病に倒れた祖父の農園を継承 加賀野菜で農業を「もうかる仕事」に
金沢市の「きよし農園」代表・多田礼奈さん(29)は、高校中退後にアルバイト生活を経て、23歳で祖父の農園を引き継ぎました。金沢の伝統野菜「ヘタ紫なす」と香りも味も豊かな「金沢ゆず」の魅力を、イベント開催や飲食店、他業種とのコラボレーションを通じて広く発信。ゆずの皮を使ったピール煮の加工・販売にも取り組み、加賀野菜を通じて農業の可能性を広げています。
金沢市の「きよし農園」代表・多田礼奈さん(29)は、高校中退後にアルバイト生活を経て、23歳で祖父の農園を引き継ぎました。金沢の伝統野菜「ヘタ紫なす」と香りも味も豊かな「金沢ゆず」の魅力を、イベント開催や飲食店、他業種とのコラボレーションを通じて広く発信。ゆずの皮を使ったピール煮の加工・販売にも取り組み、加賀野菜を通じて農業の可能性を広げています。
目次
金沢市郊外の浅川地区にある「きよし農園」。多田さんは約2.8ヘクタールの土地で、ヘタ紫なすや金沢ゆず、太くてやわらかく甘みのある「しろねぎ」を中心に5品目を作っています。年間生産量は平均で金沢ゆず8トン、ヘタ紫なす5.3トン、しろねぎ5トンに及びます。
多田さんを訪ねたのは3月末。近くの浅野川は雪解け水で流れが早く、一帯には日差しが注ぎ、里山の春らしさを感じる日でした。冬のしろねぎの作業が一段落し、ゆずの木の剪定やヘタ紫なすの畑の準備が始まっていました。
祖父・田中清さんは兼業農家で、ヘタ紫なすと金沢ゆずの生産に力を入れていました。多田さんも子どものころから、繁忙期には畑の手伝いに駆り出されましたが、当時は「嫌々だった」と言います。
そんな多田さんは高校中退後にお好み焼き屋でアルバイトをしていた10代のころ、休みの日に畑の手伝いをしたのをきっかけに農業に興味を持ちました。
当時、多田さんの身の回りの仕事では合理化や機械化が進んでいました。「この先、世の中も職業も変わっていくんだろうな」と漠然と感じていたとき、畑を手伝いながら農業の可能性を強く感じました。
「農業は食を支え、生きていくために必要な職業。機械化が進んで世の中が変わっても農業だけはなくならないし、なくしちゃいけないと感じました」
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バイト先のお好み焼き屋のマスターから日々「やりたいことがあったら、後悔せんようにやるべきや」と言われたのも大きかったといいます。
「マスターが熱い方で、常連のお客さんには経営者も多く、自分のやりたいことを突きつめるのは魅力的だなと思いました。当時、私は高校を辞めて、夢も希望もやりたいこともなかった。飲食店で働くようになって、色々な人の話を聞くのは面白いし、頑張った分対価を得られる。働く楽しさを知りましたし、生き生きしている大人たちを見て、私も何かやりたいと思うようになりました」
祖父が病に倒れたのは、多田さんが畑を手伝い、農業への興味が強くなってきた矢先でした。
「じいちゃんが必死に守ってきたものをなくしちゃいけない」
祖父から「やってくれんか」と冗談交じりに言われ、多田さんは「やる」と即答しました。
「こんなもうからない仕事、あんたにさせたくない。普通に結婚して働いてほしい」と祖母からは反対されましたが、決意は変わりませんでした。
「そんなん農業でもうかるようにすればいいだけやろ、と生意気なことを言って(笑)」
2016年3月、祖父の名前から取った「きよし農園」を立ち上げると、その翌月、祖父は息を引き取りました。
祖父から直接教わることはできなかったため、1年目は農業大学校に通い、一から農業を学びました。「農家2年目からは先輩の農家さんに質問したり自分で調べたりしながら、試行錯誤を繰り返しました」
祖母と父のサポートはありましたが、多田さんは「うまくいかないことばかりだった」と振り返ります。
気候に左右されて計画通りに進まず、想定の3分の1くらいの量しか作物を収穫できないこともありました。
「その年ごとに気候、温度、苗の育ち方も違うし、前年と同じことをやっても同じようにはいかない。農業には正解がなく、すごく厳しい仕事でした」
特に祖父から引き継いだ作物は、育てやすいとはいえない品目ばかりでした。
「ゆずの木には大きくて鋭いトゲがあり、車がパンクするほどの威力があるんです。剪定のときには本当に痛い。私も父も顔や腕を傷だらけにしながら作業しています」
加賀の伝統野菜でもあるヘタ紫なすは、作るのが難しく、多大な手間がかかりました。
多田さんによると、スーパーでよく売られているナスは、作りやすく品種改良されていて、病気や気候変動にも強く、秀品率(収穫量に占める秀品の割合)が良いなど利点が多いといいます。
「ヘタ紫なすは暑さや寒さに弱く、秀品率もよくない。葉がたくさん茂るので手間もすごくかかります。需要があまりないから単価も安いんです」
周りからは「普通のナスにしたほうがいい」と勧められましたが、そう言われるほど「やってやろう」という気持ちがわきました。
「ヘタ紫なすのほうが、甘くて味が濃くて断然おいしいんです。昔から引き継がれてきた野菜をなくすのはもったいないなと」。多田さんは試行錯誤しながら生産を続けています。
