値上げの交渉力を高める九つのポイント 建設業・製造業向けに解説
最低賃金、ウッドショック、原油など、あらゆるコストが値上がりしています。自社の製品・サービスの適切な値段を決めたり、値上げ交渉したりすることは、後継ぎの必須科目になりつつあります。自社よりも規模の大きい相手に、値上げ交渉を進めるために必要な九つのポイントを、認定事業再生士が解説します。
最低賃金、ウッドショック、原油など、あらゆるコストが値上がりしています。自社の製品・サービスの適切な値段を決めたり、値上げ交渉したりすることは、後継ぎの必須科目になりつつあります。自社よりも規模の大きい相手に、値上げ交渉を進めるために必要な九つのポイントを、認定事業再生士が解説します。
目次
下記の図は、筆者が実際に経験した地方製造業の値上げ交渉の事例です。
中小企業は発注者との力関係から、値上げ交渉でつい下手に出がちです。しかし、契約と数字を冷静に分析し、準備したうえで交渉すれば、簡単ではありませんが、値上げも可能です。
京セラ創業者で名誉会長の稲盛和夫氏は「値決めは経営である」と強調しています。価格決定と交渉は担当者に丸投げせず、経営者が主導しましょう。
人事評価が「売り上げ」で決まる会社の場合、目先の受注のために営業担当者が値下げすることが多く、「価格」は担当者にとって優先度が低くなります。
本稿では、自社よりも規模の大きな発注者から仕事を請けることが多い「下請け」と呼ばれる製造業・建設業を対象に、値上げが必要な背景、事前準備、交渉の順に解説します。
下記の表は、最低賃金、建設資材、物流コストの過去10年間における価格の推移です。最低賃金は10年前から26%上がるなど、あらゆるコストが値上がりしています。
また、2021年11月時点では原油高に加え、円安が進行しているため、輸送費や輸入品価格がさらに上昇する可能性もあります。建設業界で21年に生じたウッドショック(木材価格の高騰)も、資材全体の長期的な値上がりトレンドの中で起きています。
このように、賃金や原材料の価格が変動しているのに、原価計算、積算、価格設定の基準を長年見直していない中小企業が少なくありません。
「とりあえず前と同じ値段で」と前例踏襲で取引先に自ら告げる会社や、紙と電話頼みでシステム化が遅れ、正確な原価計算ができていない会社は要注意です。コスト上昇のしわ寄せを、自社で抱え込むことになります。
コロナ禍における緊急の資金繰り対策として、政府が20年に導入した民間金融機関による無利子無担保融資(通称:ゼロゼロ融資)の執行件数は、全国87万件に及びます(21年5月時点)。
その元本返済の過半が、21~22年に始まります。借り入れの返済原資となるのは利益です。値上げをせずに自社の利益が減っていけば、資金繰りに影響します。
最低賃金も上昇する中で、値上げ交渉ができなければ、社員の待遇にも影響が出てしまうのです。
では、実際にどのくらいの中小企業が値上げ交渉を行っているのでしょうか。
21年度版の中小企業白書によれば、全産業で63%の中小企業が原材料上昇分を(一部という会社もあるものの)価格転嫁できています。一方、全体の37%を占める転嫁できなかった企業のうち、50%が「協議申し入れができなかった」と回答しています。
中小企業白書の記述は「3割以上の企業が転嫁できなかったと回答しており、価格転嫁は企業間取引における課題である」となっています。
一方、筆者は冒頭で紹介した「値上げ交渉なんてできないと初めから諦めている」事例や上記の図のように、「価格転嫁できる可能性があるのに言い出せない中小企業」が一定数いて、この数値になっているのではないかと考えています。
経済産業省は発注企業に、下請法の順守を強く求め、監視を強化する方針を示していることから、値上げの協議には一定応じるものと考えられます。従って、中小企業はまず協議を申し入れること、その次に中小企業側が十分な準備をして交渉に臨むことの2点が重要だと考えます。
それでは、具体的に何を準備すればいいでしょうか。中小企業庁の資料をベースに、値上げ交渉に必要な要素を整理しました。21年1月にツギノジダイで公開した「下請けが値下げ要求されたら?」という記事もご参照ください。
それでは、それぞれのポイントについて順番に解説します。
まず、顧客別の売り上げや粗利を分析し、顧客への依存度を確認しましょう。
中小企業経営コンサルタントの元祖・一倉定(いちくらさだむ)氏は、「売り上げの3割以上を特定の会社に依存しない」、「売り上げを特定の会社に依存することは生殺与奪権を他人に与えているのと同じ」と指摘しています。
