古代エジプト人が「みつめた」結果、王様は大きくなった
「自分なりの視点」で世界を見つめ、「自分なりの答え」を生み出す“アート思考”がビジネスの世界で必要な力になりつつあります。美術教師の末永幸歩さんがアート思考を身につけるためのレッスンを展開します。今回は前回に続き「みつめる」ことについて考えます。
「自分なりの視点」で世界を見つめ、「自分なりの答え」を生み出す“アート思考”がビジネスの世界で必要な力になりつつあります。美術教師の末永幸歩さんがアート思考を身につけるためのレッスンを展開します。今回は前回に続き「みつめる」ことについて考えます。
こんにちは。美術教師の末永幸歩です。
物事を新たな角度で見つめ直す「アート思考のレッスン」へようこそ。
今回は前回に続き、「みつめる」ということについて、考えを巡らせてみたいと思います。
「みつめる」ということについて「考えたことがある」という方は少ないと思いますので、まずは具体例を使ってイメージすることから始めましょう。
絵を描けるようになりたいと、みなさんが絵画教室に通い始めたとします。
この日の課題は、アサガオの絵を描くこと。
教室に置かれたアサガオの鉢植えをモチーフに、スケッチブックに絵を描きます。
このとき、どうすればアサガオを「しっかりとみつめた」ということになるでしょうか。
ただ漫然とみていても、みつめたとは言えません。よりしっかりと「みつめる」ためには、
「アサガオの花弁は5つがひと繋がりになっているため、五角形をしていること」
「めしべやおしべ、額などの部位があること」
「1本通った茎を軸に、そこから枝分かれした先に葉や花がついていること」
など、この植物の構造に関する正しい知識を通してアサガオを捉える必要があるのではないでしょうか。
このように、「科学的に観察して得られる知識をもとにみつめること」は、一見、絶対的なものの見方であるように感じられます。
しかし、これは「みつめる」ということに対し、レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめとするルネサンスの画家たちが導き出した、1つの答えでしかありません(詳しくは前回のコラムをお読みください) 。
他の時代や地域では、これとはまったく違う「みつめる」が存在しているのです。
さて、今回ご覧いただくのは、はるか昔、3000年以上前の古代エジプト時代に描かれた壁画の一部です。
この絵をよくみてみると、少々おかしなところがあることに気が付きます。
まず、ここには全部で18人の人物が描かれていますが、全員が真横を向いています。
右上に座っている人物は王様のようですが、横を向いているにもかかわらず、目や肩は正面から見たかのような形で描かれています。随分とぎこちないポーズだと思いませんか?
おかしなところは他にもあります。
この王様は、他の人物たちと比較して体の大きさがやけに大きいですよね。どうやら絵の縮尺までおかしいようです。
実はこれらの特徴はこの絵に限ったことではなく、他の多くの古代エジプト絵画にみられます。
3000年以上続いた古代エジプト時代の絵画は無数に残されていますが、そこに描かれた人物のほとんどが真横を向いていたり、王様が大きく描かれていたりするのです。
古代エジプト人は、なぜこのように描いたのでしょうか。
ここには、古代エジプト人たちが、どのようにものを「みつめて」いたのかが関わっているようです。
想像してみてください。もしあなたが、自分の記憶をもとに「目」を描こうとするとき、きっと正面から見たアーモンド型の目を描くのではないでしょうか。「肩」を描くときも同様に、正面からみた両肩を描くはず。
しかし、記憶から「鼻」や「足」を描く場合はどうでしょうか。
正面から見たものよりも、横から見た姿のほうがイメージしやすいのではないかと思います。
古代エジプト人たちがしていたのは、まさにこのようなものの見方でした。
「目とはこういうものだ」
「鼻とはこういうものだ」
と、記憶をもとに描いていたのです。
また、実際には王様と使用人に大きな身長差はなかったはずです。
しかし頭を通してみつめると、彼らにとって重要な存在である王様は大きく、使用人たちは小さく捉えられるのです。
つまり、古代エジプト人たちにとって、「みつめる」とは、科学的に観察することではなく、自分の頭で、記憶を通して捉えることだったのです。
私は10代後半のとき、美大受験を目指して絵画塾で絵を学んでいたことがあります。
ある日のデッサン課題は、アサガオの鉢植え。絵を学び始めたばかりの私のキャンバスには、正面を向いた大きな花がいくつも描かれていました。
絵画塾の先生はその絵を見て言いました。
「花のつき方をよく観察してみると、じつは真正面を向いていたり同じ角度を向いていたりする花なんてほとんどないのですよ」
「また、葉や植物全体の大きさと比較すると、花はこんなに大きくないはずです」
今考えてみると、絵画塾の先生にとっての「みつめる」と、そのとき私が無意識にしていた「みつめる」は違っていたわけです。
先生は、ルネサンスの画家たちが生み出した「科学的に観察する」というものの見方でアサガオを捉えようとしていた一方で、私は古代エジプト人がしていたように、自分の頭で、記憶を通して「みつめる」ということをしていたのです。
「みつめる」ということの答えは1つではありません。
ぜひみなさんも考えを巡らせて、「アート思考」を育んでみてくださいね。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年6月13日に公開した記事を転載しました)
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