低迷脱出へ「引き算」の発想 モーブル2代目が生んだ「ごろ寝ソファ」
家具の産地として有名な福岡県大川市にあるモーブルは、ソファやマットレス、テレビキャビネットなどの製造を手がける新興メーカーです。2代目の坂田道亮さん(47)は売り上げ低迷期の2011年に社長就任。ライバルを意識しすぎて過剰だった機能やサービスを「引き算」して生産性を高めながら、脚を伸ばしてくつろげる「ごろ寝ソファ」などの家具を独自開発し、経営を上向かせました。
家具の産地として有名な福岡県大川市にあるモーブルは、ソファやマットレス、テレビキャビネットなどの製造を手がける新興メーカーです。2代目の坂田道亮さん(47)は売り上げ低迷期の2011年に社長就任。ライバルを意識しすぎて過剰だった機能やサービスを「引き算」して生産性を高めながら、脚を伸ばしてくつろげる「ごろ寝ソファ」などの家具を独自開発し、経営を上向かせました。
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モーブルは1986年、坂田さんの父重行さん(現会長)が、木工業を営んでいた祖父の会社から分離独立する形で創業しました。地元の協同組合に加盟する百数社ほどの企業のなかで、もっとも後発でした。
今ではソファやリビングボードなどのオリジナル家具ブランド「モーブル」や、特許技術で製造した高反発素材・ライトウェーブを使った、マットレスブランド「リテリー」を展開。60シリーズを持ち、大手家具店でも扱われています。年商は15億円で、従業員65人(2022年8月現在)を抱えています。
創業したのは坂田さんが中学1年生のころでした。高校から地元を離れたため、家業に触れることはほとんどなかったものの、木工に向き合う祖父の姿には幼少時から親しみを感じていたそうです。
大学時代にバックパッカーとしてアジアを周遊していた坂田さん。旅行会社への就職を希望しましたが、直前に会社の風土と合わないと感じて断念。「真剣に就職活動をしなかったのは、いつか家業を継ぐと思っていたからかも」と振り返ります。
それまで父から承継を促されることはほとんどありませんでした。坂田さんは大学卒業後の1997年にモーブルに入社しましたが、父からは「だめだったら3年で辞めてもいいし、新たに事業を起こしてもいい」と言われたそうです。
坂田さんは入社後、自社商品がどのように作られているのかを習得するため、まず工場に配属されました。しかし「社長の息子だからか、警戒されていると感じました」と振り返ります。
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「今だから言うと、割と嫌われているなというのが実感でした(笑)。息子だからできて当たり前、という感じで見られていたのかもしれません」
同社の製造工程は機械化が進み、職人技に頼る仕組みではありませんでしたが、それでもさまざまな家具の製造の流れや仕組みを身につける必要がありました。
将来後継者になることを考えれば、従業員とのコミュニケーションを培うのは大切でした。大先輩の思わぬ反応に、「悔しいときもありましたけど、その気持ちは見せずにやってきました。結果を出さない限りは認めてはもらえない。自分の能力と自信をつけなければと感じていました」と言います。
工場で1年半修業を積んだ後、事務を1年半経験し、社長の父から決算書などの見方などをつきっきりで教わりました。
生産数と売り上げ、利益の予測値を肌感覚で身につけ、実際の数字を照らし合わせながら、違和感があれば原因を探る。そうした経営者としての対処方法も身につけました。
もともとは数字に弱かったという坂田さん。この時代の経験が現在の経営者としてのベースになっているといいます。
その後、6~7年間営業に奔走。顧客とじかにふれ合うなかで、当時の坂田さんに見えてきたのは、モーブルは高いデザイン性などの商品力と営業力のバランスが優れた会社であるということでした。
「営業がいくらがんばっても商品力がなければ売れない。トータルバランスが優れていて、他社からもうらやましがられるほどでした」
一方、社内の組織運営が「時代に合っていない」と感じることもあったといいます。
「たとえば、工程が遅れたときは休日に出てきて作業していました。営業担当も数字が足りなければ、日曜日に出てきて数字を何とか上げることもしていました。自分もそのうちの一人でしたが、何か違うなと。昔はそれで売れていたのでそこまで違和感を感じませんでしたが、仕事ってこんなものかと疑問に感じていました」
2000年代に入り、テレビはブラウン管から薄型テレビへの移行が本格化。モーブルも同じころに薄型テレビ専用のキャビネットを製造し、飛ぶように売れる時代を迎えていました。
しかしその特需も、家電エコポイント制度や地上デジタル放送化に伴う買い替え需要があった10年をピークに縮小。モーブルの売り上げも激減し始めたのです。
坂田さんは11年秋に社長を引き継ぎましたが、売り上げが20%ほど落ちたといいます。
「会社は過去にそこまでの売り上げ減を経験したことはありませんでした。エコポイント事業の終了はわかっていたのに、対処してこなかった自分が悪いと悟りました。就任して最初の年はほぼ眠れませんでしたね」
