取引先への値上げ交渉 新社長が心がけたデータと覚悟と「歴史を知る」
原油や原料、人件費などの価格が上がるなか、BtoB企業も取引先との値上げ交渉に踏み切っています。段ボールをベースにしてデザイン性を持たせた美粧箱などの製造工程を担う「大光紙工」(大阪府)は、江崎高志さんが3代目の新社長になったのを機に、取引先との値上げ交渉を始めました。取引先の理解を得る交渉の過程を追いました。
原油や原料、人件費などの価格が上がるなか、BtoB企業も取引先との値上げ交渉に踏み切っています。段ボールをベースにしてデザイン性を持たせた美粧箱などの製造工程を担う「大光紙工」(大阪府)は、江崎高志さんが3代目の新社長になったのを機に、取引先との値上げ交渉を始めました。取引先の理解を得る交渉の過程を追いました。
元々は自然豊かな土地で仕事がしたくて、山小屋やスキー場、離島などで働いていた江崎さん。スキー場で知り合い、遠距離恋愛を続けていた女性の実家に挨拶に行くことになって、家業が大光紙工だと知らされます。
当時、大光紙工の後継者は決まっていませんでした。義父からは「継がなくても結婚を祝福したい」と言われました。ただし、継ぐ人がいなければ廃業するかもしれません。
江崎さんは、このとき心に引っかかるものがあったといいます。1カ月悩んだ末、「自分にしかできない仕事にチャレンジしたい」と大光紙工を継ぐことに決めました。2008年の事でした。
大光紙工は、片面段ボールに印刷できる板紙を貼り合わせる合紙を得意としています。創業以来、堅実な経営で元々の財務基盤はしっかりしていました。
しかし、入社してわかったのが、経営が徐々に厳しくなっている現状でした。多品種少量生産の仕事が増える一方、発注元が新規顧客を獲得するために期間限定で引き受けたはずの「得値(特別価格)」が常態化。さらに、段ボールのもととなる原紙ものりも、ボイラーの燃料も値上がりしていました。
そんななかで江崎さんが3代目事業承継した2019年、売上高はピークだった2008年の約半分にまで落ち込んでいました。
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さらに、2020年からのコロナ禍で仕事が落ち込み、残業代が減った従業員の不満が募るなか、過去の取引から税の申告漏れがあったことが発覚。税務署に追徴課税分を納めましたが、これを機に従業員の大量退職が起きてしまいました。
江崎さんは、まず会社の体制を立て直すことから始めます。最初に、役員報酬を大幅にカットしました。
そのうえで業務の見直しに取りかかりました。「これまでは残業続きで仕事をこなしていましたが、コロナ禍で受注も減ってしまいました。これにより、会社の身の丈にあった業務量になりました」と話します。
コストを切り詰め「収支はトントン」にまで戻ってきたといいますが、切り詰めたままでは先行きが見通せません。
そこで、継続している仕事の値上げ交渉をすることを決めます。最初の交渉に乗り出したのは2021年6月。しかし、取引先からは「原紙の値段、上がってないから」と簡単に断られてしまいました。
交渉を続けるために、心がけたのは次の3つでした。
交渉するうえでまず歩調を合わせるべき相手は、会長となった義父でした。それまで社内改善しようとするたびに衝突してきた義父との関係改善に努めました。義父は優れた職人だった一方、利幅の薄い仕事でも頼られるとなかなか断れません。
「価格交渉の末、万が一の場合は取引先がなくなるかもしれない」
会社を続けるために、これまでの取引先を失う可能性があることに納得してもらいました。価格交渉中に、義父の携帯電話に直接連絡したり、大光紙工の代表電話にかけて会長と交渉するよう求めたりした取引先もありました。
しかし、義父には「オレにはわからない。アイツに任せている」と伝えてもらい、交渉の窓口を一本化しました。
一方で、義父からは、これまで取引は「歴史あっての価格」だと聞かされたといいます。なぜこの価格で仕事を引き受けたのか、どんな恩がありどう返してきたのかを理解する必要がありました。
そんな江崎さんの助けになったのは、長年会社に務め、会社の事情をよく知るベテラン事務員の存在でした。取引先の理解を得るには、後段で説明するようにデータで説得しなければなりません。
経営に関するあらゆるデータだけでなく、大光紙工の創業からの歴史や取引先との関係性も、ベテラン事務員から詳しく教えてもらうことができました。
2022年2月、原紙の値上げのタイミングで江崎さんは価格交渉を再開しました。
「今までこれ(価格)で行けますと言っていたのに、急に赤字だったと言われても……」
取引先は、電卓をはじきながら困惑した様子でした。長年の取引のため、取引先は原価も人件費も加工コストもおおよそ把握しています。
それに対し、江崎さんは頭を下げつつも、原材料費や人件費が上がり続けているのに、取引価格を据え置いていたこと、このままでは経営が立ちゆかなくなることについてデータを交えて説得しました。
江崎さんの強みは、事業承継まで11年間現場で手を動かしていたことと、経営に関するデータをきちんと頭に入れていることでした。価格交渉では、値上げの根拠など鋭い指摘もたくさん受けましたが、現場も経営の知識もあったため、その場で答えることができました。
「長年、取引を続けてきてくれた取引先は、私たちを必要としてくれている企業。お互い商売をしているのだから話し合えばわかってもらえる」としつつも、交渉が決裂してしまったら、取引がなくなってしまうかもしれないと覚悟を決めて交渉に臨んだといいます。
その思いが通じたのか「次の代の若い経営者が必死に会社を建て直そうとしているのだから応援しよう」というところや、業界の平均価格までは値上げに応じるところがあったといいます。
「一番うれしかったのは『ずるいわぁ。若い経営者が来て熱いビジョンを語られてしまったら値上げを認めてしまうやん』と取引先の社長さんに言って頂けたことですね」と江崎さんは話します。
3月に入っても価格交渉は続いていますが、すでに受け入れてくれた取引先は10~20%の値上げをすることができました。江崎さんはこの値上げで生まれる利益で借り入れ返済と新規事業に乗り出す方針です。
「片面段ボールは、デザイン性の高い紙と合わせることができますが、単体での活用はまだあまり知られていません。消臭の機能を持たせるなどほかの企業と共同で新しい事業を展開も考えられ、まだ可能性がある分野です。こうした事業を通じて再び働き手を増やしていきたいと考えています」
江崎さんの頭のなかではいま、いろんな新規事業のタネが芽吹こうとしています。
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