Iターンした先輩を「看板社員」に 農業法人2代目が見せた気遣い
山形県庄内町の農業生産法人「米(ベイ)シスト庄内」2代目・佐藤優人さん(33)は、学生時代の先輩である國本琢也さん(36)を「相棒」として招き入れました。農業にも山形にも縁が無くIターンした先輩は今、商品開発の中核もPR役も担う「看板社員」になっています。そこにたどりつくまでには、國本さんの努力に加え、佐藤さんの後継ぎとしての気遣いがありました。
山形県庄内町の農業生産法人「米(ベイ)シスト庄内」2代目・佐藤優人さん(33)は、学生時代の先輩である國本琢也さん(36)を「相棒」として招き入れました。農業にも山形にも縁が無くIターンした先輩は今、商品開発の中核もPR役も担う「看板社員」になっています。そこにたどりつくまでには、國本さんの努力に加え、佐藤さんの後継ぎとしての気遣いがありました。
米シスト庄内は稲作事業を主力とし、90年代から米の独自流通に取り組む農業生産法人のパイオニアです。しかし、2011年の東日本大震災の原発事故にともなう風評被害で、好調だった輸出米の売り上げが大打撃を受けます。後継者で、当時入社したばかりの佐藤さんがリーダーとなり、米粉を原料とする新商品の開発を始めました。
翌12年には、米粉のみで作ったかりんとう「かりんと百米(ひゃくべい)」が誕生。グルテンフリーのため小麦アレルギーでも食べられるのが強みで、現在、米シスト庄内の年間売り上げの15%(OEMを含む)を担う柱に成長しました。かりんとうの開発を支えたのが、佐藤さんの「相棒」である國本さんでした。
佐藤さんと國本さんは学生時代同じサークルに所属。國本さんが1学年上の先輩にあたります。2人には音楽好きという共通点があり、一緒にライブに行くなど、学生時代から多くの時間を共有してきた間柄でした。
佐藤さんは「家業が危機という知らせを受けてUターンを決意したのは、大学を中退しながらも東京暮らしを続けていた時期です。一方、米シスト庄内は大手メディアに連日登場するなど、業界内でも目立っていました。後継者を担うには、かなり努力する必要があると感じていました」と振り返ります。
そこで「精神的連帯が欠かせない業種だから、気心の知れた学生時代の先輩を家業に誘いました」と言います。
國本さんは米シスト庄内に入社するまで農業は未経験。山形県には佐藤さんを除いて知人は一切いません。後輩から誘われたとき、國本さんに不安や迷いはなかったのでしょうか。
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「学生時代から大胆不敵だった佐藤さんには、後輩ながら『タダ者ではない』という印象を抱いていました。だから、誘われたときにはただただうれしかったですね。何も考えず直感で承諾しました。誘われたときは大学5年生だったので、大学を中退する必要がありましたが、在学年数の限度まで学生を続けても卒業が困難な単位取得状況でした」
しかし國本さんは入社後、現実の厳しさに直面します。運転免許を持っておらず、地域での行動範囲が限られていたのです。急いで教習所に通って免許を取得したものの、新車購入の2カ月後、不慣れな運転で車ごと用水路に落ちてしまいます。
國本さんは無事でしたが初めての自家用車は廃車となり、かなり落ち込みました。
また、國本さんはお酒の席が大好きでしたが、佐藤さんは体質的にアルコールが苦手。國本さんは飲み仲間に恵まれずストレス発散に苦労しました。
「ちょっと考えれば事前に想像できる苦労ばかりです。人生の決断に勢いはある程度必要だと思いますが、全くのノープランで突撃したことは反省しています」と語ります。
それでも國本さんがくじけずに仕事を続けられたのは、佐藤さんの配慮があってこそでした。
佐藤さんは國本さんが山形暮らしに慣れるまでの間、同じアパートの一室で生活を共にしたのです。「一緒に飲み歩くことはできなかったのですが、國本さん寄り添って心細さを感じさせないように気をもみました」
さらに佐藤さんの古くからの友人の中で、気の合いそうな人を國本さんに紹介。それを頼りに國本さんは新天地で交友関係を広げていきました。
そうした配慮が実を結んで國本さんは土地になじみ、2年目からは一人暮らしも始めました。佐藤さんは「國本さんが私の全く知らない飲み仲間を作り始め、『大丈夫だな』という手応えを得られました」
初めての農業に悪戦苦闘する國本さんにとって、佐藤さんは職場でも心強い存在でした。最初は農業用語が分からないうえに年配のベテラン社員はなまりが強く、現場の指示をスムーズに理解できなかったといいます。
要領を得ない仕事ぶりにはベテラン社員から厳しい声がかかることもしばしばでしたが、佐藤さんは國本さんに分かるように「翻訳係」を務めました。國本さんは「(佐藤さんの)翻訳なしでは叱られている内容すら理解できず、延々と苦しんでいたでしょう」と語ります。
佐藤さんのサポートもあって國本さんは、農業の担い手の一人として成長することができたというわけです。
