宇宙の未来を考える。ダークエネルギーが握る3つの結末 #10
このコラムでは、「限界集落から宇宙へ」を合言葉に、広島県北広島町を拠点に宇宙の魅力を発信する井筒智彦さんが、次のビジネスのヒントになるかもしれない「宇宙のこと」を伝えます。今回のテーマは「宇宙の未来」です。
このコラムでは、「限界集落から宇宙へ」を合言葉に、広島県北広島町を拠点に宇宙の魅力を発信する井筒智彦さんが、次のビジネスのヒントになるかもしれない「宇宙のこと」を伝えます。今回のテーマは「宇宙の未来」です。
「ビッグウィンパー」「ビッグリップ」「ビッグクランチ」
ポテトが不足がちなハンバーガー屋の新メニューじゃありません。じつは、これらは「宇宙の未来」のシナリオです。
実際にどうなるかは誰にもわかりませんが、どれを選んでも、子どもが喜べない出来事しか詰まっていません。
宇宙は「アンハッピーセット」しか取り扱っていないのです。
でも希望はあります。そんな話です。
宇宙は、約138億年に、ビッグバンによって華々しく始まった。
そこから現在に至るまでに、大きく3つの時代に分けることができる。
宇宙の3つの時代
光の時代 宇宙誕生~約5万年
物質の時代 約5万年~約100億年
ダークエネルギーの時代 約100億年~現在
「奈良時代」「平安時代」「鎌倉時代」とは、音の響きも、時間のスケールも違う。
初期の宇宙では、光(電磁波)のエネルギーが支配的だった。
宇宙が膨張するとともに、光のエネルギーの割合は下がり、物質(ふつうの物質とダークマター)のエネルギーが優位になった。
100億年くらい経って、主役はダークエネルギーに変わった。
ひとことで言えば、宇宙は光の世界から暗黒の世界に堕ちたのだ。
いま、宇宙はダークエネルギーに支配されている。
ダークエネルギーは、宇宙の膨張を加速させるエネルギーだ。
今後、ダークエネルギーがどう振る舞うかによって、宇宙空間がどう進化していくか、ひいては、宇宙がどう終わるのかが決まる。
そう、宇宙はいつか終わるのだ。始まりがあれば終わりがあるというのは、宇宙でさえも例外ではない。
「宇宙の終わり」には、次の3つのシナリオが考えられている。
宇宙の終わり
① ビッグウィンパー (スカスカの宇宙)
② ビッグリップ (ズタズタの宇宙)
③ ビッグクランチ (グシャグシャの宇宙)
順に見ていこう。
もしもダークエネルギーが今後も変わることなく存在し続けたら……。
宇宙は「ビッグウィンパー」を迎える。
ダークエネルギーは「孤立させる力」として働き、宇宙は長い終わりに向かう。
ビッグウィンパーで起きる出来事
~1000億年
銀河が合体して巨大銀河になり周囲から孤立
~10兆年
巨大銀河の星々が寿命を迎え燃え尽きる
10^20(10の20乗)年
巨大銀河内の天体がブラックホールに吸い込まれる
10^34(10の34乗)年
銀河の外へ飛ばされていた天体も陽子崩壊により消滅
その後
電子やニュートリノといった素粒子のみが漂い続ける
近くにある銀河は合体し、巨大銀河になる。ダークエネルギーは、巨大銀河を引き裂くことはできないが、巨大銀河どうしの間にある空間をひろげ、離れ離れにすることはできる。分断を進めるような嫌な力だ。
1000億年も経つと、巨大銀河のまわりにある他の銀河は観測できなくなる。
もしその時、天文学者がいたら、「宇宙には自分たちの銀河しかない」と思うだろう。周囲にたくさんの銀河が観測できる今は豊かな時代なのだ。
その後、巨大銀河にある恒星が寿命を迎えたり、惑星や小天体がブラックホールに吸い込まれたり、なんとか生き延びたとしても天体を構成する陽子ごと崩壊する。
天才物理学者ホーキング博士の理論によれば、とんでもなく長い時間が経つと、超巨大なブラックホールでさえも蒸発してなくなる。
最後は、とてつもなく広い空間に、ごくわずかな素粒子がぶつかることなく静かに漂うだけの、スカスカで意味のない宇宙になる。
「ウィンパー(whimper)」は「めそめそ泣く」という意味だ。イギリスの詩人T.S.エリオットの詩「うつろな人間たち」の最後の文に由来している。
This is the way the world ends. Not with a bang but a whimper.
