目次

  1. そもそもプロバイダ責任制限法とは
  2. プロバイダ責任制限法の改正、全18条に
    1. 改正プロバイダ責任制限法、いつから施行?
    2. プロバイダ責任制限法の改正理由 誹謗中傷が深刻化
    3. 改正プロバイダ責任制限法のポイント
  3. プロバイダ責任制限法の改正で企業に求められる実務
    1. コンテンツプロバイダの場合
    2. アクセスプロバイダの場合
    3. 被害者となる一般企業の場合
  4. 終わりにープロバイダ責任制限法にまつわるトラブルが起きたときは?

 プロバイダ責任制限法とは、2001年に成立した法律で、その正式名を「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(平成13年法律第137号)といいます。「プロ責法」と略されることもあります。

 プロバイダ責任制限法は、同法第1条のとおり、インターネット上で流通する情報による権利侵害があった場合について、「プロバイダ」の損害賠償責任の制限と発信者情報の開示を請求する権利を定めるものです。

 「プロバイダ」とは、①権利侵害情報に係る通信を媒介する通信事業者(アクセスプロバイダ)と、②権利侵害情報が書き込まれる掲示板・SNSなどのユーザー投稿型サービスを提供する事業者(コンテンツプロバイダ)に分類できます。

 したがって、プロバイダ責任制限法は、これら①②のプロバイダと、プロバイダが提供するサービスを通じて情報の発信する発信者に適用されるルールを整理した法律、と理解しておくとよいでしょう。

 改正プロバイダ責任制限法(以下「改正法」)は、2021年4月に法律として成立・公布されました。改正前は枝番が振られた第3条の2を含めても全5条しかない法律で、第2条の定義規定に続けて、第3条でプロバイダの損害賠償責任の制限を、第4条で発信者情報開示請求を規定した、非常にコンパクトな構成の法律でした。

 この度の改正により条文数は全18条に増え、項目ごとに章立てが行われたので、以下では、改正法の施行日や改正のきっかけを踏まえつつ、改正法の要点をポイントごとに解説していきます。

 改正法の施行日は、2022年10月1日です。なお、改正法附則第3条では、改正法の施行から5年後の見直し規定が設けられています。そのため、同じく3年ごとの見直し規定が附則で設けられている個人情報保護法と同様に、今後は定期的に改正が検討される見込みです。

 プロバイダ責任制限法は2001年11月に制定されました。法律制定当時は、インターネット上の違法情報・有害情報が流通するプラットフォームとしては電子掲示板が主なものでした。そのため、制定当時のプロバイダ責任制限法は、主なコンテンツプロバイダとして、電子掲示板等のサービスを提供する事業者を想定していました。

 もっとも、改正までの約20年間、情報通信技術が飛躍的に進歩したことは周知のとおりです。コンテンツや情報の流通基盤という視点から見ても、ブログやSNS、動画・画像共有サービスなど、さまざまなサービスが登場しています。

 また、ハード面・インフラ面でも、コンピュータの高性能化・低価格化や、スマートフォンの登場・普及により、立法当時と比較して誰もが容易にインターネットにアクセスし、利用できる環境が整備されました。

 こうした情報通信技術の発展と社会的な変容は、インターネット上での違法情報・有害情報の流通を深刻化・複雑化させました。そのため、立法当時のプロバイダ責任制限法による発信者情報開示請求権は、さまざまな制度上の課題があり、円滑な被害者救済が難しいと指摘されてきました。

 総務省は、2020年4月、発信者情報開示の在り方を検討することを目的に、「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を開催し、2020年12月に「発信者情報開示の在り方に関する研究会最終とりまとめ」を公表しました。

 総務省が、このとりまとめを受けて立案作業を進め、2021年3月に国会に法案提出しました。そこで、このとりまとめや、立案担当者による一問一答の内容を踏まえ、改正法のポイントを整理して紹介します。

改正プロバイダ責任制限法のポイント
改正プロバイダ責任制限法のポイント(デザイン:吉田咲雪)

 改正法のポイントは、大きく分けて2つあります。①開示請求を行うことができる範囲の見直し、②新たな裁判手続(非訟手続)の創設です。順を追って見ていきます。

①開示請求を行うことができる範囲の見直し

(1)現行法での課題

 発信者情報開示請求とは、インターネット上で発信される情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が、当該侵害情報の発信者の特定に資する情報(発信者情報)の開示を求めて行う請求です。