佐藤さんは22年、水稲に特化した栽培管理アプリ「RiceLog」をリリースしました。國本さんが苦労したことがアプリ開発にも生かされたといいます。
「國本さんが不慣れな土地で未経験の農業に挑戦する大変さを、まざまざと見せつけられました。しかし、米の産地で進んでいる過疎化の現状を踏まえると、國本さんのようなIターンの若者は今後の重要な担い手です。國本さんの苦労を未来の担い手に背負わせたくない、という思いがアプリ開発につながりました」
現在、流通加工部の部長を務める國本さんは、12年に開発した米粉製かりんとう「かりんと百米」で中心的な役割を果たします。その功績の一つが、かりんとうの製造方法の確立でした。
佐藤さんから米粉製かりんとうの構想を託された國本さんは、インターネットで見つけたレシピをたたき台に試作にとりかかりました。國本さんは学生時代から映像制作などで創造性を発揮していたことから、後継ぎの佐藤さんは未経験の商品開発でも試行錯誤でゴールにたどり着けると見込みました。
当初は「かりんとうのレシピで使われている小麦粉を、米粉に置き換えればすぐに完成するだろう」と楽観的に構えていました。ところが、かりんとうを作るために米粉の生地を油で揚げようとすれば、素材の特性上、激しく破裂する現象に悩まされました。
國本さんは「650パターンを試した末、破裂しない製法を確立しました。これは当社秘伝の配合です」と語ります。
続いて國本さんは量産体制づくりにも着手しました。生産設備についてはあまり詳しくありませんでしたが、加工食品事業の経験を持つ社員からアドバイスを受けながら、加工施設を整備しました。
製造現場を担う國本さんを、佐藤さんは日頃の営業活動で培った人脈を生かしてサポートします。設備・原料・資材などの調達先を紹介したほか、ブランディングやパッケージングをプロデュースしていきました。
國本さんが商品作り、佐藤さんがビジネスの組み立てという役割分担ができあがりました。お互いに初めての取り組みが多いなか、時間がかかる地味な作業をこつこつと完遂する國本さんは、佐藤さんにとって信頼できる相棒だったというわけです。
発売後は販路開拓を佐藤さん、生産管理を國本さんが担当。勝負をかけたイベントでは連係プレーの強みが発揮されました。
國本さんは「1週間にわたる名古屋の百貨店の催事に出展するため、短期賃貸マンションを借りて寝起きを共にしました。米沢牛やさくらんぼなどの名産にはインパクトで負けてしまうため、思うように売れず苦労しましたね。催事の期間中は日夜、作戦会議を重ねました」と振り返ります。
國本さんは米粉製かりんとうの生産管理だけでなく、米の検査工程や稲作の効率化に欠かせない農業用ドローンの操縦など、資格が必要な業務を兼任しています。
また、コミュニティーFMやFM山形のラジオ番組でパーソナリティーを務め、会社のPRに一役買っています。
國本さんは出演の経緯について次のように語ります。
「結婚式などのイベントでMCを買って出ているうちに、知り合い経由でコミュニティFMのパーソナリティーに誘われました。番組では(庄内町に隣接する)酒田市の日常を面白おかしくしゃべっています。FM山形の出演は2022年から始まりましたが、音楽が中心の番組なので面白さが凝縮されたトークをできるように頑張っています」
「相棒」として支えてきた立場から、後継者の佐藤さんについてどのように思っているのでしょうか。
「損得を計算せずに付き合える点が、一緒に仕事していて心地良いです。仕事でもやもやしても、共感し合える関係性があるから決定的な仲たがいにはなりません。何もかもさらけ出して付き合ってきた仲だから、わざわざ語らない本音までわかり合えている感覚があり、仕事がスムーズです」
佐藤さんは國本さんと二人三脚で新規事業を築いてきました。友人関係をベースにした職場の「相棒」には、他の関係性からは得がたいメリットがあるといいます。
「新規事業には想定外の事態が付きもの。そのため、できる人が積極的に処理といった柔軟なチームプレーが理想だと思います。野球でいえばショートとセカンドのような関係性です。國本さんには安心して預けることができました」
ただ、友人と仕事をするうえでメリハリの重要性を佐藤さんは感じてきたそうです。友人を「相棒」として家業に誘うかどうか迷っている後継ぎには、次のようなアドバイスを送ります。
「お互いに『友だちだから大目に見る』という甘えがあるとうまくいかないと思います。例えば、言わなくても察してくれという思いは甘えから生じる過剰な期待です。友だちだからと我慢していたことが度重なると、『友人だからなに?』という気持ちに変わるので注意してください」
「感覚的な話になりますが、友人と仕事をするなら『こっちは頑張るから、あなたも頑張ってね』というくらいが適度な距離感ではないでしょうか」
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