和牛の価値を広げるリブランディング 中谷肉店3代目は売り上げを5倍に
「中谷肉店」(金沢市)3代目の中谷明博さん(44)は、顧客の高齢化と減少に危機感を持ち、2016年に屋号も店舗も刷新する大胆なリブランディングを手がけました。質の高い肉を提供する老舗の価値はそのままに、ECサイト立ち上げやギフト・総菜部門の強化で、リブランディング前と比べて売り上げを5倍に伸ばしました。
「中谷肉店」(金沢市)3代目の中谷明博さん(44)は、顧客の高齢化と減少に危機感を持ち、2016年に屋号も店舗も刷新する大胆なリブランディングを手がけました。質の高い肉を提供する老舗の価値はそのままに、ECサイト立ち上げやギフト・総菜部門の強化で、リブランディング前と比べて売り上げを5倍に伸ばしました。
目次
中谷肉店は1950年、中谷さんの祖父が当時は希少だった和牛専門店として創業しました。中谷さんは幼少期から家業の仕事を見て育ち、次男ながら小学校の卒業アルバムには「肉屋の3代目になる」と書いていました。
先代の父からは「家業を継げ」とは言われませんでした。でも、公務員になった兄に代わり、家業を継ぐことを念頭に大阪の大学の商学部に進みました。
2001年の大学卒業後は一度家業に入り、群馬県の食肉専門学校で基礎を学び直しました。再び家業に戻った中谷さんの最初の仕事は、病院食として納める食材の切り分けでした。
「鶏肉30グラムを300個切り分けるといった単純作業をとことんやりました。豚1頭を仕入れて骨を外す作業など慣れるまでは大変でしたが、小さい頃から見ていた仕事なので、抵抗はなかったです」
家業に入った00年代初頭は、牛海綿状脳症(BSE)問題で国産牛肉が全く売れず、廃業を覚悟した時もあったといいます。「商売には予期せぬことが起こる」。事業を続ける難しさを学びました。
当時の店は近所の常連客が付いていたものの、高齢化で顧客は年々減る一方。中谷さんは常に危機感を抱えていました。
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「父がこだわってきたA4、A5ランクの和牛の品質には、私も絶対の自信を持っていました。しかし新規顧客は一向に増えず、正直先細り感がありました」
15年ごろ、老朽化した冷蔵庫が買い替えの時期になったのが転機になりました。中谷さんは費用をかけるなら、ロゴのデザインから内外装まで一新することを父に提案したのです。
父からは「常連のお客様が来づらくなったらどうする?」と心配されました。中谷さんは「このままだと立ち行かなくなる」と説得し、リブランディング計画を始めます。
推進力になったのは大学時代に出会って結婚した妻の恭子さんでした。元々インテリアやデザインが好きで、店の骨格作りの大きな支えとなりました。
店舗の内外装のコンセプトは「現代的で外国にあるようなブッチャーショップ(肉店)」と決めました。そして、最も大きな決断が屋号の変更でした。
はじめは「中谷精肉店」のままでしたが「ロゴデザインをお願いしたデザイナーさんと話して、ふと子ども時代のあだ名の話題になりました」。
小学校時代、友人から「肉屋の息子だから『にくお』だね」と言われ、中谷さんも気に入っていました。しかし、屋号にしていいか悩んだといいます。今の屋号の「NIKUO」は「290」などいくつかの候補の中から決まりました。
店の方向性が定まり、制服の色も白から黒に変えました。「父はかなり違和感があったようで、私の目を盗んでは元の白に着替えていました」と苦笑します。
妻の恭子さんのアイデアでパッケージデザインも変更。商品を包むビニールの質感から、縛るための麻ひもに至るまでこだわりました。
リブランディング費用は、事業承継に関する補助金こそ活用していたものの、金融機関から融資を受けるなど大きな投資となりました。反対されていた分、必ず結果を出さなければというプレッシャーを感じていました。
リブランディングで見た目は変わっても、強みはあくまで和牛の品質です。目や舌の肥えた顧客の心をつかむにはどうすればよいか、試行錯誤しました。
牛肉一つとっても部位は様々です。中谷さんは商品の見せ方を変え、商品表示もあえて専門的に細分化しました。以前は牛の「特上」や「並」という売り方でしたが、部位を細かく分け、イラストも付けたのです。
「焼き肉店でも希少部位が細分化されていますが、私たちは精肉店なのでもう一段詳しく表示できます。例えば、焼き肉店ではイチボ(お尻の先)と呼ばれる部位を細分化したヤリ(イチボの先)を扱っています。これは肉店じゃないと分からないレベルです」
「焼肉まつり」という毎月のイベントも始めました。牛肉の部位30種類を並べ、かめのこ、メガネなどなじみの薄いものも提供しています。たれに付けて売るのが主流のホルモンも生で売っています。「1頭をまるまる仕入れ、1週間で売り切ります」
中谷さんは総菜部門にも力を入れ、自身が作ったローストビーフは有名雑誌で取り上げられました。
内外装のデザインに凝った店舗に加え、商品の見せ方や売り方の工夫、新商品の開発で来店客は目に見えて増えました。「従来のお客様に若い世代の新規顧客が上積みされ、売り上げが伸びました」
