社長、モデル、母親。申真衣さんが伝えたい「自分自身に耳を澄ませよう」
新卒で入社したアメリカの金融大手ゴールドマン・サックス証券をやめ、ベンチャー企業を共同創業。ゲームセンターの運営会社を中心に、エンターテイメント分野の会社を傘下に持つ株式会社「GENDA」の代表取締役社長を務める申真衣(しん・まい)さん(37)は、ファッション誌「VERY」専属モデル、2児の母親でもあります。自分らしいキャリアを歩むヒントや働き方、多忙な日々をやりくりする秘訣とは? 申真衣さんの考えを聞きました。
新卒で入社したアメリカの金融大手ゴールドマン・サックス証券をやめ、ベンチャー企業を共同創業。ゲームセンターの運営会社を中心に、エンターテイメント分野の会社を傘下に持つ株式会社「GENDA」の代表取締役社長を務める申真衣(しん・まい)さん(37)は、ファッション誌「VERY」専属モデル、2児の母親でもあります。自分らしいキャリアを歩むヒントや働き方、多忙な日々をやりくりする秘訣とは? 申真衣さんの考えを聞きました。
目次
――キャリアや働き方についてお伺いします。大学卒業後にゴールドマン・サックス証券に入社して11年勤めたのち、GENDAを共同創業しました。なぜ、転身しようと思ったのでしょうか?
私は、100歳まで生きると想定したら、短く見積もっても「80歳ぐらいまでは働いていたいな」と思っています。
私が転身したのは33歳の時だったのですが、「あと50年あるな」という感覚がありました。
金融業界自体は好きだったのですが、そのまま金融業界の中でずっと働き続けて、80歳になるというイメージがわきませんでした。「ここでしっかりキャリアを変えた方が選択肢も広がるし、世界も広がるし、楽しくなるんじゃないかな」と思いました。
社会人になったばかりの頃は、自分のキャリアについて、「いかに早く登っていくか」という“スピード”をすごく意識していました。
でも「80歳まで働く」ことを意識したとき、「いかに長くキャリアを味わえるか」という視点で見た方が、自分の人生を豊かにするなと感じるようになりました。
↓ここから続き
そう思っていたときに、GENDAの共同創業者との出会いがあり、「一緒にやってみよう」ということになりました。
――経営者になるというのは、もともと目指すキャリアの1つにあったのでしょうか
もともとあったわけではないです。でも、「これまでとすごく違うことをしたいな」と思っていた中で、「自分の会社をやってみたいな」という気持ちが生まれました。
共同創業者との出会いも大きかったです。
共通の知人を介して知り合ったのですが、自分と全く異なるバックグラウンドを持つ人でした。
それまで働いていた会社では、自分とよく似た、同じ方向を向いている優秀な人がたくさんいました。その中で働くのは心地よかったのですが、全く違う人と一緒に働いた方が広がりが出ますし、面白い。
自分への刺激にもなるなと思い、トライしてみようと思いました。
――ゴールドマン・サックス証券では、当時最年少でマネージングディレクターにも就任しました。当時はどのような働き方だったのでしょうか?
部署によって働き方は様々なのですが、私のいたマーケット部門は「30秒以内に反応しないと遅い」というような時間に対するプレッシャーはありました。
でも、労働時間がすごく長いわけではありませんでした。
新卒採用では、半数が女性。経営陣となると女性は少なくなってしまうのですが、自分が働く上でのロールモデルもいました。
“ロールモデル”というと、「完璧で、自分と似ている人じゃないと意味がない」と思いがちではないかと思うのですが、「この人のこういう働き方はいいな」「この人はこういうところがいいな」と、複数いていいと思うんです。
子育てと両立しながら働いている方や、たくさんの男性の部下をマネージしている方。
私にとっても複数のロールモデルがいて、働き方のイメージを持つことができていたと思います。
私は2016年、第1子のときは産休を4ヶ月間とりました。
ロールモデルもいたので、出産を機にキャリアをあきらめることは考えていませんでした。
ただ、外資系の会社だったからなのかどうかはわかりませんが、これは「自分の仕事」とはっきり決まっているわけではなくて、少し“仕事を取り合う”ような文化がありました。
「自分が休んでいる間に自分の好きな仕事が誰かに持っていかれてしまうんじゃないか」
そんな不安を感じ、モヤモヤしながら産休に入ったのですが、結果的に「よかった」と思うことがあったんです。