ヘタ紫なすのおいしさを知ってもらうため、多田さんは18年、きよし農園の畑で1日限定の「夕焼けレストラン」を開催。ヘタ紫なすといちじくのマリネ、ヘタ紫なすのセミフレッドティラミスといった創作メニューを味わってもらいました。
ヘタ紫なすの評判が少しずつ広がり、今では有名レストランや和食店からも注文を受けるようになりました。
「野菜を扱ってくださった飲食店経由で別のお店から注文が来ました。農協から購入した飲食店の方から直接発注をいただくこともあります」
「きよし農園」の総面積は祖父のころと同じですが、田んぼを減らして畑に変え、作物をゆず、なす、しろねぎに転換したことで、米以外の耕作面積を4倍ほどに拡大しました。
約400本だった金沢ゆずの木は、約600本に増やしました。ゆずは木を植えてから本格的に収穫するまで10年かかるため、収穫量はまだ増えていませんが、ゆずの皮の加工・販売で収益をアップさせました。
地元にはゆずの生産者による「部会」があり、傷ものの果汁を絞って業者に卸していました。多田さんは絞った後に廃棄する皮を商品化できれば、周りの農家の利益にもつながると考えました。
きよし農園が部会から皮を買い上げてピール煮に加工することにしました。ピール煮は石川県白山市の翠星高校と連携して開発し、和洋菓子店にも買ってもらえるようになりました。
17年からは生産者の部会で「金沢ゆず香るん祭り」も開催し、ゆずを使ったスイーツや飲食ブースなども設けて、人気のイベントになりました。
新たな商品が新たな企画を生み、ピール煮を使った「ゆず大福」や地元の人気ドーナツ店とのコラボなどヒット商品も生まれています。
地元の加賀友禅作家ともコラボし、ゆずを染料に使ったのれんの製作も始めました。地元の陶芸家とは、ゆずの枝から釉薬を作り、色づけしようという話も進んでいます。
他分野とのコラボレーションはどのように生まれるのでしょうか。「自分で計画するものもありますが、持ち掛けてもらったり、人のつながりで紹介してもらったりすることも多いです」
特に農家になって2、3年目までは、生産者や起業家どうしの集まりや研修、イベントなど様々な場所に顔を出していました。
「人のつながりが何年後かの企画につながることもあります。あとは自分がやりたいことは、どんどん口に出して言うようにしています」
農業以外の分野とも、積極的に関わりを持ってきました。
「和菓子屋さんとコラボしたら、そのお店の和菓子が好きな方にも、きよし農園を知ってもらえます。工芸やアートなどモノづくりにも興味があるので、色々な分野とつながって農業の価値や魅力を高め、間口をもっと広げていきたいです」
22年5月には、野菜や果物の加工所兼店舗となる施設「Siii」をオープンする予定です。石川県産業創出支援機構(ISICO)のアドバイスをもとに補助金などを受け、構想を形にしてきました。
野菜などの農産物、ゆずをはじめ果物の加工品、ソースを使ったジェラートや和洋菓子などの販売も予定しています。
コロナ禍では「ゆず香るん祭り」の中止を余儀なくされるなど、影響は小さくありません。それでも、農作物だけにとどまらずに販路や認知度を広げる工夫を重ね、少しずつ売り上げも盛り返しています。今後はインターネット販売も強化する予定です。
農業と農作物の価値を高める――。それが多田さんが日々模索しているテーマです。
農家の高齢化や後継者不足は大きな課題ですが、29歳の多田さんは熱く語ります。
「後継者不足の理由はもうからないから。もうかるようにするには、農作物の価格を上げることです。今は気候変動で農作物の生産が安定しないから、価格も揺れ動くという悪循環に陥っています。5年後や10年後には、気候変動に対応できる農業のやり方も考えていきたいです」
5月に「Siii」をオープンした先には、「道の駅」のような場所を作りたいと意欲を燃やしています。
「売る場所があると知ってもらえれば、新しい人も農業に参入しやすいと思います。(農園がある)湯涌街道沿いを農業のまちにできたらいいな。まだまだ先の夢ですけど」
多田さんのアイデアは膨らむ一方です。「ただ野菜を売るだけでなく(生産の)背景も伝えて、野菜一つひとつの魅力や価値をもっと感じてほしい。まずは農家を身近に感じてもらえるように、できることからやっています」
多田さんは農園を継いだ当初から、一つの企業という意識で仕事に向き合ってきました。
「信用をなくさないように、手を抜かないように・・・。例えば、うちは天然素材から抽出した窒素やリン酸、カリが含まれる肥料を使っています。肥料代がかかるので野菜そのものの利益がほとんどありません。もう少し肥料を安いものに変えようかとよぎりそうになりますが、おいしいと言ってくれる方を思うと、妥協したくありません」
物にも、人にも、仕事の姿勢にも、誠実であれば、誰かが応援してくれる――。それは多田さんの経験による実感でもあります。
「応援してくれた人には恩を返すつもりです。特に私なんて一人じゃ何もできない。いろいろな人に助けてもらっています。最終的には人を大事にすることかなと思っています」
多田さんはこれからも農業の価値を高めるべく、歩みを進めていきます。
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