ブラックホールとは何なのか? 奇妙な天体がもつ7つの性質 #5
「限界集落から宇宙へ」を合言葉に、広島県北広島町を拠点に宇宙の魅力を発信する井筒智彦さんが、「ブラックホール」とは何かを伝えます。ブラックホールという奇妙な天体の「七不思議」とは?
「限界集落から宇宙へ」を合言葉に、広島県北広島町を拠点に宇宙の魅力を発信する井筒智彦さんが、「ブラックホール」とは何かを伝えます。ブラックホールという奇妙な天体の「七不思議」とは?
目次
宇宙には、3つの不思議がある。
ホームランを打ちまくる投手、三振を奪いまくる強打者、そして、ブラックホール。
かの野球選手は地球とは別の惑星からやってきたという気になる噂もあるが、今回は3つ目のブラックホールの話をしよう。
ブラックホールとは、一体何者だろうか?
一言で表すと「重力が強すぎて、光でさえも逃れられない天体」である。しかし、それだけでは表しきれない特質がある。
もしブラックホールがSNSをやっていたら、プロフィール欄にはこんなことが書いてあるはずだ。
① 天体だが、降り立てる表面はない
② 一度入ると、二度と抜け出せない
③ 時が止まる
④ すべての銀河の中心に存在する
⑤ 宇宙で一番輝く
⑥ 何でも吐き出すホワイトホールもある
⑦ ブラックホールの中に別の宇宙がある
プロフィールなので少し盛っている部分もあるが、ブラックホールの「七不思議」ともいえる奇妙な性質である。
1つずつ、見ていこう。
ブラックホールは天体の一種であるが、地球のように降り立てる表面があるわけではない。
ブラックホールの内部では重力に対抗する圧力がないため、すべての質量がつぶれて中心の1点に集まっていると考えられている。
しかし、ブラックホールの内部を正確に記述するための理論は、まだ統合の途中で完成されていない。本当はどうなっているのかは、誰にもわからないのだ。
ブラックホールには、降り立てる表面はないが、大きさはある。「ここから先がブラックホール」という境界は、「事象の地平面」と呼ばれている。
しかし、そこには「立入禁止」のようなわかりやすい目印はなく、うっかり超えて中に入ってしまうと、二度と抜け出すことはできない。『ショーシャンクの空に』のアンディでも、『プリズン・ブレイク』のマイケルでも、宇宙で最も速い光でさえも脱出不可能だ。
光を出さないので、見た目は真っ黒。まるで宇宙に穴が空いたように見えるので、「ブラックホール」と呼ばれている。
「光には重さがないのに、重力に引っ張られるの?」と思った人は、鋭い。天才アインシュタインの一般相対性理論によると、物があると周囲の空間が歪む。ぐにゃり。
光はまるでプラレールの電車のように曲がった空間にそって伝播する。ブラックホールの重力は桁違いに強く、空間が強烈に歪められているため、光でさえも逃げ出せない領域になっているのだ。
一般相対性理論によると、物があると、空間だけでなく時間も歪む。ぐにゃり。
楽しい時間はあっという間で、苦しい時間は地獄のように長い…というのとは違う(それは心理的な問題だろう)。重力が強い場所では、文字通り、時間の流れ方が遅くなるのだ。
例えば、高層ビルのオフィスの場合、10階で働く人よりも1階で働く人の方が、地表に近くて重力が強いため時間がゆっくり流れる。つまり歳を取るのが遅くなるので、ちょっとだけ若い。1日あたり10億分の1秒ほどではあるが。
世にも奇妙なことではあるが、時計の針が遅れることはスカイツリーでの実験でも実証されている。
時間のずれは、重力が強いブラックホールでは顕著になる。
映画『インターステラー』では、ブラックホールの近くにある惑星を探査するときに、その惑星で過ごす1時間は地球の7年に相当するというシーンがあった。
うっかり3時間ほど過ごしてしまったため、探査した宇宙飛行士が、23歳年下の娘と同い年になるという悲劇が起きてしまう(これは後に壮大の結末につながる)。
注意しておくと、ブラックホールに近づくと、自分の動きがカタツムリみたいに遅くなるわけではない。
ブラックホールに近づいた人間は、強い重力によって「あっ」という間に吸い込まれバラバラになってしまう。
しかし、その様子を強い重力がかかっていないあなたが遠くから目撃すると、吸い込まれる人の「あっ」の瞬間は永遠に長く感じる。
時間のずれが生じているからだ。ブラックホールの境界にピタッとはりついたまま、その人が内部に吸い込まれるのを見ることなく、あなたは寿命を迎えてしまうだろう。
プロフィール欄の「時が止まる」とは、こういうことである。
ブラックホールはあまりに奇妙であるが、宇宙に実在している。
ブラックホールには、S、M、Lの3つのサイズがある。
・Sサイズ:太陽の数倍~数十倍の重さ
・Mサイズ:太陽の100倍~数十万倍の重さ
・Lサイズ:太陽の100万倍以上の重さ
Sサイズのブラックホールは、重たい星が燃料を使い果たし、超新星爆発という華々しい爆発を遂げた最終形態として自然に生まれてくる。
Lサイズのブラックホールは、宇宙に2兆個ある銀河の中心に必ず1つは存在している。私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の重さのブラックホールがある。
