目次

  1. 言葉からひも解く「宇宙」の意味
  2. 箱の中身は何だろな?
  3. ダークエネルギーとは何か?
  4. 宇宙の命運を握るダークエネルギー
  5. わからないからこそ、刺激的

世の中、暗いニュースが目につきます。

先の見えない話題ばかりだと、不安になりますよね。メディアとは、そういう仕組みなのかもしれませんが。

ならばいっそ、もっとダークなものに目を向けてみるのもいいかも知れません。そんな話です。

このコラムでは、宇宙にまつわるいろんなことを取り上げている。でも、そもそも「宇宙」とは何なのだろうか。

まずは、言葉の意味からひも解いてみよう。

 

広辞苑で「宇宙」を引いてみると、語源についてこう書いてある。

淮南子の斉俗訓によれば、「宇」は天地四方、「宙」は古住今来の意 

出典:広辞苑

淮南子(えなんじ)とは、漢の時代に学者を集めて作られた書物のこと。それによると、「宇」は空間で、「宙」は時間を意味する言葉らしい。つまり、「宇宙」は、空間と時間。いわゆる“時空”だ。

ちなみに、広辞苑で「世界」を引いてみると、こうある。

 

「世」は過去・現在・未来の三世、「界」は東西南北上下を指すとされる

出典:広辞苑

 こちらは、「世」が時間で、「界」が空間。「世界」も“時空”を意味している。へぇ、おもしろい。

getty images

英語の場合はどうか。

宇宙を表す言葉は、「スペース(space)」「ユニヴァース(universe)」や「コスモス(cosmos)」がある。

スペースは「空間」。ユニヴァースは、uni(1つ)+verse(変わった)で「組み合わさって1つになったもの」を意味する。コスモスはもともとギリシャ語で「秩序」を意味する言葉だ。

「space」は宇宙空間そのものを指し、「universe」や「cosmos」は宇宙空間に存在する様々な天体や物理法則のことを指しているようだ。

 

つまり、「宇宙」と「space」は天体が収められている“箱”で、「universe」や「cosmos」は天体や物理法則といった“中身”を表しているといえる。

余談だが、秋桜(コスモス)は、花びらの秩序立った姿からコスモスと名付けられている。

 

コスモス(秩序)の反対語は、カオス(混沌)だ。化粧品を意味する「コスメティック(cosmetic)」のコスメも、秩序を意味するコスモスが語源である。

朝起きて、カオスになっている顔面を、化粧品で秩序立てるということなのだろう。カオスな顔面とは失礼な! 古代ギリシャ人は、ワルい発想の持ち主だ。

宇宙という箱の中に何が入っているのか。

内訳は以下の通りである。

宇宙の成分

・光          0.01%未満

・ふつうの物質     5%

・正体不明の物質    26%

・正体不明のエネルギー 69%

 

我々が知っている“ふつうの物質”の5倍もあるにも関わらず、正体が不明の物質「ダークマター」については、前回のコラムで詳しく紹介した。

今回のテーマは、宇宙の7割を占める正体不明のエネルギー、通称「ダークエネルギー」である。

「近いうちに発見されるかも」と期待されるダークマターと違って、ダークエネルギーは、正体も仕組みもまったくの謎に包まれている。

一体、どんなエネルギーなのか。

「銀河」にまつわる前々回のコラムでは、ハッブル宇宙望遠鏡の名前の由来であるエドウィン・ハッブルが、天の川銀河の外にある銀河を発見し、私たちの宇宙観を広げた、という話を紹介した。

 

実はハッブルの偉業には続きがある。

ハッブルは、天体望遠鏡を使ってあらゆる銀河を観測し、遠くにある銀河はどれもみな地球から離れていっていることを発見した。しかも、地球から遠い銀河ほど、そのスピードが速かったのである。

 

これは何を意味するのか?

