職人気質の父に頼み込み事業承継 三益酒店3姉妹が磨く専門店の魅力
地酒専門店として名高い「三益酒店」(東京都北区)を切り盛りするのは、3代目の東海林美保さん(38)です。職人気質が強い父から厳しい言葉をもらうことも多く、事業承継をなかなか認めてもらえませんでした。それでも日本酒バーの運営やSNSで顧客層を広げるなど後継ぎとしての説得力を高め、2016年に3代目に就任。店の隣に飲食スペースをつくるなど、2人の妹と一緒に専門店の魅力を磨きます。
地酒専門店として名高い「三益酒店」(東京都北区)を切り盛りするのは、3代目の東海林美保さん(38)です。職人気質が強い父から厳しい言葉をもらうことも多く、事業承継をなかなか認めてもらえませんでした。それでも日本酒バーの運営やSNSで顧客層を広げるなど後継ぎとしての説得力を高め、2016年に3代目に就任。店の隣に飲食スペースをつくるなど、2人の妹と一緒に専門店の魅力を磨きます。
JR赤羽駅から西へ歩いて20分ほど。団地に囲まれた住宅街のなかに、3姉妹が切り盛りする老舗酒屋「三益酒店」があります。
三益酒店は1948年に創業。全国から集めた500種類以上の地酒を専門に扱っています。陳列棚には「変態酒」と呼ばれる山形のお酒や「ごぼうビール」といった珍しいお酒が陳列棚に並んでいます。
店内には美保さんと次女の由美さん(36、現姓・佐藤)と2人で開いた角打(かくう)ちスペース「三益の隣」も備え、最大で25人ほどが収容ができます。水曜から日曜まで営業しており、三女で料理長の美香さん(28)による手料理が地酒とともに振る舞われ、お客さんと従業員との会話が弾みます。
美保さんは6年前、2代目の父・孝生さんから店を受け継ぎました。
孝生さんはやり手の経営者でした。2003年の酒販免許の完全自由化でスーパーやコンビニで格安のお酒が売られるようになり、多くの酒屋が経営不振に陥るなか、地酒専門店として独自路線を確立し売り上げを増やしました。
それゆえ「事業承継は一筋縄ではいかなかった」と美保さんは打ち明けます。
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美保さんは東京都内の女子大を卒業後、大阪の会社に入社しました。しかし、新卒3年目に差しかかるころ、妹の由美さんから泣きながら毎晩相談の電話がかかってきたといいます。
「お父さんと2人だともう難しい。このままだといいお酒がある酒屋を続けていけない」
由美さんは料理専門学校を卒業してすぐ家業に入りました。しかし、2年が経つころ、由美さんは父との関係に限界を感じたのです。それをきっかけに、美保さんは家業を手伝うことを考え始めました。
さらに父と店を切り盛りしてきた母博子さんが体調を崩し、10年に家業に入ることにしました。
「これからは自分でお金を稼いでいかなければならない、という自覚が芽生えました。二人三脚で酒屋を経営してきた母の代わりに私が父と向き合い、一緒に事業を進めようと決心しました」
美保さんは、地酒専門店としての地位を築いた孝生さんについて「職人気質で個性的。こだわりが強いからこそ、酒屋さんがどんどんつぶれるなかでコアなファンを獲得でき、酒屋をここまで守ることができた」と言います。
その一方、家業に入ってからは課題も感じていました。
「おいしいお酒が店にあるのはわかっていましたが、店の状態は悪く、壁に穴が何個も空いていたり、雨の日は雨漏りがしたりしていました。気に食わないお客さんがいれば絶対に酒を売らず、怒って店から追い出すようなこともありました」
由美さんからは「これまでかわいかった娘が急にあれこれ口出しをしてくるようになり、父も日に日に機嫌が悪くなってきた」と聞いていました。
店の改装や接客態度について意見したものの、「文句を言うなら出ていけよ、と一蹴されました」といいます。
美保さんまでも涙を流す日々。「けれども泣いてばかりではダメだ」と、自分たちのやり方でお客さんを見つけ、孝生さんへの説得力を高めようと考えました。
しかし積極的に店に立って接客するものの、お酒に関する知識はお客さんのほうが上で、「空振りし続けた」と振り返ります。
美保さんは当時、「家のお手伝いをしてえらいね」と言われるのが嫌だったといいます。
孝生さんからは「自分たちの場所は自分らで見つけなさい」と言われました。「父のためにくるお客さんは私たちのお客さんではありません。ならば、私たちのカラーを出していこうと」
09年、美保さんは知人のつてで赤羽駅近くの店舗を借り、由美さんと2人で金曜限定の日本酒のバーを開きました。
「当時はお金もなく、一升瓶2本を自転車の荷台に載せて2キロの道のりをこいで向かっていました。ビラを自作してポスティングや飛び込み営業、SNSやブログによる情報発信などにも力を入れました」