売り上げの低迷は4、5年続きました。その間は内部改革を進めながら、収益を少しでも上げる対策をとりました。
その一つが商品企画です。坂田さんには前々から課題と感じていたことがありました。
「デザインは当時からの売りではありましたが、カラーバリエーションが多かったり、商品に実際はあまり使わない過剰な機能やサービスがあったりしました。私から見れば、作り手も売り手もそこに時間をかけ過ぎているように見えたのです」
消費者のかゆいところに手が届くのはもちろんいいことです。けれど、当時は「かゆくないところもかゆいと見えてしまう。そんな商品展開だったと思いました」と振り返ります。
他社が10万円なら8万円で販売するというように、坂田さんの目にはライバルメーカーを意識し過ぎているように映りました。
「機能性もサービスも引き算をしながら、生産性をあげようと思いました。加えて他社と競合しない商品やサービスを意識するようになりました」
とはいえ商品を急にがらりと変えることはできません。少しずつ時間をかけて、商品のラインアップを変更していきました。そのことで1人あたりの生産力も高まり、残業時間も減りました。結果的に売り上げも上がっていきました。
そういった状況でも、テレビ台を作り続けようという雰囲気があったといいます。ただ、それでは過当競争になることは目に見えています。坂田さんは思い切って新しい商品に取り組むことを決断しました。
取引銀行に相談しながら、自らも探すなどして出会ったのが、立体網状のマットレスコア材です。その素材の特許を持つ企業と国内唯一の正規ライセンス契約を締結。モーブル独自の技術を加えて高反発素材の「ライトウェーブ」を開発しました。
ライトウェーブはポリエチレンを網状に立体成形したもので、通気性と保湿性が高く、何より体が沈みこまないため、スムーズな寝返りができるのが特色です。
マットレスにはこれまでとは違うビジネス上のメリットもありました。「寝具はインテリアの中で唯一、1人1枚持っているものです。テレビキャビネットはなかなか買い替えませんが、マットレスはインテリアのなかでは商品サイクルが一番早いという強みがありました」
とはいえ、まったくの新規事業には不安や心配があったといいます。
「前社長時代に稼いだお金を使うわけですから、かなりプレッシャーはありました。でも深く考えて動けないのも嫌でした。現状が続けば事業を縮小しないといけない、しかし現場のモチベーションを下げてはいけないという危機感が決断をさせたのだと思います。『家業は継いでも事業は継ぐな』という言葉が常に頭にありました」
ライトウェーブを使ったマットレス「リテリー」は13年に完成します。しかし、期待に反して最初の数年は鳴かず飛ばずでした。「甘かったですね。そのあいだは、OEMを受注するなどして経営をつないでいました」
ようやく潮目が変わったのは18年ごろでした。売り上げが低迷していたテレビ台やカップボードから、ソファなど脚物とよばれる製品への転換を考え始めていたとき、ソファとライトウェーブとの組み合わせを思いついたのです。
ソファに使用するクッション材の試作を始め、生まれたのがライトウェーブをクッション材に使ったソファ「ドロシー」です。
通称「ごろ寝ソファ」は一般的なものと違い簡単に座面を引き出せて、脚を伸ばして座れるのが特徴になります。簡単に座面を縮めることもできて来客時にはコンパクトなソファに早変わりします。
「ごろ寝ソファ」はシリーズ売り上げ1万5千台の大ヒットとなりました。こうした事業が奏功し、毎年少しずつ売り上げは増加していったといいます。
坂田さんは2年ほど前、会社の体制にも手を入れました。営業と工場、企画開発、新規業態の4部門と、坂田さんがダイレクトにつながるフラットな組織体制に変更。中間にあった専務や常務という役職を無くしたのです。
各部門にトップを据え、その部門を任せることで坂田さんの考えも伝わりやすく、4部門が連携して仕事を進めるなど効果が表れています。社内の根回しなどの必要がなくなり、効率化が進んでいます。
モーブルは非食用米を活用したバイオマスプラスチック「RICEWAVE(ライスウェーブ)」の開発も進め、22年6⽉にポータブルクッションを発売。今後はマットレスやソファなどへの活⽤を予定するなど、脱炭素社会を見据えた商品開発も進めています。
「今までにない新たな市場が生まれる商品を目指しています。テーブルもソファも、まだ人が気づいていないような快適なものを作る。見つけるのは難しいですが、プライスレスな商品を考えたいです」
ブルーオーシャンの市場を探し、時代にあったインテリアを通じて満足度の高い暮らしを提案することが最終的な目的といいます。
先代の父からは「違う事業を起こしてもいい」と言われたこともあるといいます。
「伝統はあまり考えず、時代にあったビジネスをやりたい。家業は家具ですが、売れなくなっても作り続けるかというと、それはわかりません。モーブルとして動くことが、働く人や同業他社のためになり、日本のためになればいいと思っています」
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