて信頼を失うことになるでしょう。
ナッジを使うと、操られていると感じて拒否反応を示されることもあります。しかし、ナッジだとわかっていても、促されてしまうケースも多いようです。
ナッジを使うとき、その選択が果たして本人のために良いものなのかどうか、しっかり考えることが重要です。大した金額をかけずに大きな効果を生むことができるので、良識的に活用してみてください。
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