私は当時、5、6人のチームをマネージする立場の管理職になっていたのですが、私が抱えていた仕事を部下に託したんです。
4ヶ月後に戻った時、その仕事を取り戻す必要がないくらい、部下がこなせるようになっていて。
そうすると、私はより上のステップの仕事を引き受けることができるようになりました。
部下もステップアップができ、私自身もステップアップに。私が予想していなかった、チームとして成長できたという、とてもいい経験になりました。
――産休を通じていい経験ができた、と
結果的には、です。
産休は、全く楽なものではありません。
子どもはかわいいはずなのに、「ちゃんと育ってるのかな?」など、毎日すごく不安になる。睡眠時間も短いし、話す人もあまりいません。ちょうど夫の出張が多い、忙しい時期とも重なって、すごく孤独を感じていました。
当時は、夫との関係も難しくなりました。
「私=子どもを見る人。あなた=働く人」みたいな関係になってしまい、1日の終わりにお互い「今日大変だったこと」を言い合うのですが、「どっちが大変だったか」を競争するようになってしまって。
私が「今日はうんちが2回もれて、着替えを2回して大変だった」と言うと、夫は「今日はミーティングが多くて大変だった」。
「私の方が大変だった!」という、噛み合わなさ。言い合っても、絶対に分かり合えないんですよね。
でも、私が仕事に復帰してからは「一緒に働き、一緒に子育てする」という、お互いの目線がそろったように思います。
いろんな夫婦の形があると思いますが、私たちにとっては、お互いに仕事をしながら子育てをする方が、いい関係でいられるなと思いましたね。
――会社の社長をやりながら、VERY専属モデルとしても活躍されています。モデルの仕事を始めたきっかけはどういうものだったのでしょうか
何回か雑誌に出させて頂くことがあり、そこから「やってみない?」と声をかけて頂きました。
最初は好奇心からはじまりましたが、「こういうサンプルがいるということを誰かが知ることによって、なにか勇気づけるようなきっかけになると嬉しい」。いまは、その思いでやっています。
ゴールドマン・サックス証券でマネージングディレクターに就任したとき、一度も一緒に仕事をしたことのない年下の女性から「すごく嬉しいです」と声をかけてもらったことがありました。
私のことを知らないのに、です。「自分が頑張っていることによって、誰かを勇気づけることができるんだ」ということは、私にとっては新しい発見でした。
――2つの仕事をするようになって感じたメリットのようなものはありますか
2つの仕事をすることは、いまの時代は自然なことだと思いますし、別のことをやるからこそ頭が切り替わっていいなと思うこともあります。
個人的なことで言うと、私の娘たちが「お母さんは2つ仕事をやっているんだ。それは普通のことなんだ」と思ってくれたらいいなとも思っています。
これから先の人生を考えたとき、あるタイミングで2つの仕事を持つことで、広がりが生まれ、豊かなキャリア形成につながるんじゃないかなと思っています。
――2つの仕事をはじめる時のヒントはありますか
副業可能な会社も増えているので、まずは趣味の範囲ではじめてみたり、友達を手伝ってみたりすることからはじめてもいいのかなと思います。
――子育てと仕事の両立に、不安を感じる方もいると思います
子どもが小さいときはすごく病気をするので、保育園からの呼び出しもしょっちゅうありました。それはもう大騒ぎしていましたね。
どうしようもなくて、子どもを抱っこ紐で抱えながら会社で仕事をしたこともあります。
でも、大変な期間はずっと続くわけじゃない。いろんな人の手を借りながら、でいいと思うんです。
子育てとの両立を考えたとき、管理職など「責任を持つ」ということに対してためらう方もいるかもしれませんが、責任が増すということは、その分自分に裁量が生まれ、スケジュールにもフレキシビリティが生まれると思うんです。
だからこそ、仕事を続けたいと望むのであれば、妊娠や出産、子育てをハードルと感じないで、自分のキャリアを考えてほしいなと思います。
不安に思うことには意味がなくて、準備をすることにはすごく意味があると思います。
自分の住む自治体の待機児童の状況はどうなのか。受けられる制度はあるのか。
そうやって備えることが大事だと思います。
――実際に、申さんはどうやって子育てと仕事を両立していましたか?