 立法当時の主な侵害情報の流通基盤は電子掲示板でした。電子掲示板は、個別の書き込みごとのIPアドレス等がそれぞれ記録されています。そのため、自己の権利を侵害された場合は、個々の権利侵害投稿のIPアドレス等の開示を求め、発信者情報開示請求を行うことができました。

 一方、近年は、Twitterなどの各種SNSを通じた権利侵害投稿が顕著に増えています。

 SNSなどのサービスでは誰もが書き込める電子掲示板とは異なり、サービス利用時にログインを行う必要があります。こうした性質から、ログイン型サービスの提供事業者は、サービスログイン時のIPアドレス等(ログイン時情報)は保有している一方で、ログイン後の個別の投稿時のIPアドレス等は保有していないことが多くありました。

 この場合、自己の権利を侵害されたとする者は、ログイン型サービスの提供事業者に対し、ログイン時情報の開示を求めて発信者情報開示請求を行うことになります。しかし、単なるログイン時情報は開示対象となる「当該権利の侵害に係る」発信者情報には該当しません。

 同様に、法文上、ログイン時の通信を媒介したに過ぎないプロバイダについては、開示義務を負うプロバイダに該当しません。

 こうした理由により、現行法でのログイン時情報の開示の可否は、裁判所の判断が分かれていました。つまり、当該投稿により自己の権利を侵害されたとする者は、権利侵害投稿の事実があるのに、立法時に想定していたサービスとは異なる性質を持つサービス上で流通しているがために、発信者情報の開示が認められないことがありました。

(2)改正のポイント(ログイン型サービスをめぐる課題に対応)

 改正法では、こうしたログイン型サービスをめぐる課題が立法的に解決されました。すなわち、権利侵害を発生させる通信そのものではない、ログイン時の通信についても開示対象とできるよう、開示請求の範囲の見直しが行われました。

 具体的には、改正法では、ログイン型サービスにおけるログイン時通信等を指す概念として「侵害関連通信」という情報類型を設け、専ら侵害関連通信に係る発信者情報(ログイン時情報)を「特定発信者情報」と新たに定義し、「特定発信者情報の開示請求権」が制度化されました。

 これにより、ログイン型サービス上における投稿により自己の権利を侵害されたとする者は、ログイン型サービスの提供事業者に対し、特定発信者情報としてログイン情報等を求めることができるようになりました。

 重要なポイントは、あくまで本改正により制定された特定発信者情報の開示請求権は、ログイン型サービスにおける特別ルールということです。

 そのため、特定発信者情報の開示請求権は、プロバイダが権利侵害投稿に付随する発信者情報を保有していない場合など、発信者を特定するために必要である場合に限り開示が認められる、という補充的な要件が付加されていることに注意が必要です。

②新たな裁判手続(非訟手続)の創設

(1)現行法での課題

 発信者情報開示請求権は裁判外でも行使できる権利です。しかし、裁判外での発信者情報の開示請求により、プロバイダ側から任意に発信者情報が開示されることは多くありません。そのため、発信者情報開示請求は一般に裁判手続を経る必要があります。

 しかし、現行法では、通常、①コンテンツプロバイダに対する発信者情報開示仮処分の申立てを行った上で、②アクセスプロバイダに対する発信者情報開示請求訴訟の提起を行うという、2段階の裁判手続を経る必要がありました。

 これは、①IPアドレス等がコンテンツプロバイダから開示されなければ、②発信者の氏名・住所を保有する当該アクセスプロバイダを特定できず、発信者に対する訴訟準備をなしえないためです。

 こうした2段階の裁判手続が求められることにより、発信者情報の開示を受けるためには多くの時間・費用を要することになります。被害者救済の観点からは、こうした負担の解消が期待されてきました。

(2)改正のポイント

 改正法では既存の発信者情報開示請求権に係る手続きに加え、新たに「発信者情報開示命令に関する裁判手続」という柔軟かつ迅速な手続きが創設されました。

 発信者情報開示命令に関する裁判手続の特色はその一体的解決性にあります。その一体的解決性を支えるのが、同制度内での活用が予定される3つの命令です。

 下図のとおり、①開示命令の申立てをした者は、同手続きの中で②提供命令と③消去禁止命令という2つの付随的処分の発令を申し立てることができます。

「発信者情報開示命令に関する裁判手続」で活用が予定される3つの命令のフロー
「発信者情報開示命令に関する裁判手続」で活用が予定される3つの命令のフロー 出典:発信者情報開示の在り方に関する研究会 最終とりまとめ p.18丨総務省