この日本酒バーが現在、酒屋の隣にある角打ち「三益の隣」の原点になっています。
美保さんと由美さんは13年に「唎酒師(ききさけし)」の資格を取得しました。この酒にはこのつまみが合う、といったウンチクなどをブログやSNSでこまめに発信するうちに「赤羽で姉妹が頑張っている」と人気に。次第に酒屋にもその声が届くようになりました。
「孝生さん(父)、今日娘さんはいないの?」と、姉妹のことを口にするお客さんが来るようになりました。
「それでも父は事業承継を受け入れませんでした」と美保さんは振り返ります。
「決して悪い父ではありません。バイヤーとしてお酒の目利きはピカイチだし、何よりお酒への探究心が強く、お酒のためにフラッと地方へ行ったりするほど。その能力でここまで店を築き上げてきました。だから私たちにもそのノウハウをちゃんと教えてほしかったし、元気なうちに事業承継をしてもらいたかったのです」
ただ、孝生さんは「若いし、俺以外が経営したらこの店が潰れる」という思いから、提案を断ったといいます。時には厳しい言葉を言われたこともありました。
「でも、めげずに父と交渉し続けました。ただ、最後の手段として、母に頼み込んで説得してもらいました。長年、財務面の責任者として経営をサポートし続けており、父にとって右腕の存在だったからです。母のおかげで、銀行や税理士さんとのコミュニケーションもうまくいっていました」
そろそろ認めてもいいんじゃないのーー。
博子さんがある晩、孝生さんにそう提案したところ、「いいよ」と二つ返事で事業承継を快諾してくれたといいます。
美保さんは16年、すぐに不動産登記や酒販免許に関わる事業承継の手続きを進めたといいます。3代目になったことで「この家業を守るという覚悟がより深まりました」といいます。
孝生さんはいま、あまり店に立つことはなく、仕入れ先の開拓や酒蔵との契約など裏方に回っています。その分、仕入れた酒がもっと売れるよう、美保さん姉妹が繁華街などで売り先の開拓を担当しています。
父が現役のときは売り先が少なく、母が銀行を駆け回る生活だったといいます。「今ではそのような問題はありません。バランスを保った経営ができています」
三益酒店は駅から徒歩20分。立地は決していいとは言えません。
「そんななかでも来てくれる人は、三益酒店そのものと地酒が好きなんです。お客様同士が交流できる場所があるといいなと思いました。だからこそ、色々な蔵元さんと知り合って仲良くしなければと感じたのです」
「頑固な蔵元さんもいましたが、酒蔵の人の顔や名前は徹底的に覚え、『若いのに色んなこと知っていて頑張っているね』と認めてもらえるように奔走しています」
18年、由美さんのアイデアでオープンしたのが、角打ちスペースの「三益の隣」です。その名の通り、物置になっていた隣の部屋を改装したものでした。
翌19年には東京の有名ホテルで料理人をしていた末っ子の美香さんも、実家に戻りました。美香さんは角打ちの責任者兼料理人として盛り上げ、ブログやSNS更新も任されています。
美香さんは「その日出すお酒の背景を伝えるのはもちろん、日に日に料理も出すお酒に合うよう、変えてます。また隣同士が仲良くなれるように話しかけるなどバーのような役割もあるかな(笑)」といいます。
美保さんたちだけでなく、由美さんの夫も会計や営業などで三益酒店を支え、まさに家族経営でもり立てています。
美保さんは「益」の字を三つ重ねたロゴマークを作り、そのロゴが入ったのれんやユニホーム、シールも作りました。店を受け継いでから、今では売上高も130%伸びたといいます。
新型コロナウイルスが感染拡大した21年には、月額制サービス「三益倶楽部」を立ち上げ、売り上げを伸ばしました。毎月3千円(税別、送料別)を払えば、月1回、日本酒4合瓶とそれにあったおつまみを届けるサービスです。今では100人以上の会員を抱えています。
「まだ知られていない全国のお酒を広めることをテーマに、私たちが責任を持って地酒をチョイスしています」
21年9月にはJR赤羽駅構内で催事出店をしました。また、店全体の改装に充てるためクラウドファンディングを行い、430万円超を調達。雨漏りや壁の穴などを補修し、21年10月にリニューアルオープンしました。
同店では地域への恩返しのため、子ども食堂「きりっこ食堂」も運営し、5年目を迎えています。
3姉妹のアイデアが評判を呼び、フジテレビ系「セブンルール」のほか全国ネットのテレビ番組で紹介されるなど、三益酒店の名は地域外にも広がっています。
「姉妹が頑張っている酒屋として、ようやく定着したと思います。これからも地域に愛されつつ、酒好きが集まる酒屋になれるようコツコツ頑張ります」
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