例えば朝、出勤する職場の手前でコーヒーを購入する。昼休みにサンドイッチとカフェオレを調達する。商談の帰りにスイーツや炭酸飲料で一息つく。残業帰りに弁当とサラダ、ビールを手に入れる、といった具合です。
世の中が忙しくなればなるほど、コンビニは潤います。一昔前のテレビCMに「24時間、戦えますか」というキャッチフレーズがありました。この問いに「イエス」と答える人が増えてほしいと、コンビニ側は願っているのです。
ところが2020年春、様相が一変しました。在宅勤務が広がり、出社しない人が増えました。出社したとしても、商談や会議がオンラインのこともあります。長時間の残業をよしとしない社会的要請も強まっています。コンビニの利便性を必要としない場面が一気に増えたのです。こうして駅前やオフィス街、観光地のコンビニは悲鳴を上げ始めました。
しかし、住宅街のコンビニの中には、特需に沸いた店もありました。2020年4月、7都府県に緊急事態宣言が出た直後、東京都中野区、杉並区、世田谷区の住宅街にあるセブン-イレブンでは、売上が前年比で2ケタ近く伸びたのです。このとき、セブン-イレブン・ジャパンの親会社であるセブン&アイ・ホールディングスの井阪隆一社長は次のような方針を示しました。
「セブン-イレブンは、お客様の近くにあるお店なので、惣菜や生鮮3品(野菜、肉、魚)を含めて買いに行くには非常に便利です。短時間で、長く滞在せずに、いろいろなものを、いっぺんに買いそろえられます。そういうお店として、お客様の不安を解消できるような体制をつくっていきたい」
近所の客が昼食や夕食の準備のために来店しているのだから、従来の即食系の弁当や惣菜だけでなく、スーパーマーケットの需要も取り込んではどうか、という問いかけです。
前回記事でも触れたように、セブン-イレブンは青果の取り扱いを広げています。グループ企業であるイトーヨーカ堂の国産野菜シリーズ「顔が見える野菜。」を、2023年2月までに全2万1337店(2022年5月末時点)中、9000店に導入する予定です。
精肉についても、消費期限の長い冷凍肉を一部店舗で扱い始めました。鮮魚は管理が難しいため、本格的な導入はないと思います。ただ、例えばローソンでは液体凍結という特殊な技術を使い、冷凍の刺し身を一部エリアで販売しています。
このように生鮮3品についてコンビニは、限られた店舗面積の中、コンビニらしい商品開発、売り場づくりを模索している段階です。食品スーパーの売上の一部を取り込もうと、自らの業態をスーパーマーケットに寄せる動きと言えます。
首都圏に照準 1000店舗達成の「まいばすけっと」の営業時間
一方、すでに「都市型小型食品スーパー」として確固たる地位を築いているのが「まいばすけっと」です。
2005年に1号店を出店。東京23区と横浜市、川崎市を中心に店舗網を展開し、2021年に千葉県、埼玉県に初出店、2022年1月に1000店舗を達成しました。当初は株式会社イオンリテールの事業部でしたが、2012年に分社化して「まいばすけっと株式会社」になりました(北海道の42店舗はイオン北海道が運営、1000店には含まない)。
「まいばすけっと」の売り場面積は40~80坪程度です。首都圏のコンビニがおよそ30~40坪なので、同等~2倍の広さを確保しています。営業時間は午前7時~午前0時が最も多く、短いと午前8時~午後11時です。
2021年度の売上高と店舗数から計算すると、平均日販(1日当たりの販売額)は57万円前後です。セブン-イレブンの64万6000円には及びませんが、ファミリーマートの51万1000円、ローソンの49万8000円より上です(ただし、ファミマとローソンの数字は全国平均のため、首都圏に限れば差は縮まるとみられます)。
ここ数年、店舗数が頭打ちのコンビニに比べ、「まいばすけっと」の出店意欲はなお旺盛です。2014年に500店に到達した後、2年に100店のペースで店舗を増やし、ここ数年は勢いを加速させています。
特に青果(野菜と果物)の品ぞろえは、袋入りのサラダを含め約90SKU(種類)と充実しています。一般的な食品スーパーは300~400SKUなので、その3分の1から4分の1に絞り込んだ形です。
どんなふうに絞り込むのでしょうか。例えばキャベツについて、通常の食品スーパーが「1玉」「2分の1カット」「4分の1カット」と3SKUをそろえるとします。「まいばすけっと」は割り切って1SKUとし、「2分の1カット」だけを売るのです。白菜も同様に「4分の1カット」の1SKUだけを扱い、小さな売り場を効率よく回しています。
コンビニから離れた客が「まいばすけっと」へ?
