【ポカリスエット】目指したのは「飲む点滴」 新ジャンルを開いた科学の力
多くの人に長年愛されるヒット商品を取り上げる「ロングセラーの秘伝」。今回は、大塚製薬の「ポカリスエット」です。
多くの人に長年愛されるヒット商品を取り上げる「ロングセラーの秘伝」。今回は、大塚製薬の「ポカリスエット」です。
ポカリスエットと聞いて、どんな記憶がよみがえるだろう。
スポーツの最中に息を切らせてガブガブ飲んだ、風邪を引いて寝込んだとき枕元に置いてあった――。
そんな定番商品も、発売当初は価値を理解してもらえなかった。
人々の常識を変えたのは、製薬会社ならではの科学の力だ。
大元のアイデアが生まれたのは1970年代前半。
大塚製薬でポカリスエットの国内向けマーケティングを担う原康太郎さんは「主に2つの経験が開発のヒントになったと聞いています」と話す。
1つは商品開発の責任者だった技術部長(当時)の体験だ。
出張先のメキシコで感染症にかかった際、水分と栄養を取るよう病院の医師から渡されたのは、炭酸飲料だった。
「こんな時に水分と栄養を補給できる飲み物はないか」と技術部長は考えた。
もう1つは、大塚製薬の原点となった会社が輸液(点滴液)製造の大手だったこと。
大塚製薬は輸液などの販売会社として1964年に設立された。
自分たちの強みである輸液の知識を生かし、口から取れる飲み物にするという発想は、不自然なものではなかった。
人間の汗には、ナトリウムイオンやカリウムイオンなど、様々な電解質(イオン)が含まれる。
たくさん汗をかいた時、水だけを飲むと体液は薄まってしまう。
体液がそれ以上薄くならないよう、体はのどの乾きを止め、過剰な水分を尿として出そうとする。
その結果、水分補給はしているのに、体の水分は回復しないまま脱水が進んでしまう。
発汗で失った水と電解質をスムーズに補い、元の体液の状態に近づける――。
それがポカリスエットの原点にある考え方だ。
開発は難航した。
汗の成分バランスに近づけようとすると、電解質による苦みが際だってしまう。
試作品が1000種を超えたある日、同じ研究室で開発中の柑橘系飲料と混ぜてみた。
不思議なことに苦みが消えた。
開発に要した期間は7年。
汗を意味する「スエット」に、音と語呂の良さから来た「ポカリ」を組み合わせ、「ポカリスエット」と名付けられた。
ただ、1980年4月に発売された当初、「コンセプトは全く理解されなかったそうです」(原さん)。
甘いジュースが人気の時代、ぼんやりした薄い味で少ししょっぱい飲み物は、世間に受け入れられなかった。
営業の社員たちは、人々が汗をかく現場を訪ねた。
少年野球チーム、銭湯の客、買い物中の主婦らに、汗をかいた時になぜポカリスエットが必要かを説き、試飲してもらった。
大塚製薬にはオロナミンC(1965年発売)というヒット商品がすでにあった。
ビタミンなどを含む炭酸栄養ドリンクだが、販売が伸びた主な要因は営業力と言われていた。
一方、味で有利に立てないポカリスエットは、科学的根拠を説きながら売るスタイル。
原さんは「売り方の分岐点になったと社内では言われています」。
結局、発売1年目は3000万本を試飲に費やした。
考え方は徐々に理解され、翌1981年の夏以降、売上は爆発的に伸びていった。
新たな飲み物の誕生は、今となっては当たり前の知識の普及にもつながっていく。
大塚製薬はポカリスエットの発売後、水分補給の重要性を説いてきた。
1992年からは、日本体育協会(現・日本スポーツ協会)とともに熱中症予防の啓発活動を実施。
スポーツの最中に水を飲むなという風潮はいつしか消え、学校の全校集会などでも給水タイムは珍しくなくなった。
一方、水分補給だけでは熱中症から守りにくい人たちがいる。
汗による体温調節が難しい状況下で働く消防士、ガードマン、自衛隊、警察官たちだ。
全身を覆う防護服や制服を着て作業するとき、体の熱は外に逃げず、こもりやすい。
汗も機能しないため、その材料となる水分を補給しても、体温上昇を抑えづらい。
そこで2018年に登場したのが「ポカリスエット アイススラリー」。
細かい氷の粒が液体に混ざった流動性のある氷で、ただの氷に比べて冷却効果が高い。
体を内側から冷やすことで熱から守る、新たな熱中症対策が期待できるという。
発売直後にあった西日本豪雨では、土砂災害の捜索活動をする警察・消防に無償提供した。
スポーツでは、試合の前や間に飲むことで、プレー中の過度の体温上昇を抑え、疲れや暑さの感じ方、パフォーマンス低下を和らげる効果が期待できるという。
世の中の価値観や味の好みは時代とともに移ろう。
ポカリスエットが発売された1980年当時、人々は甘いジュースにお金を払い、ポカリスエットは味が薄いと言っていた。
それが2000年前後から、お茶や水のペットボトルを買うようになり、ポカリスエットは甘いという声も出てきた。
2013年発売の「ポカリスエット イオンウォーター」は、そんな変化に対応する中で生まれた。
甘みを抑える一方、電解質のバランスは変えず、ポカリスエットと同じ性能を持たせた。
サウナや駅の自動販売機などでよく売れていて、座って長時間作業するデスクワークにも適しているという。
一方、元のポカリスエットは味も成分も発売時から変えていない。
科学的根拠に基づいて設計したこだわりがあるからだ。
パッケージに載せている電解質濃度の一覧表も、その表れの1つ。
医療関係者にはなじみのある、mEq/Lという単位が使われている。
ポカリスエットの売上は、夏と冬に1つずつ山がある。
特に伸びるのが、猛暑の夏と、風邪やインフルエンザの流行期。
原さんは「製薬会社の飲料という信頼感から、手に取って下さる方が多いのではないか」と話す。
誕生から41年。
世界20カ国・地域で販売され、海外売上高は国内と同水準にまで育った。
ポカリスエットがロングセラーであり続けるために、何が必要か。
原さんはこう考えている。
「お客様の価値観や感覚の変化に合わせて、アプローチの仕方は柔軟に変える。ただ、人間の体は変わらないので、自信を持って変えない部分は変えない。その二面性こそ、ポカリスエットが50年、100年と続くための鍵になると思います」
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年5月27日に公開した記事を転載しました)
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