公認会計士のラーメン店主が行列店を閉めた理由①「安いニッポンの正体」
青森県八戸市で1日平均100人を超える来客のあったラーメン店「ドラゴンラーメン」が2022年10月閉店しました。経営していたのは、公認会計士。「苦しい経営を続ける経営者の気持ちを理解したい」と考えて開業すると、値上げしたくても値上げできない「安いニッポン」の正体を身をもって知ることとなりました。
青森県八戸市で1日平均100人を超える来客のあったラーメン店「ドラゴンラーメン」が2022年10月閉店しました。経営していたのは、公認会計士。「苦しい経営を続ける経営者の気持ちを理解したい」と考えて開業すると、値上げしたくても値上げできない「安いニッポン」の正体を身をもって知ることとなりました。
目次
2022年の10月いっぱいで経営していた「ドラゴンラーメン」を閉店しました。コロナ禍が本格化した2020年10月に開店してから、2年1ヵ月でした。
店があったのは青森県八戸市で、駅から近く、市役所からすぐそばの「八戸市公会堂」の中です。よさそうな立地に聞こえるかもしれませんが、実態は真逆です。これまでに入居した飲食店はほとんどが早々に閉店しました。
理由は単純で、平日、休日とも人通りがほとんどないからです。
「苦しい経営を続ける経営者の気持ちを理解したい」と考え、あえてこの立地を選びました。予想以上に経営は大変でしたが、徐々に集客できるようになり、11~14時という短い営業時間に1日平均100人を超える来客があり、1時間待ちの人気店になりました。ラーメン店としては成功の部類だと思います。
しかし、人気店に育てることができたにもかかわらず、閉店を選びました。私のキャパシティ不足という側面もありますが、原価高騰による採算悪化、人手不足も大きな理由です。
開店時はコロナ禍がこれほど続くとは考えず、遅くとも2021年中には正常化すると考えていました。振り返ると見通しが甘いと言わざるを得ませんが、2022年はこれまでに経験のない値上げが事業者を襲いました。
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食材原価、光熱費が上がっても、ラーメンの売価はほぼ据え置きました。
一部商品は10%ほど値上げしたものの、看板メニューの「濃厚煮干」と「トマニボ(煮干スープとトマトスープをあわせたオリジナル商品)」は発売時の価格から変わらず、閉店時まで780円(税込)で提供していました。
ロシアとウクライナの戦争による小麦とエネルギーの高騰、円安による各種材料や資材の値上がりなど、予想外の事態が次々に起こり、開店時の計画では採算を合わせることが難しくなりました。
2020年10月の開業時と比較すると、ドラゴンラーメンでは、植物油は40~50%、麺は30~40%、電気代とガス代は30%ほど、毎月の支払額が増えたように思います。
小規模事業者は価格交渉力がなく、弱い存在です。
ラーメン店であれば、肉や骨は精肉業者、煮干は海産物卸問屋、野菜はスーパー、麺は製麺業者から仕入れることが一般的です。どの取引も、自分より規模が大きい業者を相手にすることになります。
仕入価格が上がる際は、「来月から値上がりします」と紙一枚で通知が来て終わりです。小規模飲食店は取引のボリュームが小さく、食品卸会社から見れば重要な取引先ではありません。もし、価格交渉しようとしても、多くの場合は「どうぞ余所から買ってください」と言われてしまいます。
もちろん、それぞれの業者でも仕入れや輸送などのコストが上がっており、値上げせざるをえない事情を抱えています。ただし、店側からすると、仕入先は限られるため、値上げを受け入れる以外の選択肢はありません。
チェーンの飲食店など、仕入先より規模が大きければ、交渉力の強さは反対になります。卸業者からすれば、大きい取引先を失いたくないため、値上げに慎重になります。「余所から買います」と取引を打ち切られてしまえば、経営に響く可能性があるためです。取引規模も大きいため、小規模店に比べると取引価格も安くなります。
値上げはダイレクトに客足に響きます。飲食店の食材原価率は売価の30%が望ましいとされ、それを上回ると利益を確保することが難しくなります。
