「個人商店」からの脱却を図った学習塾 2代目が右腕と進めた組織改革
京都府福知山市の「ビーパル個別指導学院」は、北近畿に教室を展開する地域大手の学習塾です。運営会社「立志」を父から継いだ2代目の岡田英佑さん(41)は、新卒入社での挫折を経験した後、事業を継ぐことになりました。課題だった人材教育や労働環境の改善に取り組み、徹底したコストカットや経営の多角化で立て直しに成功しました。その裏には「右腕」と呼べる人材のヘッドハンティングや、長年続いた悪習の打破がありました。
京都府福知山市の「ビーパル個別指導学院」は、北近畿に教室を展開する地域大手の学習塾です。運営会社「立志」を父から継いだ2代目の岡田英佑さん(41)は、新卒入社での挫折を経験した後、事業を継ぐことになりました。課題だった人材教育や労働環境の改善に取り組み、徹底したコストカットや経営の多角化で立て直しに成功しました。その裏には「右腕」と呼べる人材のヘッドハンティングや、長年続いた悪習の打破がありました。
目次
立志は岡田さんの父が1989年に設立しました。現在は個別指導も合わせて28教室、約1900人の生徒を抱えます。2021年からは不動産や鍼灸院、ウェブマーケティングなどの多角化に乗りだし、22年の年商は5億5千万円、従業員数は52人(正社員)を抱えます。
岡田さんは京丹後市出身。地元では「学習塾の息子」として知れ渡っていたといいます。両親に感謝しつつ「当時は息苦しかった」と話します。
「中学校の先輩や後輩が父の塾生で、自分が悪さをしていると知れ渡るのが嫌でした」。05年に関西学院大学を卒業した後も会社を継ぐ意思は全くなかったそうです。
岡田さんは東京にある大手自動車メーカー系列の商社に入社。自動車部品の輸出入に携わりましたが、1年で退職します。「発注もミス一つ許されない、厳格な仕事を完璧にやりこなせなかったんです」
ミスするごとに自分の理想とかけ離れ、「自分は無能な人間」と思いこんでしまったそうです。
その後、2度転職するものの居場所は見つからず、父から「帰ってきてほしい」と告げられました。「自分は何も持っていない。家業を絶対やり遂げるという思いでした」。08年8月のことでした。
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大学時代に学習塾講師のアルバイトを務めた岡田さん。1年間がむしゃらに働き、丁寧な指導を心がけました。「子どもたちの強みや弱みを見極める時間をたくさん取ることが、底上げにつながります」
帰郷した年は、京都市の教室で「教室長」を担当。赴任直後は100人ほどだった生徒数を120人に増やし、09年に異動した福知山校では100人から200人に倍増させました。
先代や社員に実力を示すことはできましたが、まだ事業承継の意識は薄かったといいます。家業を継ぐ自覚はありましたが、それは東京での挫折からくる後ろ向きなもので、「継ぎたい」という気持ちには至っていなかったといいます。
一方で入社してからは、社長だった父と同じような経営や組織運営はできないと感じました。
「父はカリスマ性があり、ぐいぐい周りを引っ張るタイプです。スタッフをやる気にさせる空気作りは上手でしたが、それを実務レベルに落とし込むことは苦手でした。部下それぞれが現場で好きなようにやればいいというスタンス。全員が個人商店のようになり、講師陣のノウハウが分散している状態でした」
「賃金は業界水準でも安めで、テスト対策の時期は日曜祝日も開講するため、指導時間も増えてしまいました」。やめてしまったスタッフの欠員を埋めるのも苦労したといいます。経営もどんぶり勘定で、効果がわからない広告にも費用を割いていました。
岡田さんは16年の社長就任後、待遇や労働環境の改善と組織強化に踏み出します。
岡田さんはまず報酬の20%アップに踏み切りました。財源は主にコストカットで捻出しました。「人員整理ではなく業務の無駄を省いて費用を浮かせました。“どんぶり勘定”だった帳簿をチェックし、いらないものは全部削りました」
一例が教材の刷新です。それまで書き込み式の教材を使っていましたが、生徒が教材を忘れると塾側が必要な箇所をコピーして渡していました。その教材をやめ、生徒が自身のノートを使って問題を解く方法に変えたところ、年間のコピー代の7割にあたる約200万円の削減につながりました。
照明も耐久年数の長いLEDに変更し、費用対効果が見えない広告看板などはカット。各教室の大家と家賃交渉して、固定費削減も行いました。
課題だった労務の健全化も図りました。月の休みを増やし、23年4月からは完全週休二日制を導入します。「社員数を30人から50人に増やし、労働時間を短縮しつつ、生徒への指導時間は増やしました」
教育のIT化も進めました。テキストを変えたタイミングで、iPadを100台以上導入。スタッフ間のやりとりをチャットで可視化し、情報の共有が瞬時に行えるよう、クラウドシステムを導入します。
