58年前の1964年7月25日、東海道新幹線が全線開通し、試運転が始まりました。

区間は東京―新大阪駅間約515キロです。

当時の朝日新聞に、試運転当時の状況が記されています。

東京―品川間、三島―豊橋間、豊橋―米原間などには、完成後日が浅く、路盤の不安定な個所が相当あり、またATC(自動列車制御装置)、CTC(列車集中制御装置)などの自動運転装置が新大阪―米原間しか完成していないため、試運転車は新大阪―米原間約100キロを時速200キロで疾走したほかは、時速70-110キロという営業時の半ば程度のスピードで走ったが、運転はともに順調。

朝日新聞東京本社発行の1964年7月25日付夕刊

試運転ということもあり、7月25日の走行は慎重に行われたようです。

東海道新幹線で初の全線開通試運転が行われ、新大阪駅で加藤一郎・国鉄東海道新幹線支社長兼国鉄新幹線局長らがテープカット=1964年7月25日、大阪市、朝日新聞社

新聞には試運転の車両に乗車した記者のルポルタージュも掲載されています。

試運転車の道筋は道路、橋の上、工場の屋根といわず、どこもたくさんの見物人。防護サクが完全にできあがっていない区間では、鉄道公安員、作業員が事故防止の見張りに立っていたが、新横浜駅の手前では、どこをくぐったのか中学生らしい少年が2人、線路ぎわにはいりこんでいた。幸い事故はなかったが、つい先日京都付近で鉄道を歩いていた少年がはねられ即死した事故があった直後だけに、ひやりとする場面。

朝日新聞東京本社発行の1964年7月25日付夕刊

という記載があるほど、東海道新幹線の試運転に注目が集まっていたようです。

新橋駅を通過する東京-新大阪間の全線開通試運転列車=1964年7月25日、東京都港区、朝日新聞社

その約2カ月後の10月1日、東海道新幹線は開業。

構想が生まれてから26年、着工から5年半を経て、「夢の超特急」が生まれました。

初列車となったのは、下り「ひかり1号」と、上り「ひかり2号」。

定刻の午前6時に東京駅と新大阪駅でそれぞれ西と東へ同時に出発したそうです。

 

JR東海によると、1964年の開業以降、東海道新幹線の利用者は延べ約66億人。

東海道新幹線は現在もなお、東京、名古屋、大阪をつなぐ大動脈として、日本経済の成長を支えています。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年7月25日に公開した記事を転載しました)