ドラゴンラーメンでも30%を目指して価格設定を行いましたが、原価が高騰を続けたため、目標値をキープすることは日に日に難しくなりました。
仕入先を変更する、コーヒーを販売して客単価を上げるなどの工夫を行いましたが、食材やガス代など、すべてのものが値上がりする状況では、焼け石に水でした。水面に漂う枯葉のような感覚で、個人の努力で採算をあわせることは無理だと、いつしか悟ることになりました。
値上げすればいいじゃないか、と考える人もいるでしょう。
皆さんがよく利用している飲食店を想像してみてください。多くの店は原価高騰が続く状況でも、大規模な値上げを行っていないはずです。仕入価格、水道光熱費は順調に上がっていますから、売上が変わらなければ、利益が減っています。それにも関わらず、値上げをしないのはどうしてでしょうか。
理由は単純で、値上げをすると来客が減るからです。
外食費は家計管理上、娯楽に近いもので、衣食住の生活必需品に比べると、不況時には真っ先に支出を減らされる項目です。私もお金がなかった学生時代は、月末になるといつも格安スーパーの見切り品で食いつなぎ、まったく外食はしませんでした。
ラーメンの価格帯は600~900円ほどが一般的で、50円の値上げでも5%以上の値上げになるため、大きく値上げしたような印象を与えてしまいます。また、近隣のライバル店が価格を据え置いていれば、自分の店に割高感が出てしまいます。消費者は価格比較に敏感で、コストパフォーマンスが悪いと感じれば、来店頻度が減ります。
コストが高くなっても価格を上げられなければどうなるかは、とてもわかりやすいものです。人件費などの固定費を削減するか、利益が減っても耐えるかの二択しかありません。
とはいえ、飲食店やホテルなど、店舗型のビジネスで固定費を削減するのは難しいです。固定費の大半は家賃と人件費になりますが、家賃は売上が減っても下がりませんし家賃交渉も簡単ではありません。
ただでさえ人手不足なのに、もともとそれほど高くない給料を下げればスタッフは辞めてしまいます。
ドラゴンラーメンは2年1ヵ月の間に20人ほどを雇用し、近隣より少し高めに給与を設定しました。それでも5人ほどは、シフトの当日に来なくなったり、音信不通になったりして、突然やめてしまい、穴埋めに苦労しました。
そのため、利益が少なくなっても耐えるしかないのが実情です。
ドラゴンラーメンは営業最終月となった2022年10月は毎日行列があり、 3時間の営業で1日平均約100人が来店しました。売上は1日平均8万円ほどで、1ヵ月の売上は約240万円(いずれも税抜)でした。
仕込みから閉店まで、食事はもちろん水を飲む一瞬の休憩もできないほどの忙しさで、来客数、売上ともに、小規模の個人飲食店ではかなり多い方ですが、食材原価が約70万円、人件費が約70万円、家賃や光熱水費、消耗品などが約40万円かかります。
私の手元に残ったのは60万円ほどです。売上に対してだいぶ少なくなった印象です。
もし、1年間同じペースで売り上げを出せるなら720万円になりますが、夏場など売上が落ちる時期もあり、集客を安定させるのはとても難しいです。
私はサラリーマンや士業経験がありますが、同じ程度の年収を得るよりも、飲食店で同じ金額を稼ぐ方が、圧倒的に難しく、肉体的に大変で、精神的に疲れると感じました。誤解を恐れずに言えば、つまり、「割に合わない」という一言になります。
「安いニッポン」という言葉を耳にする機会が増えています。
円安で割安感が強くなった日本全体のサービスを指す言葉です。実際、消費者として飲食店やホテルを利用すると、あまりに安い価格で驚くことがあります。
一食500円のラーメンや定食、一泊3000円台のホテルなど、値段は安いながらも十分なサービスを受けられる店を探すのは、どの地域でもそれほど難しくありません。家賃の高い首都圏であっても、安い店を探すことは簡単です。
「日本のサービス業はレベルが高い」と言われますが、私が見た「安いニッポン」の正体は、値上げができない環境で、経営者と現場スタッフが十分な収入を得られず、耐えている姿です。
このままでは、サービス業を始める人も、スタッフとして働く人も減っていくでしょう。
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