目次

  1. 技術経営(MOT)とは
    1. MBAとの違い
  2. 技術経営を導入して得られる効果とメリット
    1. 経営方針が明確化できる
    2. 自社技術の向上により収益が最大化できる
    3. 研究開発力の向上によって新規事業の創出ができる
  3. 技術経営を自社に導入する方法とポイント
    1. 自社のコア・コンピタンスを明確にする
    2. 経営方針に落とし込む
    3. 中核人材を選定する
    4. 組織を再構築する
    5. 経営計画に反映させて定期的にフィードバックする
  4. 技術経営を導入した企業の事例
    1. 株式会社小松精機工作所
    2. 星野楽器株式会社
    3. オリエンタル技研工業株式会社
  5. 自社の技術経営の核となるコア・コンピタンスを明確にしよう

 技術経営とは、自社の研究開発力や生産力をベースにして、新しい製品・サービスを生み出しながら持続的な発展を目指す経営方法を指します。「MOT:Management of Technology」を日本語に訳した言葉です(参照:1. 技術経営とは①|経済産業省)。

 自社の強みである技術力を活かしてビジョンを達成するための経営手法であり、経営方針はもちろん経営計画にまで直接関わります。また、人材の育成方針や、自社が守るべき知的財産などを明確化するということにもつながります。

 市場のグローバル化やデジタル技術の急激な進化などもあって、既存技術によって作られた製品やサービスが時代遅れとなるケースも珍しくありません。そのため、市場の変化に迅速に対応するための手段として技術経営が注目されています。

 「MBA:Master of Business Administration」とは、組織マネジメントやアカウンティング、マーケティングなど経営についての専門的な知識を習得できる学位のことです。日本語では、経営学修士という意味です。

 MBAはあくまで学位の1つであり、MBAを取得したからといって自社にとって最適な経営方針などが明確になるわけではなく、経営に対して直接的に好影響をもたらすわけでもありません。

 ただ、MOTについても産学連携で育成プログラムを組んでいる大学などもあり、例えば、立命館大学MOT大学院や、大阪大学大学院工学研究科のビジネスエンジニアリング専攻のように、MOT人材の育成も注目されています。

 技術経営を自社に導入することによって、大きく3つのメリットがあります。

 技術経営のベースは、あくまで自社の技術力を活用することです。そのため、注力すべき製品・サービスが明確化でき、変化が激しいなかでも自社が目指すべき方向性を示す経営方針が定まるでしょう。それにより、収益を追い求めるがあまりに戦略なき多角化経営を行ってしまう、といったリスクを減らすこともできます。

 技術経営を導入する場合、まずは既存技術のなかから他社にはない強みを見つけることになります。核となる既存技術が明確になって技術力が向上すれば、生産性も高まって収益性も改善できるでしょう。

 また、関連技術の新規導入などに取り組むことで技術革新にもつながる可能性があり、収益の最大化も不可能ではありません。

 技術経営を行う大きな目的の1つが、将来的に起こる市場や技術の変化に対応する技術力を確保するという点です。そのためには、核となる技術の発展や他の技術との融合などによって、新しい製品・サービスを生み出すための研究開発活動を行うことも欠かせません。

 ニーズを満たすだけでなく、シーズ(企業独自の技術力やノウハウ)を生むための研究・技術開発への投資効率を最大化することで、新規事業の創出も可能となるでしょう。

 なお、継続的に特許出願を行って参入障壁を高めるのはもちろん、秘匿すべき技術についてはあえて特許化せず、ブラックボックス化することも重要です。

 技術経営を自社に導入して実践していくためには、以下のようなポイントに着目する必要があります。

 まずは、自社の「コア・コンピタンス」をはっきりさせることが大切です。コア・コンピタンスとは、他社に模倣されにくい自社独自の強みという意味を持つ言葉のことです。

 技術経営を導入するには、自社の技術的な強みを明確にして軸を決めることが欠かせません。そのため、自社の製品・サービスの競合にはない独自性の抽出、保有する知的財産およびブラックボックス化して開示していない技術などの知的財産権マネジメントが不可欠です。

 経営戦略策定の基本的なフレームワークである「SWOT分析」や「VRIO分析」などを行いながら、コア・コンピタンスを絞り込んでいきましょう。

 SWOT分析とは、自社(内部環境)の「Strength:強み」「Weakness:弱み」と、自社を取り巻く外部環境の「Opportunity:機会」「Threat:脅威」を抽出して現状を把握し、事業機会を導き出すフレームワークのことです。

 SWOT分析の各要素は、下表のように構成されています。

プラス要因 マイナス要因
内部環境 Strength
自社の強みや得意なこと
など
Weakness
自社の弱みや苦手なこと
など
外部環境 Opportunity
市場・社会の変化で
自社にプラスになるもの
Threat
市場・社会の変化で
自社にマイナスになるもの