頭を使うと小腹がすいてくる。レーズンパンを用意してみよう。

宇宙膨張のイメージ

もしも、このレーズンパンが膨らむとどうなるのか。

イラストに示したように、どのレーズンから見ても、別のレーズンまでの位置は遠ざかる。しかも、離れた位置にあるレーズンほど、より遠くへ離れる。

ハッブルの「遠ざかる銀河」の観測は、パン生地が膨らむように、宇宙空間自体も膨らんでいることを示しているのだ。

 

ただし、パン生地が膨らんでもレーズンの大きさが変わらないように、宇宙が膨張しても銀河の大きさは変わらない。

宇宙は広がっている。今もこの記事を読んでくれている間にも、グングン広がっている。なんだか、不思議な感覚だ。

この現象は、宇宙の構造と進化を記述するアインシュタインの一般相対性理論からも矛盾のないことである。不思議だが、観測と理論が正しいと言っているので、受け入れるしかない。

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僕らはもともと『不思議の国のアリス』のようなヘンテコな世界に住んでいたのだ。

 

ハッブルの発見は1920年代のことだったが、1990年代になり、より精密な観測ができるようになると、科学者たちは、あることを確認しようとした。

 

宇宙膨張の“減速”である。スロウ・ダウン。

宇宙膨張は、宇宙の始まり「ビッグ・バン」の大爆発によって勢いよく始まったが、物質(ふつうの物質とダークマター)は、その勢いにブレーキをかける。重力は、引っ張る力だからだ。

 

天文学は、遠くの天体を見ることで過去の宇宙を知ることができる。さまざまな距離にある天体を観測することで、宇宙膨張の歴史を追うことができる。そこで、昔の膨張スピードと最近の膨張スピードを比べて、どれだけ遅くなっているのかを調べようとしたのだ。

すると、なんと、宇宙膨張は“加速”していたのである。スピード・アップ!

減税するのかと思いきや増税されるような、少子高齢化しているかと思いきや多子若齢化しているような、予想を裏切る結果が出てきたのだ。

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宇宙膨張がなぜ加速しているのか、何が要因なのか、どんな仕組みなのか、まったくもってわかっていない。

正体不明だが、宇宙の膨張が加速しているのは、検証を重ねても揺るがない事実だった。ここには、何かしらのエネルギーがある。この謎のエネルギーは「ダークエネルギー」と名付けられた。

ダークエネルギーとは、現在、宇宙の膨張を加速させているエネルギーなのである。

ダークエネルギーの謎を解き明かすことは、2つの重要な意味を持つ。

第1に、ダークエネルギーの正体は、「宇宙とは何であるか」の答えに直結する。なんせ、7割も占めているのだから。

 

例えば、人間とは何であるか。

哲学的、社会科学的、人類学的には、いまだ謎が残っているのかもしれないが、化学的にはよくわかっている。

人間を化学式で表すとこうなる。

人間の化学式

元素の数でいえば、人間とは水素である。

元素の重さでいえば、人間とは酸素である。

 

では、宇宙とは何であるか。ダークエネルギーである。

ダークエネルギーとは何であるか。……わからない。

新しい理論を見つけ出すか、既存の理論を深堀りしていくしかない。

 

第2に、ダークエネルギーの性質は、「宇宙はどうなるのか」にも関わってくる。

このまま、宇宙膨張の加速が止まらなかったら……。

それどころか、宇宙膨張の加速がさらに勢いを増したら……。

あるいは、ダークエネルギーが、エアコンの暖房と冷房を切り替えるように、宇宙を膨張させるのではなく、収縮させるようになったら……。

 

いずれにしても、宇宙は終わる。

どのように終わるのか。

ダークエネルギーは、宇宙の命運を握っているのである(「宇宙の終わり」については、次回じっくりと紹介しよう。そうでないと、今回のコラムが終わらなくなる)。

 

最先端の観測的研究では、ダークエネルギーの性質(時間変化)が調べられているが、その正体についてはまったく手がかりがないようである。

「宇宙」や「Space」とは箱であり、「universe」や「cosmos」はその中身であった。

中身の7割を占めるのは、ダークエネルギー。箱を加速度的に大きくしていくが、正体はわからない。

 

「Life is like a box of chocolates. You never know what you're gonna get.(人生は、チョコレートの箱のよう。食べてみるまで、わからない)」

 

とは映画『フォレスト・ガンプ』の有名な言葉だが、宇宙は、海外みやげのキテレツなお菓子の箱のよう。食べてみたけど、よくわからない。

わからないが、刺激的。わからないからこそ、刺激的なのかもしれない。

 

ということで、宇宙のマイノリティである“ふつうの物質”と優しい光に包まれながら、2022年も、宇宙の箱を突っついて好奇心を刺激していこうと思う。

真っ暗で先が見えず、わからないことだらけだが、楽しい暗闇だ。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2022年1月21日に公開した記事を転載しました)