目次

  1. 2つのグループが競い合って発展したAIの歴史
  2. 機械翻訳して戻したら、全く別の文章に
  3. 中国語のできないアメリカ人が中国語で応答できる?
  4. 毎日アップされる論文3000点を読み続けた「ワトソン」
  5. 人間の囲碁の打ち方、AI的には「そこに打つの?」

人工知能(AI)は過大な期待を寄せられた夏の時代と、それに続く落胆の冬の時代を繰り返してきました。

研究者たちはずっと一定の興味を持って研究を続けているのですが、一部の人たちがあおりすぎて、周囲からの期待が乱高下しています。

 

本格的なAIコンピュータを作ろうと、日本は1982年から10年計画で「第五世代コンピュータプロジェクト」を始めました。

この時アメリカの有名な研究者が、このままでは日本に出し抜かれるという本まで出して政府をあおって(予算増加のためです)、2度目の夏が来ました。

2016年頃からがAIの3度目の夏だと言われています。

IT企業トップらが集う「コード・カンファレンス」で、AIの未来について語るイーロン・マスク氏(右)=2016年、朝日新聞社

今回はちょっと歴史を振り返ってみたいと思います。

AIの分野では記号処理を大事にする一派と、パターン認識を大事にする一派がしのぎを削ってきました。

パターン認識というのは、例えば写真を見てそこに写っているのが犬か猫かを判定する、あるいは手書きの文字を読み取る、というようなことです。

猫とは何かということを言葉で説明するのはほとんど無理ですから、パターン認識ではコンピュータに様々な画像を見せて学習させる手法を使います。

 

その意味で、「パターン認識」を「機械学習」という分野名で呼ぶ人もいます。

その1つの手法が、人間の脳神経をまねた仕組みを用いる神経回路網(ニューラルネットワーク)の研究です。

最近は神経回路網の最新型である深層学習(ディープラーニング=第3回コラム参照)が多用されています。

つまり現在の3度目の夏は、神経回路網の研究が中心になっているわけです。

 

面白いことに記号処理も神経回路網も、同じような時期に夏と冬を繰り返してきました。

ただし、3度目の夏は、パターン認識派というか機械学習が作り出しています。

 

以下では「記号処理」と「神経回路網」の歴史を年代順にたどってみたいと思います。

ただし、後者については第3回コラムで詳しく説明しましたから、今回は記号処理中心に進めます。

1956年[記号処理]最初の夏:ダートマス会議

AIという名称は1956年にアメリカのダートマス大学で開かれた「ダートマス会議」で生まれました。

ここで初めて“Artificial Intelligence (人工知能)”という言葉が、アメリカのAI研究者、ジョン・マッカーシーによって使われたのです。

この会議の発起人は、ジョン・マッカーシーの他、マービン・ミンスキー、クロード・シャノン、ナザニエル・ロチェスターといった研究者たちです。

現在の学会の国際会議のように全参加者が一同に集まるのではなく、各参加者が夏のいろいろな時期に1週間程度ワークショップに参加する形式で行われました。

取材に応じるマービン・ミンスキー博士=2012年、朝日新聞社

ここで、アレン・ニューウェルとハーバート・サイモンという2人の研究者が、初めての人工知能プログラムといわれる“Logic Theorist (ロジック・セオリスト)”のデモを行いました。

これは、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドとバートランド・ラッセルという2人の数学者の有名な『数学原論』(Principia Mathematica)の定理を、いろいろな公理をしらみつぶしに組み合わせることで証明することができました。

しらみつぶしという力任せの手法は感心できませんが、それでも、コンピュータが四則演算などの数値計算しかできなかった当時では画期的なことでした。

 

ダートマス会議には参加していませんでしたが、イギリスの数学者、アラン・チューリングはそれ以前から、機械に知能を持たせることの可能性を主張してきました。

機械に知能を持たせるという概念は、1947年のロンドン数学学会でチューリングによって最初に提唱されています。

その後、チューリングは1950年に "Computing Machinery and Intelligence" という論文の中で「チューリングテスト」という仕組みを発表しました(詳細は>第1回コラム参照)。

このチューリングテストは後にアメリカの哲学者、ジョン・サールの攻撃の的になります(後述します)。

 

1958 年[神経回路網]パーセプトロンの誕生

パーセプトロン(Perceptron)は神経回路網の最初のモデルです。

アメリカの心理学者・計算機科学者のフランク・ローゼンブラットが1957年に考案し、翌年に論文を発表しました。

 

