世界中のありとあらゆるメーカーが、この日を狙ってECサイト最大手のアリババなどを通じて中国市場に向けたセールスを強化します。その勢いは、アメリカのクリスマスシーズンを上回る加熱ぶりです。
ヤーマンもラジオ波を使った美顔器など、この年に発売した最先端の商品を「独身の日」に向けて展開しました。
その結果、電子美容機器の部門では販売実績と売上シェアでいずれもトップを記録しました。独身の日のセールスでヤーマンが業界トップと認定されたのは6年連続のことです。
ブームはつくるもの。「前例がない」こそ勝機
――中国では毎年、ヤーマンの新商品を楽しみにしている女性が多いそうです。日本でも大手家電量販店では美顔器は売り場面積を広げています。なぜ美顔器を、そしてヤーマンをブームにすることができたのでしょうか。
ブームというのは乗るものではなく、つくるものだと考えています。ヤーマンの美顔器を女性たちの間でブームにしたいと思い、取り組んできた成果です。
競合が存在せず、前例がない分野に他社に先駆けて挑戦し、まだ誰も体験したことがない美容体験をお届けして先例となる。こんなことを繰り返せてきたので、ここまで業績を伸ばすことができました。日本だけでなく、中国でも多くの評価をいただけました。
――すでにある市場に「参入」するのではダメなんですね。
右肩上がりで花形に見える業界でも、後から追いかけるのはシェア争いで勝ち抜かなければいけなくなるので大変です。
はじめは必要かどうかすら見極められないコトやモノにこそ、チャンスと成功の源があると思います。まだ誰も目をつけていないことに挑戦する、というのが肝心です。
例えば、スキンケアという分野なら、たくさんの企業がすでに競争でしのぎ合っている「岩盤」のような市場で、お客様の女性たちの日常生活にすでに組み込まれている商品やサービスです。ヤーマンが勝負するのは、既存の岩盤の「その先」に新たな市場を切り開くことだと考えています。
5万円のドライヤーは高くない! いまある市場の「その先」に活路
ヤーマンの設立は1978年。同じ年に着工した瀬戸大橋(本州と四国を結ぶ海上の橋)のたわみを計測する日本初の光学変位計を開発した精密機械メーカーとしてスタートし、翌1979年に脱毛器事業に着手したことが、美容機器メーカーとしての始まりでした。1985年には日本で初めて体脂肪計を開発。頬の上をコロコロ転がすプラチナゲルマローラーやラジオ波を肌に当てる美顔器など、次々とヒット作を販売しました。
「これ、何だと思います?」
インタビュー中、山﨑社長は1つのヤーマン製品を手に取りました。2021年10月に発売した「リフトドライヤー」。ヘアドライヤーの先端に美顔器を搭載した史上初の製品です。
髪を乾かす機能に加えて「表情筋」といわれる頬の筋肉、頭皮をケアする効果があります。表情筋を39℃で温め、毎分6000回の音波振動で刺激します。硬くなりがちな頭皮を50℃で温め、柔らかくする効果もあるそうです。
――なぜドライヤーに美顔器をつけたのですか?
髪を乾かすだけのドライヤーなら、家電量販店に山のように並んでいるでしょう。そこに加わるつもりはありません。「その先」が大切です。
ドライヤーに美顔器が付いていれば、髪を乾かすという日常のルーティンが、顔や頭皮をきれいに保つ美容の時間に変わるでしょう。生活パターンを変えるイノベーションを起こせる、と考えたからです。
――価格は?
日本では税別で5万円です。
――ドライヤーに5万円。高すぎるのでは?
さてそうでしょうか。これだけのフェイスケアをエステサロンでやった場合、費用はいくらかかるでしょうか。新たなマーケットを切り開くことができる製品を提案できたと思っています。
これをいま使わずにいたら、10年後の私がどうなっているのかと想像してもらったときに、何か胸がザワザワとする気持ちになりませんか。
目の前で製品を見て、まだよくわからなくてもザワザワとなってもらえるかどうか。そこが新しいマーケットづくりの勝負になると思います。
――しかし、美顔器は、まだ「生活必需品」ではありませんね。
テレビや洗濯機、電子レンジだって、世の中に登場したときには生活必需品ではなかったんだと思います。でも、生活の中に取り込まないと出遅れてしまう気持ちになる。それがザワザワ。
振り返れば日本のものづくりは、消費者の気持ちをザワザワとさせて市場を切り開いてきた歴史なんだと思います。そして海外にも打って出て、世界中から評価されてきた歴史。それはこれからだって変わらないはずですし、続けていかないといけません。日本は将来だって、ものづくりで生きていくしかないのですから。
「使わずにいたらザワザワしてしまう感覚」で世界を変える
――コーポレートサイトでも、「日本から、世界を変えていく」という強いメッセージを掲げていますね。
だって、そこで生きていくしかないでしょう。インバウンドを強化するということも大切だとは思いますが、では何を買ってもらえばいいのか。サービスだって日本がトップかといえば、私は懐疑的です。世界から必要とされる国、国民であるためには、日本にしかできないものづくりで勝負をして、そこに海外から人を招き入れていくしか道はないと思います。
使ってみたら楽しいとかワクワクするという製品やサービスもあるのだと思いますが、ヤーマンが目指したいのは、使わずにいたらザワザワしてしまう感覚。今後も、ザワザワしてもらえる製品を提案し続けていきたいと思っています。
――「美人をつくる」というヤーマンのPRのメッセージにも、どきりというか、ザワザワさせられました。
何をもって美人と表現するかですが。美人コンテストをしているのではありません。