結果を出したことで父も応援してくれるようになったといいます。「ここで、ようやく認めてもらえたかな」
リブランディングから2年後の18年、中谷さんは3代目社長になりました。
社長になってすぐ取り組んだのが、オンラインショップの開設です。自社サイトとして運営し、はじめの1年間は全く売れなかったといいます。「認知もなく、拡散方法も知らない。まさに手探り状態でした」
インスタグラムも知人のカメラマンから撮り方のアドバイスをもらい、更新頻度を高めました。フォロワー数が増えるにつれて売り上げも伸びました。
オンラインの商品には二つのこだわりがあります。一つは「ハレの日需要」を狙ったギフト商材です。顧客ニーズに徹底的に寄り添い、「父の日おつまみセット」などの商品を提案しました。
「病院の問診票のように、年齢や職業、家族構成、どういうお肉が好きなのかなど細かくヒアリングした上でお客様に提案しています」
二つ目のこだわりは妻の恭子さんが担当のラッピングです。包装紙や麻ヒモなど、一つひとつにこだわりました。「金額的にはかなり厳しいのですが、届いた時に喜ばれるように力を入れています」
顧客には必ず仕上がった状態のラッピングの写真を見せ、「この状態で送ります」と伝えた上で、発送するといいます。
地道な取り組みがリピーターを呼んでいます。最近は結婚式の引き出物やバーベキュー、ホームパーティー用の購入も増え、九州からの問い合わせもあるそうです。
来店客数の純増に加え、ギフト商材の強化や「ハレの日」需要の高まりで客単価が上がり、売り上げも伸びていきました。
2020年11月には築110年以上の町家をリノベーションして、フローズンフード専門店「nikuo CIRCUS(ニクオ サーカス)」をオープンしました。自社で作ったハンバーグやギョーザなど50種類超の冷凍食品をそろえ、無添加、無化調で「子どもに毎日食べさせても安心な冷食」をコンセプトにしています。
コロナ禍で飲食店に卸す売り上げがゼロになり、県外での百貨店催事なども影響を受けました。そんな中、「nikuo CIRCUS」は巣ごもり需要にピタリとはまり、店を下支えしました。
「nikuo CIRCUS」は恭子さんが代表を務め、地元農家の規格外野菜を使った総菜なども扱い、フードロスの取り組みを進めています。
21年10月、「NIKUO」は創業の地の金沢市森山を離れ、同市神宮寺に新築移転しました。店舗面積は230平方メートルに増床、課題だった駐車スペース不足も解消しました。
増床を機に始めたのがスパイス事業です。コロナ禍で自宅で料理をする人が増え、調理時間の短縮につながるスパイスに目を付けました。現在は10種類程度のオリジナル商品を販売しています。
きっかけは偶然の出会いからでした。「nikuo CIRCUS」が好調で、総菜を作る人手が足りない時に、コロナ禍で休業していた有名イタリア料理店の料理長のインド出身シェフが手伝いに来てくれました。
中谷さんはシェフの技術や知識に驚かされました。「彼はフライパンを三つ同時に調理していて、すごい人が来たと思いました。自分でインドから本場のスパイスを仕入れ、調合してみせてくれました」
スパイスに欠かせない良質なハーブの仕入れも、河北潟にある有名農園のオーナーとの出会いがきっかけでした。人との出会いが次のビジネスチャンスにつながっていると、中谷さんは強調します。
スパイスを使ったタンドリーチキンはすでに商品化し、今後はカレーの開発も進めています。
急速に事業が拡大する中で、正社員とパート従業員を合わせて約20人のスタッフを抱え、中谷さんは人材を育てることの難しさを痛感しています。
「人材がいないと承継も発展もできません。常に新しいことに挑戦し続けるために、大切なのは人です。これまでも人が増えるたびに大きく成長してきました」
中谷さんは自身を店の「潤滑剤」と表現し、コミュニケーションの取りやすい雰囲気を大切に、スタッフが社長に直接意見が言いやすい環境を作るように心がけています。
今期の売り上げはリブランディング前の5倍以上になる見込みです。今後は大型スーパーとの競合の中で「普段使い」の顧客をどう取り込むかが課題です。
「特別な日はうち、平日はスーパーというすみ分けができていると感じます。例えばうちのオリジナルエコバッグを平日に持参した方は5%値引きするなど、いろいろな戦略を考えています」
事業を成長させる中で、中谷さんが大切にしている思いは何でしょうか。
「新規参入でもお金さえかければ、大きな店は作れるかもしれない。でも、品質の良いお肉の仕入れは、そうはいきません。業者さんが特別に良いものを入れてくれるのは、祖父や父の代から築いた70年もの信頼関係があればこそです。これからも人のつながりを大切にしながら、挑戦を続けていきたいです」
先代の父は今も店に顔を出し、当時からの常連客も寄ってくれています。歩みを止めない3代目は創業当時から不変の思い、品質にこだわった和牛を提供し続けます。
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