 例えば、商品に「強み」があって需要も旺盛という「機会」があれば、積極的に市場を開拓する積極化戦略を選択したり、「強み」はあっても競合が多いなどの「脅威」があれば、差別化戦略を選択したりするといった基本的な戦略策定の構築に役立ちます。

 また、VRIO分析とは自社の商品・サービスなどを含めた経営資源の「Value:価値」「Rarity:希少性」 「Imitability:模倣困難性」「Organization:組織」について、競合他社に対する優位性の判断を行うフレームワークのことです。将来にわたって持続的な競争優位性を築くためには、コア・コンピタンスにつながる「希少性」「模倣困難性」が特に重要な要素となります。

 VRIO分析の項目で自社の優位性を評価する方法をまとめると、下表のようになります。

Value Rarity Imitability Organization 強みと弱みの判断
NO - - NO 弱み
YES YES - YES or NO 強み
YES YES NO YES or NO 一時的な競争優位
YES YES YES YES 持続的な競争優位

 自社の核となる技術を通して、どのようにビジョンを達成していくのかを明確化したら、経営方針に反映させる必要があります。技術経営を行うならば、役員や管理職などのマネジメント層だけでなく社員にまでその方向性を示さなければ、全社員が一丸となって取り組むことはできません。

 経営理念やビジョンといった上位概念の変更まで行うと、混乱を生んでしまう恐れがあるため、まずは経営方針への落とし込みを検討しましょう。もちろん、ビジョンの見直しが必要と判断するならば、この段階で変更しておかなければいけません。

 自社において核となる技術が明確になって注力する事業が決まったら、その技術や事業に精通している人材のなかから中核人材を選びましょう。実質的な技術経営のキーマンになるため、技術に関する経験や知識だけでなく、リーダーシップなどの適性の見極めが必要です。

 中核人材を中心としてプロジェクトチームを作り、必要ならば組織の再編も行いましょう。既存の社員のみでは技術革新にまで結びつかない恐れもあるため、中途採用による人材確保はもちろん、自社で補いきれない技術については、外注の利用や他社との協業(アライアンス)も検討します。

 継続的な技術力の成長はもちろん、外注や協業先、特定社員による技術のブラックボックス化を防ぐためにも、社内人材の育成も考慮した組織構成にしておくとなおよいでしょう。

 技術経営について経営方針に反映させた後は、実際に中期・長期経営計画を作成し、具体的な目標値の設定や行動計画にまで落とし込みます。

 中期経営計画の目標達成状況はもちろん、場合によっては短期経営計画というさらに短いサイクルで結果を振り返って課題を抽出し、適宜フィードバックして計画を見直してください。

 技術経営の導入を検討する企業は増加傾向にあり、すでに導入を果たしている企業もあります。ここでは、中小公庫レポートに記載されている事例から3つ紹介します。

 株式会社小松精機工作所は、自社のコア技術である時計部品の製造技術をベースにして、自動車や情報機器などの業界にも進出を果たしました。

 同社の強みは超精密加工技術であり、孔径精度がプラスマイナス0.15μmを要求されるオリフィスプレートの加工技術で、ものづくり日本大賞優秀賞も獲得しています。自社のコア技術を核として新規業界に進出し、技術の応用範囲が広がったことで収益を拡大させています(参照:中小企業の技術経営(MOT)と人材育成 p.74|日本政策金融公庫)。

 星野楽器株式会社は、アナログ楽器業界を自社のコアマーケットに据えて、楽器を作る技術力ではなく「企画力」や「デザイン力」などをコア技術として、技術経営を行っています。

 楽器の製造自体は海外で行っていますが、アナログ楽器というマーケットに集中することで自社のブランド力を維持し、競合優位性を築いています(参照:中小企業の技術経営(MOT)と人材育成 p.84|日本政策金融公庫)。

 オリエンタル技研工業株式会社は、もともと研究・実験用設備機器の製造会社でしたが、ラボ設計のコンサルタントとして海外企業などとの提携というアライアンス戦略によって、グローバルスタンダード化に成功しました。

 研究用設備製造では大手企業の技術力には勝てないと判断し、これまで培ったコア技術の深化ではなく、ラボ導入やリフォームのコンサルタント事業に方向性を見出した事例です(参照:中小企業の技術経営(MOT)と人材育成p.90|日本政策金融公庫)。

 技術経営とは、自社のコア技術を活かして次世代につながるような事業を創出して、戦略的なイノベーションを行う経営方法です。

 技術経営を行う際には、自社独自の強みとなる技術を明確にする必要がありますが、競合に対して絶対的な優位性のある技術があるとは限りません。しかし、事例にもあったようにマーケットを限定したり、単純な技術力の向上ではなく事業の方向性を変えて協業したりするなど、さまざまなアプローチがあります。

 まずは、自社の製品・サービスの分析はもちろん、競合分析を行い、コア・コンピタンスを明確にすることから始めましょう。