倒産寸前で口から出た「人の役に立ちたい」 V字回復は信頼の積み重ねから
異業種から介護事業へ参入する企業が増えていますが、事業を軌道に乗せるのは簡単ではありません。島根県浜田市の建築業、斎藤アルケン工業もその一つ。2年ほど売り上げがほぼゼロでしたが、2代目の斎藤憲嗣さんが信頼を少しずつ積み上げ、倒産寸前からV字回復させました。きっかけは、仕事も家庭もどん底だったときに自然と口から出た「人の役に立ちたい」という自身の言葉でした。
異業種から介護事業へ参入する企業が増えていますが、事業を軌道に乗せるのは簡単ではありません。島根県浜田市の建築業、斎藤アルケン工業もその一つ。2年ほど売り上げがほぼゼロでしたが、2代目の斎藤憲嗣さんが信頼を少しずつ積み上げ、倒産寸前からV字回復させました。きっかけは、仕事も家庭もどん底だったときに自然と口から出た「人の役に立ちたい」という自身の言葉でした。
目次
斎藤アルケン工業は、1976年に内装工事業からスタート。主に軽量鉄骨と呼ばれる素材を用いて、天井や壁の骨組みをつくる「軽天工事」を展開していました。
大学時代の斎藤さんは、将来特にやりたいこともなく、就職活動もしていませんでした。そんな姿を見かねた父から、取引先の素材メーカーへの入社を勧められ就職します。
入社後、製造工場に配属されてすぐに、ローラーに手を挟まれ、切断寸前のケガを負うというトラブルに見舞われますが、復帰し約2年働きました。その後、山口県の営業所立ち上げを担当。ある程度、形になり、自分ができることはやり尽くしたと感じ、2000年に家業に戻る決断をします。
「当時はバブルが崩壊し、建築業界も不況の時代でしたが、あえて不景気なときに帰り、苦労を経験する方が成長につながると考えました。家業は赤字が続いていましたが、何とか経営を立て直すため、父がリストラを実行したことで、経営は一時期、安定したかに見えました」
2002年に結婚し、子どもが誕生。ちょうどその頃、斎藤さんは金融機関から会社の借入金の保証人になるよう求められ、そこで初めて経営の実状を知ることになります。年間の売り上げが6000万円にも関わらず、借入金が5000万円も残っていたのです。
これからというときに、仕事がなく、売り上げも上がらないという苦しい日々が続きました。職人から経営者になった父は、数字に関する業務が苦手だったため、金融機関へは斎藤さんが代理で説明している状況でした。
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「新規の運転資金を追加して借り換えを繰り返し、その資金で元金と利息を返済することを何年も続けていたため、全く借金が減りませんでした。経常利益が数字上は黒字のときもありましたが、実際は保険を解約して捻出した資金だったので、いずれつぶれることは目に見えていました。そんな状態だったので、父も積極的に継いでほしいとは言えなかったようです」
このまま同じことをしていてもつぶれてしまう。そう考えた斎藤さんが新規事業として着目したのは、補助金を活用した農業でした。高単価で管理しやすいことから、にんにく栽培をはじめました。「何とか突破口にしたい」と3、4年続けましたが、利益を上げることができずに断念します。
こうして倒産寸前まで陥ったことがきっかけで離婚し、就学前の子どもを引き取りました。仕事も家庭もどん底だったときに、経営について相談していた人から「何がしたいのか」と問われ、自然と口から出たのが「人の役に立つ仕事がしたいです」という言葉でした。
これを機に、2009年から介護事業に進出。福祉用具のレンタル事業をスタートしました。
「子どもの頃に可愛がってくれた祖父が、前職時代に亡くなりました。長年、糖尿病を患っており、下肢の一部を切断し、認知症も進行していました。そんな祖父に何もしてあげることができなかったという後悔がありました。また、祖母も寝たきりとなり介護施設に入っているのですが、面会時に耳元で私の名前を伝えると涙を流して喜んでくれるんです。そうした祖父母との関わりが介護を選んだきっかけの一つです」
しかし、営業を始めたものの、当初はうまくいきませんでした。
「介護事業は、信用・信頼が第一です。2000年に介護保険がスタートしてから、かなりの後発参入で、『斎藤アルケン工業』という社名も介護と結びつかないことから、最初の2年間はほとんど仕事がありませんでした」
そんな斎藤さんの心の支えとなったのが、子どもの存在です。不憫な思いをさせてはいけないと懸命に働きました。「子どもがいなければ、がんばれなかった」と涙ぐみながら振り返ります。
2011年に社長に就任。斎藤さんに転機が訪れます。ケアマネージャーの資格を持つ同級生の母親が「一緒に仕事をしよう」と声をかけてくれたのを機に、2012年に居宅介護支援事業所を開設しました。ケアマネージャーが入社したことで、介護事業の売り上げが徐々に増えていきました。