ところが、この直後、記号処理派のマービン・ミンスキーとシーモア・パパートが『パーセプトロン』という論文を書き、その限界(第3回コラム参照)を理論的に示しました。

ちょっと複雑な概念は学習できないのです。

その結果、神経回路網研究は冬の時代に突入します。

1960年代[記号処理] AI最初の冬

AI研究初代の記号処理派は、チェスチャンピオンに勝つプログラムや様々な言語間の自動翻訳も、10年以内に達成できると考えていました。

しかし現実はそんなに甘くなく、AIの冬がやって来ました。

それは膨大な「知識」がないと様々な知的な行為が不可能だということが認識されたからです。

つまり、当時の記号処理技術では「積み木の世界」のような限定された世界(おもちゃのような世界=トイ・プロブレム、と呼ばれていました)しか扱えないことがわかりました。

 

機械翻訳も辞書と文法を当てはめるだけではうまくいきませんでした。

有名なジョーク(実話?)に、聖書のマタイ伝の一節があります。

The spirit is willing, but the flesh is weak.(精神は強いが肉体は弱い)

 

これをロシア語に翻訳し、そのロシア語を英語に翻訳したらこうなったそうです。

The vodka is good, but the meat is rotten.(ウォッカは良いが肉は腐っている)

 

spiritは「精神」の他に「酒」の意味がありますし、fleshも「肉体」の他に「肉」の意味があります。

つまり、内容を理解せずに辞書だけを頼りに訳したのでは多義語をうまく処理できないということです。

 

1968 年[記号処理]SHRDLUの実装

そのような冬のさなか、記号処理における歴史的な仕事が発表されます。

アメリカの計算機科学者、テリー・ウィノグラードが開発したSHRDLU (シュルドゥル)というAIプログラムです。

積み木の世界での話ですが、AIが人間と自然言語で会話し、ディスプレー上で積み木の操作もしてみせるというものでした。

テリー・ウィノグラードが開発したAIプログラム「SHRDLU 」

1969 年[記号処理]フレーム問題の発見

しかしその後、記号処理の様々な限界が見つかり、記号処理派は行き詰まってしまいます。

その最大の難関が「フレーム問題」と呼ばれるものです。

ジョン・マッカーシーとパトリック・ヘイズという2人の科学者によって発見されました。

フレームとは枠のことですが、例えば積み木の世界ですら、積み木を動かすという行為とその前提条件、その結果をすべて書き出すと膨大な数にのぼってしまうという問題です。

積み木を動かすと、その上に乗っている積み木はついてくるが、下にあるものは動かないというような規則に始まって、積み木に色を塗ると色は変わるが、位置を変えても色は変わらないというようなことまでプログラムに書かねばなりません。

積み木よりはるかに複雑な世界ではもっと大変で、そもそも完全に定義することはできないという問いです。

氏田雄介著『意味がわかるとゾクゾクする超短編小説 54字の物語』にわかりやすい例があるので引用します。

氏田雄介著「意味がわかるとゾクゾクする超短編小説 54字の物語」より

「大量の札束に囲まれて」の部分は叶えられました。

しかし、「暮らしたい」の方の条件が多すぎて記述されていないのが問題だったのです。

空気、温度、食料といった条件が記述されていないだけでなく、そもそも完全に記述することはできないのです。

 

フレーム問題はその後様々な研究者によって挑戦が続けられましたが、結局は現在に至るまで解決できていません。

 

1970年〜1980年代[記号処理]エキスパートシステム

AI初期の「記号処理だけで知能が達成できる」という研究は、人間の持つ常識の重要性を明らかにしました。

これを受け、知識処理の研究が始まります。

 

その中心的存在が、人間のエキスパート(専門家)の持つ知識をシステムに移行した「エキスパートシステム」の開発です。

1970年代に登場した感染症診断支援システムMYCIN(マイシン)が有名です。

これは人間のインターンよりは診断の正解率が高かったものの、専門医には及ばなかったようです。

 

その後、人間のエキスパートが言語化できない「暗黙知」の存在が知られるようになりました。

これがネックとなったため、実用化されたシステムはごく少数に限られました。

そして1990年頃からAIの第2の冬がやってきます。

1980年代[記号処理][神経回路網]AIの2度目の夏

1980年[反記号処理]サールの「中国語の部屋」

AIに夏が訪れると、批判者も増えます。

哲学者ジョン・サールによる、チューリングテストへの反論もそうです。

チューリングは「見かけの行動が人間のものと区別できなければ、その機械には知能があると判断すべきだ」という立場を主張しましたが、サールは「見かけだけ似せるのに知能は不要である(つまり知的に振る舞えても知能があるとは限らない)」という反論をしました。