(こんな風に世界は終わる。轟音ではなく、めそめそ泣く声とともに)
ビッグバンで豪快に始まった宇宙が、めそめそ泣いて終わるとは、なんだか寂しい。
もしもダークエネルギーが、時間とともに増えていったら……宇宙は「ビッグリップ」を迎える。
ダークエネルギーは「引き裂く力」として働き、宇宙は破滅的に終わる。リップ(rip)は「引き裂く」を意味する。
ビッグリップで起きる出来事
■ 銀河どうしの集まりを散り散りにする
■ 銀河にある恒星を散り散りにする
■ 太陽系(恒星系)にある惑星を散り散りにする
■ 太陽や地球などの天体が引き裂かれる
■ 原子や原子核も引き裂かれる
ビッグウィンパーのダークエネルギーは、巨大銀河どうしの距離を広げる程度で、重力的な結びつきには逆らわない、慎ましいエネルギーであった。
一方、ビッグリップのダークエネルギーは、重力的な結びつきも、電磁気的な結びつきも、核力的な結びつきもズタズタに引き裂く暴力的なエネルギーだ。
太陽系の惑星が離れ離れにされるころはもう終末直前で、その約半年後に地球がバラバラになり、その1時間後にはすべてが引き裂かれてしまう。
もしもダークエネルギーの働きが反転したら……。
もしも宇宙を膨張させることをやめ、宇宙を収縮させるようになったら……。
宇宙は「ビッグクランチ」を迎える。
ダークエネルギーは「寄せ集める力」として働き、すべてを凝縮する。「クランチ(crunch)」は、「ばりばりかみ砕く」という意味だ。
ビッグクランチで起きる出来事
■ 銀河どうしが、次々に合体
■ 銀河中心のブラックホールが、星々をのみ込み巨大化
■ 宇宙はブラックホールだらけに
■ やがて宇宙全体が高温となり光り輝く
■ 恒星は表面が発火し爆散
■ ブラックホールどうしが共食いをしてさらに巨大化
■ 最後には、宇宙全体が1点につぶれる
宇宙は、出来の悪いラブレターをぐしゃぐしゃに丸めるように、1点に凝縮して終わる。
最終的な状態は、高温・高密度(アツアツでギュウギュウ)のビッグバンと似ている。
つまり、宇宙の終わりは、宇宙の始まりのような状態になるのだ。
ビッグバンの瞬間を表す物理法則が完成していないため、ビッグクランチの瞬間に何が起こるのかわからない。
1つの仮説として、つぶれた宇宙から、新たな宇宙が始まる可能性が考えられている。
新しい宇宙では、今と同じように膨張し、やがてまた収縮するかもしれない。
寄せては返す波のように、宇宙は何度もビッグバンとビッグクランチを繰り返す。
このシナリオは、「ビッグバウンス」や「サイクリック宇宙」と呼ばれている。
宇宙の終わりには、終わりがないのかもしれない。
最先端の研究では、ダークエネルギーが時間的に変化しないのか(①)、変化するのか(②・③)が慎重に調べられている。
いまのところは、宇宙の終わりは、①のビッグウィンパーか、②のビッグリップの可能性が高いようだ。
ビッグリップだとしても、少なくとも1000億年は起こらなそうだといわれている。
よかった。宇宙はすぐには終わらない。
しかし、「シェフの気まぐれサラダ」顔負けの気まぐれさで、ビッグクランチに転じる可能性もないわけではない。なんとかして、謎に包まれたダークエネルギーの正体を暴かなくては。
不幸なことに、我々はダークエネルギーが決める宇宙の終わりにあらがうことはできない。
しかし、幸いなことに、そんなダークエネルギーでも、我々一人ひとりの営みに立ち入ることはできない。せいぜい宇宙の膨張を支配しているだけ。宇宙の未来はたかだか数通りだが、人類の未来はいくらでも可能性があるのだ。
悲しい出来事はいずれ終わり、楽しい出来事が次々と始まっていく。
そう信じて、自分にできることに精一杯取り組んでいこうかな。元気よく頑張るためにも、たまにはガツンと、どでかいバーガーでも食べますか。
(このコラムは今回で終わります)
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2022年3月18日に公開した記事を転載しました)
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