縮小する業界に危機感 合成樹脂メーカー3代目がジン製造に挑んだ理由
東京都八王子市の合成樹脂製品メーカー・大信グループ3代目の中澤眞太郎さん(42、大信取締役)は生きる道を模索し続けた20代を経て渋々家業に入りました。建材業界が縮小傾向のなか、家業に欠けていたマーケティングの推進で売り上げを伸ばします。2021年末にはクラフトジンの蒸留所を作り、生産・販売を開始。一見畑違いの新事業にも家業との共通点がありました。
東京都八王子市の合成樹脂製品メーカー・大信グループ3代目の中澤眞太郎さん(42、大信取締役)は生きる道を模索し続けた20代を経て渋々家業に入りました。建材業界が縮小傾向のなか、家業に欠けていたマーケティングの推進で売り上げを伸ばします。2021年末にはクラフトジンの蒸留所を作り、生産・販売を開始。一見畑違いの新事業にも家業との共通点がありました。
目次
大信は1949年、中澤さんの祖父が創業しました。プラスチック材料を様々な形に成形する異形押出の技術が売りで、アルミサッシの機密材や交通インフラ系の製品の部品などを、サッシなどの建材メーカーからの委託を受けて生産しています。設計から金型の製作、材料開発、成形、加工まで一括でできるのが強みです。大信グループ4社の従業員は約150人。全体の年商は約20億円にのぼります。
高い技術力を生かした看板製品の一つが、二重窓の内側に樹脂を使用した「内窓プラスト」です。隙間風がなくなり断熱性・気密性を高めた内窓は北海道を中心に普及し、公営住宅などに使われています。
中澤さん自身は中学生のころから吹奏楽に打ち込み、家業には全く興味がなかったと振り返ります。「父から仕事の話は聞いたことがありません。自由にさせてもらいました」
中澤さんは高校卒業後、米国に留学。語学学校で英語を学び、大学に通ったものの2年で中退してしまいます。「日本以外で生活する感覚に満足してしまったんです。米国の音大を受験しましたが受からず、次の目標を見失いました」
2001年に日本に帰国すると音楽の専門学校で学び、アパレル関係の会社の事務職を経て、飲食店のウェーターとして働きました。
「目の前のお客さんに向き合い、お会計を頂く流れに身を置いたことで初めて『仕事』という意識が芽生えました」
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中澤さんは音楽も続けていましたが、それで食べていくほどの強い覚悟はなく、本当にやりたいことをつかめずにいました。09年、29歳で家業に入りました。
「30歳目前で定職に就いておらず家族にも心配されました。いい加減社会人としてしっかりしなければと思い、渋々戻ることに決めました」
入社後、中澤さんは経理部門で約1年基礎を学び、その後は首都圏営業所でルート営業や飛び込み営業を担いました。業界の専門用語や知識は仕事をしながら覚えました。
働くうちに、製造業も飲食業も根本は一緒だと気付いたといいます。
「営業がウェーターで製造部門がキッチン。できあがったものを納めてお金を頂く流れは同じです。それなら自分にもできることがあるのではないかと、仕事に向かうマインドが変わっていきました」
一方、家業の課題も感じるようになりました。「当時は事業戦略が全然なかった。例えば、販促面では商品カタログがなく、営業資料で発注元のメーカーとやりとりしていました。BtoB企業だからいらないと考えていたようですが、その先の消費者が感じる価値が全く見ていなかったんです」
中澤さんは建材業界が縮小傾向にあることも懸念していました。「商品が(エンドユーザーにとって)飽和状態で、樹脂製の内窓などは、ある意味嗜好品みたいな立ち位置になっています。その中で客層をどう広げるかが難問だと思っていました」
中澤さんは当時の上司と徹底したマーケティングを進め、ランチェスター戦略に基づいて商品の強みを分析。データからターゲットを選定して消費者に発信できるようにデザイナーと打ち合わせを重ね、ホームページなどを刷新しました。
その中で、首都圏を中心としたタワーマンションに目をつけました。断熱だけでなく防音効果を強みに打ち出し、業界でいち早く内窓を卸し始めたといいます。商品カタログも作るなど、エンドユーザーを意識して自社製品のブランディングを進めました。
「内窓の気密性の高さは、首都圏の騒音対策にもフィットすると考えたんです。視点やアプローチの仕方を変え、客層を広げることができました」
当初はマーケティングもブランディングも理解されず、社長である中澤さんの父も抵抗していたといいます。「でも買って頂くには、製品にどんな価値があるのかをより的確に伝える必要があります。根気強く説得しました」
中澤さんは16年から札幌営業所の責任者となり、内窓プラストの営業を担いました。ここでもマーケティング・ブランディングを強化し、商品の流通の仕方や技術管理について重点的にテコ入れします。
当時、北海道では内窓の材料をパーツごとに販売するのが一般的でしたが、全国的に見ると最先端の売り方ではなくなっていました。「元々セットで売るように作られていたのに、パーツでの販売もされていました。雑な売られ方でメーカーとして販売管理されていないと感じたので、品質をきちんと保つよう、セット売りを徹底しました」
同社で加工したセット品は現地の施工店(ガラス店やサッシ店)がメーカーから仕入れたガラスを組み入れて、内窓になります。