今日よりも明日、自分が良くなっていたい、美しくなっていたいという志、向上心に対して、ザワザワを仕掛けて共感してもらうことが大切だという考えが根本にあります。
生まれ持った宿命的な美しさなのではなく、自分で努力をして美しさを磨いていく。努力のかいあって昨日より少し美人になったかな、と感じてもらえるお手伝いができればと思っています。
――1978年設立のヤーマンの歴史は、まだ43年。山﨑さんは、まだ2代目の社長です。成功してきた「転機」はどんなことだったのですか。
ヤーマンは創業以来、ずっとイノベーションを起こすことを大切に考えてきました。そして1985年、日本で初めて体脂肪計を開発したことが転機になったのだと思います。
いまでは体脂肪計は世界中で普及していますが、当時、まだ小さい企業でエステサロンやフィットネスジムを相手に製品を100台、200台という規模で販売していたヤーマンにとって、自社の中核事業になるとは考えませんでした。
だから、獲得した特許をほかの企業に譲渡したんですが、その後の体脂肪計の成長を見ると、家庭用に事業を展開できるようになるなら、100万台規模という市場が開けるんだという「気づき」を得ました。そこで大きく舵を切り替えることができたのが転機になったのだと思います。
企業はオリジナリティで勝負をすべきで、「成長こそすべて」ということも、そこから学んだように思います。
「縮小均衡」なんてありえない。成長に必要なのは経営者の覚悟
――その「成長」がいまの日本でとっても難しくなっているのではないですか?成長し続けるために必要なことってどんなことでしょうか。
世界中見渡して「縮小均衡」で成功している事例なんてありますか。企業にとって成長し続けていくことは絶対に必要で、そのために必要なことは経営者、リーダーの「覚悟」なんだと思います。
ダメなら別の道も模索しましょうではダメ。退路を断って、常に飢餓感を意識し、渇望している追い詰められた気持ちでいることが大切です。
追い詰められた気持ちから抜け出すために次々と考え続けないといけません。オリジナリティは発揮できているか、もしかしたらいらないものを作っているのではないかと立ち位置を見つめ、ザワザワとしてもらえているかを確認する。それには「覚悟」が欠かせません。
中国の話に戻れば、中国市場というのは、大きな市場そのものがベンチャーなんだと思います。同じことはしていないし、同じものはつくり続けていない。こっちに利があるとなったら、パッと素早く身移りをするスピード感があって、日本とはまるで違います。
ヤーマンも、このスピード感にずいぶん鍛えられました。毎年毎年新しいものをつくり、ダメならやめる。そしてまた、新しいものをつくって提案する。これにも覚悟をもって臨んでいかなければなりません。
――飢餓感、がキーワードですね。成長続きで「左うちわ」かと思っていたのですが。
そんなこと、感じたことは一度だってありません。大企業なら、ある事業がダメでもほかで稼ぐことだってできると思いますが、ヤーマンみたいなちっちゃな会社は成長し続けていないと、あとは潰れるしかなくなってしまいますから。
――日本経済は閉塞感が漂っています。bizble読者は若い世代が中心ですが、将来に希望を持ちづらい世の中になっている気がします。
いまの閉塞感の根源は何か、ということを考えてみると、日本人が頑張って作り上げてきた成功体験の基盤の上に立って、甘え続けているような気がしています。
まだ世界第3位の経済大国だし、人口は減ってきたけれども何とかなる、というような雰囲気があるのでは。
現実はとても追い詰められているんだということを理解する理解力に欠けているところがあるのではと思うんです。
――打開策はあるものでしょうか。
私が女性であり、社長でもあるから言うのですが、日本では、人口の半分を占める女性がもっと覚悟をもって物事に臨むようになれば、その女性にとっても、そして日本全体にとっても、チャンスは広がるし成長していけると思っています。
そのチャンスをつかもうと思う女性が増えてくるかどうか次第です。昔よりは良くなったと思いますが、まだまだです。
リーダーになってほしい、取締役になってほしいと頼まれても、身構えたり一歩引いたりしてしまう人がまだまだ多いと思います。
世界に出てみると、日本の現状や課題がもっとはっきりわかります。女性が覚悟を持たずにいる余裕は、いまの日本にはありません。あとは目の前に斜陽企業、斜陽の産業が広がって、どんどん貧乏になっていくだけ。自分の会社でも言っていることですが、特に若い人たち、女性のみなさんには退路を断つ「覚悟」について考えてほしいと思っています。
――ソニーやパナソニック、日本電産だって、小さな町工場から始まりました。いま、ヤーマンは300人。これから会社を支える若い社員、それに消費者に対し、どんな将来像を示していくのでしょうか。
数年後に1000人を目指します、売上高を倍増します、というような規模を追求していく考えはありません。企業の規模は結果論だと思います。
けれども、研究開発はもっともっと強化して、イノベーションを生み出し続ける企業ではありたい。「日本から世界を、変えていく」と言っているわけですから、この業界から世界の人たちをサワザワとさせる、世界中で必要と思ってもらえる製品を提供し続けて、「今日よりも良い明日」のために貢献できればと思って頑張ります。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2022年1月23日に公開した記事を転載しました)