「この時間は働けません」ということを示すために、職場で共有している自分のカレンダーをブロックしていました。
いまもそうしています。
その間、急用があったらメールは見てないから携帯を鳴らしてもらうようにして。
私が子どもの保護者会などでカレンダーをブロックしていると、他の人もそれを見て「自分もしてもいいんだ」と感じると思います。
家事や育児は性別に関係なく、一緒にするもの。これは女性に限ったことではありません。
――内閣府の2021年版男女共同参画白書によると、管理的職業従事者に占める女性の割合は13.3%。女性が会社役員や企業の課長相当職以上など管理的立場にいることの意義はどう考えていますか
やはりガバナンスに関するスキャンダルが起きる会社は、すごく同質性の高い組織なんだと思います。
それはジェンダーだけではなくて、異なる視点や異なるバックグラウンドを持っている人がいないと、“なんとなくの忖度のカルチャー”で、みんなで道を踏み外していく、というようなことが起きているのではないかと思います。
だから多様な人たちが会社全体にもそうですし、経営陣にもいることがすごく大事なんだと思っています。
多様性には、ジェンダーだけではなくて、国籍、人種、セクシュアリティもあります。その多様性をすすめるためのまず一歩目が、ジェンダーではないでしょうか。
――他の会社の経営者の方と接することもあると思うのですが、女性は少ないですか?
少ないですね。
ただ、私は「女性の方が向いていること」や「男性の方が向いていること」は皆無だと思っています。
仕事によって、男性が多かったり、女性が多かったりするのは、小さい頃から自然と植えつけられた刷り込みやステレオタイプによるものではないかと思います。
みんなが自由に、自分らしく職業を選択できてない結果が、いまの社会なのではないかと思っています。
「社長」には男性が向いている、ということも絶対にありません。マネジメントのスタイルは千差万別です。
――社会を変えていくための、突破口になるものは
女性同士が連帯するしかないと思っています。
政治でも経済でも、物事を決めるシートに1人でも多くの女性を送るということを、女性全体で応援していく。
考え方が少し違う、子どもがいないから違う、子どもの数が何人だから違う……。そういう差で分断するのではなくて、大きな形で連帯していくべきだと思います。
――忙しい日々だと思うのですが、時間のやりくり術のコツはありますか
「時間がない」というのは、本当に時間がないんじゃなくて、「気力がなくなっている」人の方が多いのではないかと思っています。
もう、心と頭が疲れてしまっている状態なのではないでしょうか。そんなときは、寝た方がいいです。
私は、「しっかり寝て、しっかり心と頭を回復させる」ということをすごく心がけています。
結果的にだいたい7時間睡眠になってしまいますが、私は「8時間睡眠」を目標にしています。
しっかり寝て、心と頭がクリアな状態にする。その状態を、起きている時間の多くを占めるように心がけています。その方が、できることが絶対に増えます。
自分の中で「やる」「やらない」をしっかりと決めるようにしていますし、好きじゃないことに時間は使わないようにしています。
何かお誘いを頂いたときも、本音では行きたくないと思ったら、きっぱりとお断りします。
いまはコロナ禍でありませんが、仕事の会食も必要なお話をしたら、すぐに帰ります。
苦手なものや、やりたくないものは、なるべくしない。自分にとって「心地いい」という状態をつくるように心がけています。
――そのなかでも、申さんが大切にしている時間はありますか?
私にとってもですが、子どもにとっても睡眠時間が一番大事だと思っています。
子どもがしっかり生活リズムを作って、規則正しく生活できるようになるためにも、寝る前に子どもと本を読むことが、私にとってすごく大事な時間です。
忙しくて出来ない日があったら、代わりに朝読みます。子どもと一緒に本を読む時間は、自分のなかで一番プライオリティをおいていますね。
――入社5年目くらいのビジネスパーソンの中には、仕事に慣れてくる一方で、将来のキャリアやライフプランを見すえて悩みが出てくる方も多いのではないかと思います。申さんはどんな「入社5年目」を過ごしていましたか?
入社5年目くらいから、仕事って楽しくなりますよね。
仕事をはじめてから3年間、私は結構ぐずぐずしていて。「この仕事に向いていないのかな」と思っていました。
でも、5年目くらいから仕事が楽しくなってきて、少し余裕ができて遊びも楽しくなってきた時期でした。
なので、仕事もそれ以外のことも存分に楽しむのがいいのかなと思います。
新入社員のときは「みんな同じようにやればいい」みたいなところがあるのかなと思うのですが、仕事がうまく行きはじめる5年目くらいのときって、“自分らしさ”が出はじめるときだと思うんです。
キャリアや人生設計に悩んだら、「世の中的にはこれがいいだろう」という価値観ではなくて、深く自分に問いかけて、自分の欲求に耳を澄ませていくのがいいんじゃないかと思います。
自分を知るためにも、色んな人に会ってみるといいと思います。時間の余裕も出来てきますし、自分なりの優先順位をつけていくことが大事だと思います。
家族を作るということも、みんなにとっての幸せの形ではないですよね。自分にとっての幸せを探してほしいなと思います。
誰かの基準で「これが幸せだろう」と思って、それに乗っかって生きていても、誰かが責任をとってくれるわけではありませんから。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年9月10日に公開した記事を転載しました)
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。