完成品もただ取り付ければ性能が発揮されるわけではありません。現地調査を行い、適切な方法で取り付けて初めて高い断熱性と防音性を発揮できます。大信は施工の知識と技術を養うための研修制度を作り、安心して任せられる施工業者にセット品を販売する現在のスタイルを構築してきました。それらの業者をホームページにも載せ、消費者が安心して頼めるようにしました。
こうした取り組みを積み重ね、入社から10年でセット販売の窓の売り上げを入社前の10倍まで伸ばすことができました。
それでも中澤さんは業界の先細りへの懸念は拭えず、新たな分野に挑戦する必要を感じていました。
「樹脂関連事業はもう国内での伸びしろがないと思いました。窓枠や部品のように生活に不可欠ではないけれど付加価値が高いもの、さらに海外にも展開できて大信の製造技術を生かせることはないか模索していました」
そんな中、北海道のバーで飲んだクラフトジンが、中澤さんの人生を大きく変えることになります。
「それまでジンは全く好きではありませんでしたが、函館と札幌でたまたま飲んだものが、別の飲み物のようで衝撃的だったんです。調べ始めたらジンの魅力にハマっていきました」
ジンはジュニパーベリーというスパイスで味をつけた蒸留酒で、アルコールの原料となる穀物や、味や香りづけのスパイス・ハーブは何を組み合わせても良い、自由度の高いお酒です。酒は輸出の需要もあり、海外でクラフトジンがブームになっていることから、飲食業界で働いた経験を持つ中澤さんは扱う価値があると直感で思いました。
「樹脂は主原料に添加剤を加え、機械で蒸留して加工し、梱包・出荷します。ジンの製造工程も流れが一緒でした。父もジンをイチから作るということを面白がり、本社の駐車場に蒸留所を建てるよう後押ししてくれました」
中澤さんは19年、米国・シカゴのスピリッツメーカー・KOVAL社へ研修に赴き、1週間でジンの作り方や設備、マーケティングの手ほどきを受けました。
「ジンの基本となるレシピを持っていき、アドバイスを受けながらブラッシュアップしました。設備の使い方など基礎をしっかり教えて頂きました」
帰国後、中澤さんは蒸留所の設立準備に追われました。建物の設計から資材選びまですべて自身で担い、理想とする空間を作り上げていきます。様々な製品の生産を請け負う大信には工場づくりのノウハウがありました。基礎工事と内装以外は全て自社で賄い、施工費を大幅に節約したのです。
「一見全く違う分野のようですが、自社の技術や基礎が生かせました。重なるところが大きいものの方が事業を展開しやすいと改めて思いました」
一方で苦労もありました。新型コロナウイルスの流行で、設備のセッティングのアドバイスのために来日予定だったドイツの技術者が来られなくなってしまったのです。「テレビ電話やチャットでやりとりしましたが、時差もあってかなり大変でした」
21年12月、クラフトジンを製造する「東京八王子蒸留所」を工場近くにオープンしました。1階に蒸留施設、2階にカウンターと飲食スペースを設け、上から蒸留施設が見えるようガラス張りにしました。
ジンを知ってもらうため、月2回程度、予約制で試飲見学会を開いています。「モデルは昔働いていた飲食店です。中央にキッチン、その周りに客席がある配置で、調理の様子もお客さんから見えるようになっていました。蒸留施設だけにするとお客さんも興味がわかないと思ったので、見学できる作りにしました」
翌22年1月から、オリジナルクラフトジン「トーキョーハチオウジン」を販売し始めました。酒の原料はトウモロコシで、基本に忠実なクラシックと、花と柑橘の香りを加えてアルコール度数を落としたエルダーフラワーの2種類を、合わせて月約千本製造。多摩地域の酒屋に卸し、主に飲食店で提供されています。
蒸留は中澤さんと大信グループの新入社員の2人で担っています。まず中澤さん自身が全ての工程を行い。リスクの低い仕事から徐々に新入社員に任せているそうです。瓶詰や梱包は事務員にお願いし、販売要員も1人据え、事業は全部で5人ほどのメンバーです。
古き良き「ロンドンドライジン」のスタイルに忠実なジンが評価され、発売から2週間で初回蒸留分が完売。5月には「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2022」で金賞と銀賞を受賞しました。JR八王子駅の駅ビルから声がかかり、地元のアンテナショップでの取り扱いも始まりました。
トーキョーハチオウジンは、家業の経営にもプラスに働いています。「お客さんに贈答品として持っていくと大抵驚かれますね。ジンを通して、未来への取り組みをする企業というイメージアップにつながっていると感じます」
ジン製造事業を安定させるため今後は商品の種類を増やし、年間3万本の生産・販売を目標にしています。
約3年前、中澤さんは弟と共同で大信の代表取締役に就任しました。東京八王子蒸留所でも代表を務め、父が社長を務める製造部門の大信工業では取締役と商品企画部マネジャーなどを兼務しています。弟は内窓プラストの販売や施工工事などを担う会社「プラスト」の代表です。
「今は8割が蒸留所、残り2割がその他の業務です。事業承継の具体的なプランは決まっていませんが、父からは徐々に権限が移行されています」
トーキョーハチオウジンは香港・台湾・シンガポールへの輸出も始まりました。「ジンをきっかけに、海外で樹脂の仕事が生まれる可能性だってあると思います。今がダメなら何かを変えないと。うちは売り物でしたが、売り方や売り先も視点を変えることが、必要になってくるのではないでしょうか」
若き3代目は、柔軟な発想で事業を展開し続けます。
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