 

サールの反論「中国語の部屋」とはこういうものです。

部屋に中国語を解さないアメリカ人と、中国語の操作に関する英語のマニュアルを入れておき、その部屋に中国語で書かれた質問文を投げ込む。

中のアメリカ人はその意味不明の文書をマニュアルに従って変換し、結果を紙に書いて部屋の外に戻す。

そうするとアメリカ人は中国語を理解しないのに、中国語による応答ができたことになります。

 

これに対する反論が2009年にカナダのAI研究者、ヘクター・レベックから出されました。

彼は「足し算を人間と同じ方法を使わずに(つまり足し算の意味を理解しないで)計算するためのマニュアルは、100ケタの数20個を足すものですら、宇宙の分子数を超えてしまい、物理的に構成できない」ということを理論的に示しました。

 

1982 年[記号処理]第五世代コンピュータプロジェクト発足

現在なら「コンピュータ5.0」とでも名付けるところでしょうか。

1.0が真空管式コンピュータ、2.0がトランジスタ、3.0がI C(集積回路)、4.0が大規模ICで、それに続くコンピュータという命名です。

年間5億円の予算で、10年かけて推論マシンを構築するという日本のプロジェクトです。

海外の研究者も多く参加しました。

 

結果的にプロジェクト半ばで汎用コンピュータの性能が高まり、専用マシンをしのぐものになり、プロジェクトの意義は半減しました。

しかし方針転換は認められず、最終的に高性能推論マシンは実現しませんでした。

ただ、日本のAI研究のレベルを引き上げる効果はありました。

私もワーキンググループなどで恩恵を受けた1人です。

東京大学工学部が世界に先駆けて試作に成功した、第五世代コンピューターの心臓部となる「並列処理マシンPIE(パイ)」=1984年、朝日新聞社

1986年[神経回路網]多層パーセプトロンの実現

脳の神経細胞の構造をまねた仕組みで学習するモデルである「パーセプトロン」は、学習できる概念に限界がありましたが、中間層を加えて多層化すれば、原理的にはすべての概念が学習可能であることはわかっていました。

しかし、その学習原理がわかりませんでした。

実は数理工学者で東大名誉教授の甘利俊一が1967年にそれを定式化した論文を発表していたのですが、世界的には知られませんでした。

数理工学者の甘利俊一さん=2018年、朝日新聞社

1986年になってデビッド・ラメルハート、ジェフリー・ヒントン、ロナルド・J・ウィリアムスという研究者たちが、甘利が発見した多層パーセプトロンの学習原理を再発見し、「誤差逆伝播法」として発表しました。

これで神経回路網研究の2度目の夏が到来します。

 

その後、多層パーセプトロンを基にした様々な形の神経回路網が考案され、PDP(Parallel Distributed Processing=並列分散処理)と呼ばれるようになります。

従来の狭い意味でのパターン認識のみならず、言語など記号処理の範囲にまで踏み込んだ研究が行われるようになり、その動向は現在の深層学習に続きます。

 

1997年[記号処理]IBMのディープ・ブルーがチェスの世界王者ゲイリー・カスパロフに勝利する

 

2000年[記号処理]ホンダのASIMO発表

ASIMOは世界初の2足歩行ロボットで、「2足歩行は難しい」と思っていた当時の研究者を驚かせました。

ただ、面白いことに2足歩行が可能であるとわかった途端、大学などでこれに続く2足歩行ロボットが作られるようになしました。

研究というのはこんなもので、自分のやっていることが成功するかどうか分からない時は、あまり深く追求せずに途中でやめてしまうことも多いのですが、できるとわかると安心して追求できるものなのです。

ホンダが発表した新型ロボット「ASIMO(アシモ)」と吉野浩行社長(当時)=2000年、朝日新聞社

2006年 レイ・カーツワイル『シンギュラリティは近い』(日本語訳は翌年)が出版される

この著書はどちらかというとAIに対してネガティブな意見を世界的に喚起しました。

興味深いことに2度目の夏の頃にはサール以外にも様々な「AI実現不能論」があったのですが、3度目の夏の現在、AIが人類を置き去りにするとか、AIが仕事を奪うとかいうネガティブな警告や研究が散見されるようになりました。

ある意味180度の方向転換です(シンギュラリティの詳細は第2回コラム参照)。

 