しかし、どうやってそんなにも巨大なブラックホールが生まれるのかは、謎に包まれている。鍵を握るのは、Mサイズのブラックホールだ。
近年になり、ブラックホールが他のブラックホールや天体と合体をして大きくなる様子が観測されている。この共食いのような合体がどれくらいの確率で起こるのかが明らかになれば、Lサイズの謎が解けるかもしれない。
銀河との関係も謎である。ブラックホールができてから銀河ができたのか、星が集まって銀河ができてからブラックホールができたのかがわかっていない。ニワトリが先か、卵が先か問題である。
もしもブラックホールができたおかげで銀河ができたとすると、私たちの天の川銀河も、太陽系も、地球もブラックホールがなければ誕生していなかったことになる。
何でも“吸い込む”ブラックホールが、何かの“生みの親”だなんてキテレツな話だ。
さらに奇妙なことに、光さえも逃さないブラックホールは、宇宙で一番明るく輝く。
正確にいうと、Lサイズのブラックホールを取り巻くガス(専門用語で「降着円盤」)が、吸い込まれる過程でスピードアップし、摩擦によって熱せられて光を発する。
この状況は、台所と似ている。
シンクに水をためながら洗い物をした後に、栓をあけると、渦を巻きながら水が流れ落ちていく。栓から遠い部分ではゆったりと流れているが、栓に近づくほど回転スピードは上がる。
ブラックホールと台所の大きな違いはエネルギーである。ブラックホールでは、凄まじいエネルギーが解放される。
エネルギー解放現象の一番身近な例は、石油やガスを燃やす「燃焼」である。粒子が持つエネルギー(専門用語で「静止エネルギー」)を基準にすると、燃焼ではその100億分の1が解放される。
原子力発電所では、「核分裂」によって静止エネルギーの0.1%が解放される。太陽の内部では水素が合体する「核融合」が起き、0.7%ものエネルギーが得られる。
ちなみに、核融合で得られるヘリウムは、人の声を高くするパーティグッズに使われるような安全な元素である。原子力発電よりもクリーンなので、現在、核融合の技術開発が進められている。要するに、人類は地上に太陽をつくろうとしているのだ。
さて、ブラックホールはというと、静止エネルギーの10~40%もの莫大なエネルギーが解放される。しかも、燃料は何でもいい。なかなか捨てられなかった元恋人との思い出の品でも、生ごみでも、産業廃棄物でもいい。
ブラックホールは、環境問題とエネルギー問題を同時に解決できるので、SDGsの究極のソリューションである(ただし、持続は可能でも、実現は不可能であろう)。
オセロの黒をひっくり返すと白になるように、ブラックホールも、反対の性質を持つ「ホワイトホール」というものがある。
何でも吸い込むブラックホールに対し、ホワイトホールは何でも吐き出す。ブラックホールで吸い込まれた先に時空のトンネルがあり、奥に進むとホワイトホールにつながって吐き出される、というシナリオもある。
ホワイトホールは理論から導かれるが、宇宙空間に実在することには疑いの目が持たれている。しかし、ブラックホールが一般相対性理論から導かれたときも、理論を構築したアインシュタインでさえも「そんなものは実在しない」と信じていなかった。
研究者の中には、過去に観測された謎の爆発現象がホワイトホールの証拠でないかと考えている者もいる。今後の研究に期待である。
最後に、そもそも宇宙は1つだけではではなく、私たちの宇宙は数ある宇宙(マルチバース)の1つである、という話がある。
その考えによると、ブラックホールの内部では、別の宇宙が広がっている。また、この宇宙自体もブラックホールの中に存在するらしい。
つまり、とあるブラックホールの中に私たちの宇宙があり、この宇宙の色々な場所にあるブラックホールの内部では別の宇宙が広がっている。まるでブラックホールのマトリョーシカ状態。
訳が分からない。
そろそろ終わりにしよう。
今、世の中は、歪んでいる。そう感じている人は少なくないかもしれない。
救われるべき人が救われなかったり、公益ヅラして私利私欲にまみれていたり、正義の名のもとに法外な制裁が下されたり……。社会のシステムも、人の心も、歪んでいる。そんな歪みと対面して辟易とすることもあるだろう。
もし今見えている世界に疲れたら、いっそ歪みまくった世界に目を向けてみてはどうだろう。
一般相対性理論によれば、世界はもともと歪んでいる。ブラックホールでは、極限までに歪んでいる。しかし、宇宙の歪みは、数式で表現できる美しい歪みだ。
難病のALSと闘いながらブラックホール研究で輝かしい成果を残した故ホーキング博士は、こう述べていた。
「体が不自由でも、頭と物理法則を使えば宇宙を旅することができる。銀河の果てでも、ブラックホールの内部でも」
相対性理論やブラックホールについては、わかりやすい解説書が多数ある。こんなご時世に、「宇宙物理学の世界」という選択肢を1つ持っておくのは悪くないと思う。
ただし、強くオススメはしない。虜(とりこ)になって、抜けられなくなったら大変だからだ。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年8月3日に公開した記事を転載しました)
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