 ②提供命令とは、コンテンツプロバイダが保有する発信者情報から特定したアクセスプロバイダの名称等を申立人に提供する制度です。

 加えて、申立人が同提供命令により明らかとなったアクセスプロバイダに対しても開示命令の申立てをし、かかる申立ての事実をコンテンツプロバイダに通知したときには、提供命令の効力により、コンテンツプロバイダはアクセスプロバイダに対し、コンテンツプロバイダが保有する発信者情報を提供することが求められます。

 ③消去禁止命令とは、開示命令事件の審理中に発信者情報が消去されることを防ぐための命令で、具体的には、開示命令の申立人が、申立てにより、アクセスプロバイダに対して、アクセスプロバイダが保有する発信者情報の消去禁止を求める命令です。

 これにより、発信者情報開示命令に関する裁判手続という1つの手続きの中で発信者を特定し、より円滑な被害者の権利回復を可能とすることが期待されています。

 なお、発信者情報開示命令に関する裁判手続ですが、立法過程では、既存の手続きに代えた新たな制度として同手続きを創設することも検討されました。

 しかし、最終的な方向性としては、既存の手続きに加えた新たな制度として創設されるに至り、同手続きは主として開示要件の判断困難性が低いケースや、当事者対立性の高くないケースを中心に利用されることが期待されます。

 逆にいうと、事前にプロバイダ側から強く争うことが示されたケースなどにおいては、2段階の過程を経る既存の手続きが選択されることになる見込みです。

 それでは、改正法を受け、各企業にはどのような対応が求められるのでしょうか。コンテンツプロバイダ、アクセスプロバイダ、被害者となる一般企業の3つの視点から検討します。

 まず、最も実務上の影響を受けるのが、コンテンツプロバイダ(SNS、電子掲示板などのユーザ投稿型サービス提供者)です。具体的には、開示命令の付随的処分として提供命令が創設されたことは、コンテンツプロバイダに大きな影響を与えることが想定されます。

 つまり、提供命令が発令されることにより、コンテンツプロバイダは自身が保有する「発信者情報からアクセスプロバイダの名称等」を特定し、申立人に提供する必要が出てきます。また、申立人が同名称等に基づいてアクセスプロバイダに対する開示命令の申立をしたときには、自身が保有する発信者情報をアクセスプロバイダに提供する必要があります。

 既存のコンテンツプロバイダに対する発信者情報開示請求仮処分では、コンテンツプロバイダはIPアドレス等の発信者情報を申立人に開示するだけで足りたことと比べると、これら一連の提供命令をめぐる対応には、相応の実務上のコストが発生することが予想されます。

 これらに加え、提供するサービスがログイン型サービスであれば、侵害関連通信を特定する作業も発生します。

 アクセスプロバイダにおいては、既存の手続きであるアクセスプロバイダに対する発信者情報開示請求訴訟と比較しても、開示内容や手続きに大きな取扱いの変更はありません。

 もっとも、新たに創設された付随的処分である消去禁止命令が発令された場合には、発信者の氏名・住所といった発信者情報を消去しないように、適切に管理する必要があります。

 最後に被害者となる一般企業(従業員が被害者となった場合なども想定されます)にとっては、実務上の対応が変わるというよりは、選択肢が増えたという点が大きな影響です。

 従前は発信者情報の開示を得るのに高いハードルのあったログイン型サービスについて特定発信者情報の開示請求権の制度ができたこと、迅速に開示を求める手続きとして開示命令等の制度ができたことから、今後は従前よりも使い勝手良く発信者情報の開示を得られることが期待されます。

 2021年4月のプロバイダ責任制限法の改正による影響は、上記のとおりコンテンツプロバイダ、アクセスプロバイダ及び被害者の立場によってさまざまです。

 各企業ともに、自社にはどのような対応が必要かを事前に把握し、検討することが求められるでしょう。

 もし自社での対応が難しいとわかった場合には、インターネット関連に強い弁護士に、早めに相談することをお勧めします。