2010年[記号処理]コンピュータ将棋プログラムがプロ棋士に初勝利

情報処理学会のコンピュータ将棋プログラム「あから2010」 が清水市代女流王将に勝利しました 。

2010という命名は、2011、2012と続く予定で付けたものですが、残念ながら「あからプロジェクト」はこれで終了しました。

その後は他のプログラムが棋士との対戦を行っています。

情報処理学会のコンピュータ将棋プログラム「あから2010」のキャラクター

2011年[記号処理]IBMのワトソン(Watson)がクイズ番組Jeopardy!で勝利

アメリカのクイズ番組「Jeopardy!(ジェパディ)」で、IBMのAIプログラム「ワトソン」が勝利しました。

ワトソンはインターネット上の自然言語で書かれた知識を効率よく検索する仕組みを備えていました。

人工知能「ワトソン」(中央)と対戦することが決まった王者2人、ケン・ジェニングズさん(左)、ブラッド・ラターさん=2011年、朝日新聞社

2012年[神経回路網]Googleの猫

畳み込み型深層ネットワークが世に注目されるようになった最初の成果です。

それ以前のパターン認識や機械学習の研究では、どのような特徴量を用いるのかを人間が指示する必要がありました。

また、個々の画像に対して、「これは猫である」とか「これは犬である」といった正解を教える必要がありました(この方式を「教師あり学習」と言います)。

ところがGoogleは、特徴量や正解の指示をせずに、単にインターネット上の画像をたくさん見せておいたら、AIが自然に猫を認識するようになったそうです。

GoogleのAIが選んだ猫の写真(左)と、覚え込んだ猫のイメージ(右)。誤って分類された猫以外の写真はごくわずかだ=2012年、朝日新聞社

2016年[記号処理]IBMのワトソンが白血病患者の診断をし、人命を救う

IBMの「ワトソン」が、人間の医師が診断できなかった特殊な白血病患者の病名を10分ほどで見抜き、その生命を救ったと東京大学医科学研究所が発表しました。

先の「Jeopardy!」の、大量のデータを読み込む能力が生かされています。

医療関係の論文や資料は毎日3000点ほどがインターネットに上がるそうです。

ワトソンはそれらをすべて読み込んでいたのです。

日本IBMの最新オフィスにある、「ワトソン」が注目ワードをリアルタイムで教えてくれるディスプレー=2018年、朝日新聞社

2016年[神経回路網]アルファ碁がプロ棋士に勝利

Googleのアルファ碁 が当時世界2位であった韓国の李世乭(イ・セドル)と5番勝負を行い、4勝1敗で勝利しました。

当時の研究者たちは、コンピュータ囲碁はあと10年くらい経たないとプロには勝てないと思っていました。

しかし、2017年には世界1位の中国の柯潔(かけつ)にも勝ってしまい、今では人間では全く歯が立たない棋力を持っています。

 

チェスの世界王者だったガルリ・カスパロフはIBMのチェス専用スーパーコンピュータ「ディープ・ブルー」に負けた時にかなり落ち込んだそうです。

でも、囲碁や将棋の世界でAIプログラムに歯が立たないことを嘆くプロはいません。

むしろ逆にAIから学び、強くなろうとしています。

最近ではAIの見つけた定石なども多く使われています。

チェスで対戦するロシアの元チェス世界王者ガルリ・カスパロフさんと将棋の羽生善治名人(当時)=2014年、朝日新聞社

2021年[神経回路網]テレビの人間の対局をAIが評価

2021年からNHKの将棋、囲碁トーナメントにはAIの計算した勝率というのが画面表示されるようになりました。

私はNHK囲碁トーナメントを毎週見ているのですが、面白いことに気づきました。

石を打った側の評価が下がるのです。

以下の写真は私がスマホで画面を映したものですが、黒番志田八段と白番呉五段の対戦です。

白が4-11に打つ瞬間。打つ前の白の評価は44%の勝率
白が打った直後、白の評価が26%に下がる
黒が5-11に打つと、今度は黒の勝率が74%から57%に下がった

いくつもの対戦をみましたが、かなりの確率(半分以上)で打った方の評価が下がります。

これはどういうことでしょうか?

AIから見ると、人間の打ち方は「え? そこに打つの?」という間違った手の連続だということです。

 

以前、将棋の羽生善治九段から直接聞いたことですが、「AIの打つ手は怖くて、とてもまねできない」そうです。

AIは谷に渡した1本のロープのような、ちょっと間違うと谷底にまっしぐらというような手を平気で打つそうです。

AIには生存本能がないというか、1本の勝ち筋が見えればそこへ行きます。

 

ところが人間のプロは安全マージンを少しだけ残すそうです。

少し間違えても致命傷にならない手を選びます。

したがって、AIからすれば最善手ではないものを打つことが多いようです。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年8月2日に公開した記事を転載しました)