客層は大家族ではなく、単身世帯や2人世帯を想定しています。都市部で暮らす高齢者や、家で料理をする単身・共働き世帯に便利な店として機能するわけです。
野菜は鮮度が命なので、顧客の来店頻度は高めです。ただし、青果は粗利率が低いので、日配品や加工食品との併売が必須です。そこでイオンのプライベートブランド「トップバリュ」商品を一緒に買ってもらい、購入点数を増やします。
意外な強みの1つが、食品スーパー並みに価格を下げたアルコール類です。コンビニもオリジナル商品を投入していますが、大手ビールメーカーの定番品などは「まいばすけっと」が安く、節約を意識する客層には魅力的に映ります。
コンビニの主力商品であるおにぎりや弁当、調理麺も「まいばすけっと」は扱っています。品質は別にして、その安さは際立っています。昨今の原材料費の上昇を受け、コンビニ各社は値上げするか、仕様を変えて価格帯を上げるといった対応を迫られています。コンビニの米飯弁当は、かつては500円~600円が上限でしたが、今は600円を超える商品もあります。物価上昇に賃金の伸びが追いつかない現状を踏まえると、「まいばすけっと」が今後、コンビニから離れる客層の受け皿になる可能性もあります。
ただし、「まいばすけっと」が今後も低価格を維持できるとは限りません。決算資料によると、2022年2月期の売上高は、店舗数の増加により2093億4600万円と前期比4.9%増えました。しかし、売上原価はそれ以上の伸び率で増え、販管費及び一般管理費も増えた結果、営業利益は33億5700万円と前期比11億2000万円減ったのです。価格優位性でコンビニに対抗するなら、コスト上昇にどこまで耐えられるかが今後の課題になります。
コンビニ本部に衝撃を与えた「SHOP99」
実は「まいばすけっと」の設立に影響を与えた(であろう)チェーンがあります。2000年代初めに隆盛を誇った「SHOP99」です。
生鮮3品や日配品を充実させた小型店で、店内の商品は弁当や惣菜を除いて99円均一(税別)でした。当時はコンビニの出店競争が激化し、同一商圏内で撤退する物件が多く出た時期です。その空き物件に有利な条件で出店し、近くのコンビニと差別化して支持を得てきました。
コンビニ各社の本部に衝撃を与えたのが、SHOP99の客層です。そもそもコンビニを利用しないと見なされていた高齢者たちが午前中から来店し、野菜や日配品、菓子、雑貨を購入していたのです。
利用者の時間と手間を省く「タイム・コンビニエンス」だけがコンビニの武器ではない、高齢者にとって使い勝手のよい品ぞろえをすれば来店してもらえる――。コンビニ各社はそう認識を新たにしました。
SHOP99は、2005年からの1年間に、1日1店のペースで出店し、2007年1月末には852店まで規模を拡大しました。しかし、その後は不採算店が顕在化して店舗閉鎖が相次ぎ、2009年5月、ローソンに吸収合併されました。現在は「ローソンストア100」の看板で669店(2022年2月末)を展開しています。
新たな客層を掘り起こしたSHOP99でしたが、出店立地のリサーチ力不足、店舗管理者育成の軽視、弱い商品調達力などにより、経営は悪化しました。「まいばすけっと」は、同じ轍を踏まないよう、出店を急がず、管理者を養成し、商品と品ぞろえを磨き、1000店舗を達成しています。
重なり合う事業領域 パイの争奪戦に突入か
お互いの事業領域が重なりつつある、コンビニと「まいばすけっと」。実は両者には、2つの決定的な違いがあります。店舗運営と出店戦略です。
店舗運営の仕方が異なるのは、両者の出自に由来します。コンビニは安売りのスーパーマーケットに対抗する業態として開発されました。一方の「まいばすけっと」はスーパーから派生して生まれました。
歴史をひもとくと、1970年代前半に70万軒以上あった中小の食品小売店は、1960年代から台頭してきたスーパーマーケット勢力に押されていきました。1972年、中小企業庁は「コンビニエンス・ストア・マニュアル」を刊行し、中小小売店に対し、米国のコンビニをモデルにした近代的な小売業の啓蒙(けいもう)を始めます。その2年後に誕生したのが、セブン-イレブンの1号店です。
オリジナル商品がほとんどなかったセブン-イレブンの店舗で、何を重視したのでしょうか。それは「ほしい商品が、ほしいときに、ほしいだけ購入できる」という利便性です。
スーパーマーケットはチラシを大量にまき、目玉商品を値下げして大量販売し、売り切れ御免の商売でした。一方のコンビニは安売りこそしないものの、欠品をさせず、深夜まで「開いててよかった」という安心感を提供しました。半世紀後の今も、ほしい商品がいつでも手に入るコンビニ業態の基本は変わりません。
しかし、「まいばすけっと」もSHOP99も、基本的な店舗運営は売り切れ御免のスーパーマーケット方式です。午前中に集中的に品出しをして、午後はひたすら販売業務に徹し、おにぎりや弁当が売れ残れば値引きして、閉店前か翌日の早い時間帯に売り切ります。もちろん発注精度の改善には取り組んでいますが、一つ一つの商品動向を厳密に管理する、単品管理への意識は希薄です。
出店戦略にも違いがみられます。コンビニはフランチャイズ経営が基本なので、1店ごとに加盟店オーナーがいます。もし赤字の続く店舗があると、そのオーナーの生活は立ちゆかなくなります。このため全ての店舗が利益を出し続ける必要があるのです。
これに対し「まいばすけっと」は、一定エリアで利益を出すことを重視します。乱暴な言い方をすれば、他のチェーンに出店されるくらいなら自分たちで物件を押さえ、仮に一部店舗が赤字になっても商勢圏(ドミナント)全体で利益が出ればいい、と割り切っているように見えます。「まいばすけっと」は直営店なので、そうした運営が許されるのです。
店舗運営も出店戦略も異なる、コンビニと「まいばすけっと」。新しいマーケットを創造してきた両者ですが、今後は限られたパイを奪い合う段階に入っていくでしょう。激しい戦いが予想されます。