【セーラー万年筆】美しく書ける長刀研ぎ、3人の職人しか作れないすごい技
多くの人に長年愛されるヒット商品を取り上げる「ロングセラーの秘伝」。今回は、セーラー万年筆です。
デジタルの時代、字を書くのは苦手という人もいるだろう。
そんな人におすすめしたいのが万年筆。
クセのある文字も、万年筆なら味わいになる。
ビジネスシーンでさりげなく使いこなせば、階段を一歩上がった気分だ。
10年以上使い続けるなら、使い捨てのボールペンより経済的かも。
今回は、“国内最古”とされる万年筆メーカーの物語――。
セーラー万年筆。
今年でちょうど創業110周年を迎えた。
その歴史は、創業者の阪田久五郎(きゅうごろう)と万年筆との出合いから始まった。
1883年(明治16年)、阪田は現在の岡山県で生まれた。
14歳の時に広島県呉市に出て、兄の金属文具工場を手伝った。
21歳で日露戦争に従軍した。
そして、運命の出合いは22歳の時に訪れた。
イギリス留学から帰国した友人の海軍技師から、みやげに万年筆をもらったのだ。
「万年筆というものを生まれて初めて見た時の心のときめきは、言葉で言い表せないほどだった」
セーラー万年筆の社史によると、阪田はのちに、そう振り返ったという。
呉で「阪田製作所」を創業したのは1911年、阪田が28歳の時。
日本で初めて14金ペンの製造を始めた。
万年筆の完成品を製造したのは1917年(大正6年)から。
そして1932年(昭和7年)、阪田は社名を「セーラー万年筆阪田製作所」とした。
セーラー(SAILOR)は英語で水兵や船員の意味だ。
「東洋一の軍港」として知られた呉で創業したこと。
多くの水兵が協力して船を動かすように、社員一人ひとりが力を合わせて、海を越えて発展していきたいとの思い。
「誰かひとりが中心になるのでなく、職人や多くの人が集まって大きなものを作り上げていくような組織にしたいということが、創業者の手記などに書かれています。当時としては画期的で民主的な考えだったと思います」
セーラー万年筆の広報担当、友野絢香さんはそう話す。
1960年には社名を「セーラー万年筆」に変更。
その翌年、1961年に阪田は生涯を閉じた。
79歳だった。
阪田が生み育てたセーラー万年筆は、さまざまな国産初の製品を開発してきた。
純国産の金ペン万年筆は、まだプラスチックの成型技術がなかったため、硬質ゴムのエボナイトを軸に使用していた。
プラスチック射出成型で量産する万年筆を開発したのは1949年のこと。
これを機に、日本の万年筆は量産の時代に入った。
1954年には、他社に先駆けてカートリッジ万年筆を開発。
苦心の末に完成させたのが有田焼とコラボした万年筆で、2008年に北海道であった洞爺湖サミット(主要国首脳会議)で記念品として各国首脳に贈られた。
万年筆だけではない。
1948年に業界のトップを切って国産初のボールペン「ボール・ポイント・ペン」を開発。
当時は1本300円で、東京都内の百貨店では用意した500本があっという間に完売するなど、ボールペンブームの火付け役となった。
1972年には、毛筆の字が書ける「ふでペン」を発売。
1本100円で、2カ月で300万本が売れる大ヒットとなった。
さて、「万年筆は人に貸すな」と言われる。
使えば使うほど持ち主の手になじむ筆記具だからだ。
「自分だけの1本」こそ万年筆の魅力だ。
万年筆のペン先は、大きく分けて金製とステンレス製の2種類がある。
ステンレスのほうが少し硬い。
宝石と同じように、ペン先に高価な材料を使えば値段も高くなる。
セーラー万年筆は、合金製のペン先は14金と21金を使っている。
友野さんによると、セーラーの万年筆では1万円以上の万年筆は合金のペン先、1万円を下回る万年筆は特殊ステンレスのペン先を使用している。
実は、日本の万年筆のペン先は、外国製と違いがある。
「同じ字幅でも日本製は外国製より細い」と友野さん。
日本では、漢字など画数が多い文字を書くことが多いからだ。
ペン先の紙にあたる部分(ペンポイント)も、外国製は丸型だが、日本のものは卵型が多い。
卵形のほうが「止め・はね・払い」のある字が書きやすいという。
セーラー万年筆には独自のペン先をつくる技術がある。
それが、「長刀(なぎなた)研ぎ」。
ペンの先端を、なぎなたの剣先のように長く滑らかな形に研ぎ出す技術だ。
ペン先は通常は球形だが、長刀研ぎのペン先は毛筆のような書き心地。
寝かせると太い線、立てると細い線になり、漢字も美しく書けるようになる。
他のオリジナルのペン先も含め、3人の職人にしかつくれない難しい技術だ。
矢野経済研究所によると、万年筆の国内出荷額は約46億5000万円で、近年は市場が拡大している。
セーラー万年筆の出荷本数も、2019年度は5年前の1.6倍に急激に伸びた。
友野さんは「万年筆は、今ではどちらかと言えば実用品ではなく嗜好(しこう)品。SNSの普及などで趣味のすそ野が広がったことが背景にあるかもしれません」と分析する。
最後に、万年筆の手入れについて。
文具店の店頭などに持ち込まれる修理依頼のほとんどが、「インクが詰まって書けなくなった」というもの。
インクの成分が乾燥して固まり、ペンの先端や芯が詰まってしまうことが主な原因だ。
しばらく使わない時は水洗いして、インクを残さないように……というのでは、「自分だけの1本」がもったいない。
友野さんはこうアドバイスする。
「最も大切なお手入れは、毎日使い続けてインクを通してあげることです」
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年4月20日に公開した記事を転載しました)
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