特定の会社に依存しているほど、交渉力は弱くなるので、既存取引先との交渉をしつつ、新規取引先の開拓や新規事業を考えることになります。
新規取引先の開拓や新規事業が順調なら、既存取引先との交渉にも強気であたれます。長年価格交渉をしてこなかった既存取引先より、適切な価格で評価してくれる新規の企業を探した方が、収益力が高まる場合もあります。
相手先が上場企業なら、決算・業績は無料で確認できます。相手先の業績が大幅に悪化している場合、共倒れにならないよう、4-2の新規開拓も必要でしょう。
また、先ほどの4-1と逆に、相手先が自社にどれだけ依存しているかも把握しましょう。相手が特定の部品や工事の供給を自社に依存している場合、相手の売り上げを握っていることになるので、供給側の交渉力の方が強くなります。
4-3と関連しますが、自社の競合が高齢化で廃業し、市場全体で供給量が減っていれば、交渉力が逆に増すケースもあります。
実は大企業でも、丸投げ体質で下請けの中小企業に頼り切り、自社内に技術やデータが残っていない場合が少なくありません。帝国データバンクによると、中小企業の後継者不在率(20年)は65%。「後継ぎがいる」だけで差別化になるのです。
製造業や建設業の場合、地域別の相場と自社の価格の差異確認も重要です。
相場からかけ離れた安い価格で発注する大手企業より、相場を理解して適切な価格で発注してくれる地場の中堅企業の方が、自社に利益をもたらしてくれる場合もあります。
逆に、長年の地元の取引先が利益を圧迫している場合もあるので、冷静な検証も必要です。
値上げ交渉時には、原価計算の根拠を求められることも少なくありません。
原価のほか、冒頭の折れ線グラフのように、対象となる材料の価格推移のエビデンスも用意しましょう。これは、政府統計の窓口「e-stat」から無料でダウンロードできます。
人情話では、交渉相手も上司に報告できません。必ずエビデンスを持って交渉し、やりとりは議事録に残しましょう。オンラインの場合は、録画も有効です。
4-3とも関連しますが、「無料の情報に疎い」会社は、交渉下手であることが多いです。
以下は、筆者がデータに基づいて、実際に関与している企業で行った施策になります。
一律値上げといえば、先方も受け入れにくいですが、宅配便や航空券に代表される「特急料金」や「季節変動」については、理解を示してくれます。
「下請けをたたくのだからエース社員を充てる必要はない」、「購買担当者は細かいことはわかっていなくても、こわもての社員を置く」という事例は、製造業で筆者が実際に聞いた話です。
自社の交渉相手の担当者に、必ずしも力量がある、決裁権を持っているわけではありません。決裁権のある上長とも関係性を構築し、交渉に臨みましょう。
以下も、実際に筆者が経験した事例になります。
値上げ交渉にあたる担当者からすると、面倒ごとには巻き込まれたくないのが本音でしょう。経営者が主導した方がスムーズに進むことも少なくありません。
「一倉定の社長学」という本には「親父はインフレ育ち、売上主義 VS 息子・娘はデフレ育ち、粗利主義」という記述があります。
経営者は育った時代の影響を受けます。人口が増え、ものの値段や給料が上がり続けるインフレの中で育った経営者は、利益や単価を気にする必要性は薄く、売り上げ主義で判断する傾向があります。
一方、人口が減り、ものの値段が上がりにくいデフレの中で、値上げ交渉と経営のかじ取りをしなくてはならない後継ぎ世代は、数字も見ながら慎重に対応しなくてはなりません。「減収増益」戦略も選択肢の一つです。
もし、取引先との値上げ交渉に関し、冒頭の事例のように先代経営者やベテラン社員と意見対立があった場合、「育った時代」が全く違うとお互い理解することから始めましょう。
社内でも社外でも、交渉を左右するのは経営者の「自信」です。中小企業診断士などの専門家にも相談し、十分に準備したうえで臨みましょう。
筆者の所属企業のように、建設業に特化した企業紹介(エージェント)事業を展開している会社もあります。取引先の開拓はネットを活用する時代で、相場観についても情報を得られます。参考にしていただければ幸いです。
【参考】
・中小企業庁「中小企業・小規模事業者のための価格交渉ノウハウ・ハンドブック」(2017年1月版)
・2021年度版中小企業白書
・一倉定の社長学(作間信司著、プレジデント社)
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