2016年からは、環境事業として新たにリユース食器のレンタル事業をスタート。繰り返し使える食器を貸し出すことで、イベント時に大量に発生する使い捨て容器ごみの削減につながります。祭りや大型イベント、災害時の避難所などで、活用の場が広がっています。この取り組みが新聞に掲載されたことで、認知度が上がるとともに、思わぬ嬉しい出来事もありました。
「いつも気難しく、ケアマネージャーを手こずらせる利用者の方が、『私は新聞に載るような会社にお世話になっている。こんな嬉しいことはありません』と電話をくれたんです。それ以来、素直に話を聞いてくれるようになりました」
しかし、売り上げが少しずつ伸びているものの、「いまひとつ突破力にかける」というジレンマがあったといいます。
「このままでは永続的に多くの方に選んでいただける企業にはならない。民間ならではの自由度を生かして、地域の方の困りごとを解決するニッチなサービスにチャレンジしようと考えました」
こうして立ち上げた新サービスが、スーパーでの介護無料相談所です。「行政に出向いてまで相談するほどの内容ではないが、気軽に相談できる場があればいいな」という高齢者の声から生まれました。
地元のスーパーに協力を仰ぎ、買い物ついでに立ち寄れる窓口を設けました。介護に関する相談はもとより、「電球を交換したい」「庭の草刈りをしたい」といった日常の些細な困りごとにも対応しています。
「無料相談所は、社会貢献を意識した取り組みです。ただ毎日、無料相談を行っても採算が取れないので、2か月に1度、来店客の多い年金支給日の15日に開催することにしました。この取り組みは、結果的に会社の認知度アップにもつながっています」
さらに、中山間地域に住む高齢者宅に食品を届ける買い物弱者支援事業も始めました。これは、近所の商店が廃業したため、食料品を購入するためにタクシー代を往復6000円もかけて買い物に行くという利用者の声から生まれました。
利用者宅に設置した商品カゴに、パンや菓子、レトルト食品など、賞味期限の長い食品や日用品をストックし、消費した分だけ清算する「置き薬」ならぬ「置き食サービス」です。福祉用具のメンテナンス訪問の際に、商品補充と代金回収を行う仕組みにしました。
また、介護業界の課題は慢性的な人手不足です。この課題を解決すべく、2017年から介護施設向け調理済み食品販売もスタートしました。
「介護事業を行う中で、介護報酬が頭打ちとなり、事業経営を健全化するためには固定費の削減が必須でした。固定費を紐解くと、介護職員の人件費は下げることができないレベルで、次にかかるのは厨房職員の人件費でした。厨房職員も人手不足の中、介護施設の毎日の食事をどうやって安定的に提供できるかを考えたときに、少人数の職員でも短時間で提供できる調理済み食材を使用することが、これからの時代のスタンダードになると考えました」
開始当時は、介護施設から「レトルトは使わない。手づくりが一番だ」と言われ、全く相手にされない時期もありました。しかし、国の働き方改革が調理済み食材活用の後押しとなり、現在、食品事業が売り上げの約半分を占めるまでに成長しました。
こうした独自の取り組みと小さな信頼の積み重ねが実を結び、V字回復を実現。今期の売上高は1億8千万円を見込んでおり、借入金ももうすぐ返済できるといいます。
「介護の仕事は、何かする度に利用者の方から『ありがとう』と言っていただけます。日々感謝される喜びが、今まで仕事を続けられたモチベーションになりました」
斎藤さんは過去の自分を次のように振り返ります。
「親に勧められた会社に入り、親がつくった家業に入り、若い頃は人任せの人生でした。そうした考えが間違いだったと気づき、『自分でやる』と覚悟を決めて、諦めずに歩みを止めなかったことで今があります。人生はやるか、やらないか。ただ、それだけです」
現在の従業員は15人。ケアマネージャーは6人に増え、島根県浜田市で1番の規模の事業所へと成長しました。
「経営も家庭もうまくいかなかったときは、恥ずかしながら自分のことしか考えていませんでした。『自分だけではなく誰かのために』と考え方を変えたら、仲間が増えて、売り上げも上がりました。仲間になってくれる従業員は、決して順風満帆な人生を歩んでいる人ばかりではありません。両親が病気になり多額の借金を抱えた職員や離婚して子育てしている職員など、さまざまな事情を抱えた職員がいます。そんな大切な仲間のために働きやすい環境を整えて応援することで、すべての従業員とその家族を幸せにしたいです」
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