各生徒の学習進捗も紙帳票から、iPadの管理に移行してペーパーレス化。事務負担が軽くなったことで、残業時間の削減につなげ、指導の質を保ちながら労務管理の改善につなげました。
19年からは、東京都立高校の美術教諭だった佐野文哉さんが塾に加わります。教諭時代の佐野さんは、「縦割り」と言われる教育現場で“横のつながり”を実現しました。
放課後の美術室を開放し、進路指導やオープンキャンパスの案内など自然と生徒が集まれる場所を築いたことで、勉強指導に熱心な教師も佐野さんに協力。進学に意欲的な生徒と教師がクラスや教科の垣根を越えて集まった結果、名門大学への進学率がアップしました。
岡田さんはある集まりで佐野さんと出会いました。成果が出ない個別指導塾に通わせるよりはと、自ら生徒の勉強プランを組んでいた佐野さんと、塾で時間をかけて指導していた岡田さん。立場は違えど、同じ思いを抱いていた2人は意気投合します。
自社の組織改革に奮闘していた岡田さんは、佐野さんの組織デザイン力にもほれ込み、2年がかりで説得してヘッドハンティングしました。
岡田さんは佐野さんに、会社が一つの共同体として機能するための組織づくりを託しました。
佐野さんの組織改革は「言語化と数値化で、社員が歩くべき道を作っていくこと」といいます。1年かけて体制を分析しながらトライアンドエラーを進め、2年目から組織形成を始めて、3年目で組織を強化する計画でした。
先代が伝えてきた教育の理念や思いを、より具体的な言葉や数値に落とし込み、組織の人間を同じベクトルに向けることが必要不可欠になります。
「仮に“おいしいリンゴ”という言葉でも、青森と神奈川と沖縄の人ではイメージが違いますよね。抽象的な言葉も同じで、受け取る側それぞれに認識がずれてしまいます。我々が保護者や生徒さんにどのような価値を提供し、社会にどう貢献するのか、理念なども含め刷新しました。社内の業務を言語で明確化したり数値で表したりして、KPI化していきました」と佐野さんは話します。
塾の特徴を「生徒に優しい指導」「生徒の面倒見がいい塾」と表現することがあります。しかし、それは抽象度が高い言葉で、目に見えるメリットとは言えません。
「優しい」、「面倒見がいい」にも具体的な名称をつけて業務のやり方を定義づけ、毎年効果検証を行うといった方法をイメージしています。
社内で交わされる「言語」にも認識のズレが出ないよう、正社員には2週間に1回ぐらい、3 ~4時間かけて勉強会を実施しています。
「“どのような工夫をすれば生徒の成績を上げることができるか”を、自分事として受け止められるようになってきました。また、僕たちがどのような組織を目指し、何を良しとしているかを理論だてて定義し、常に新しいものを社員に提供し続けています。するとアップデートができて、社内言語の認識がそろうんですね」
社員全員が同じ理解度で言葉を使えば、生徒それぞれが目指す進学先の仮説を立てる力が育ち、結果的にどの教室も高水準の教育が可能になる、と佐野さんはみています。
言語化や数値化を進めると、各教室の教育水準がそろい、一体感のある社員集団へと進化したといいます。22年の売り上げは19年と比べて約9千万円アップしました。
売り上げアップの要因には、学習プランの提案方法を変えたことも挙げられます。学習塾は子どもや保護者と密接に関わるので、各家庭の懐事情もある程度は理解できている、と岡田さんは言います。
コロナ禍までは、そうした事情をくみ取った学習費用を提案していたそうです。
「それではだめだと思いました。私たちの使命は勉強で生徒の人生を変えること。最高の結果が出る学習プランを提案しないで、私たちがご家庭の経済事情に合うプランを決めつけて営業するスタイルは、生徒への甘えでしかない。良い指導を提供することが私たちの責任なので、受かるプランと必要な費用、期間もすべて掲示するように講師に指導しています。そもそもプランを決めるのはそれぞれのご家庭ですから」
「講師は生徒本人の学習理解度を全部数値化して保護者へお伝えしています。『お子さんも頑張ってここまでは来ていますが、あといくつ足りないんです』と。僕たちの評価の対象は売り上げではありません。その生徒にとって必要のない提案はしたくない、という思いが根底にあります」
佐野さんによると、兄弟が複数いる家庭には奨学金を借りるパターンなど教育資金のファイナンシャルプランも提案するのだそうです。「そのプランがなぜ必要か、数値を根拠に論理的に提案するので、保護者も生徒も当事者意識を持っていただきやすくなります。すると成績も上がりやすいんです」
全ての提案を可能にしているのは、言語化と数値化を徹底しているからなのです。
塾業界は少子化に直面する中、岡田さんは生き残りをかけて21年から多角化経営に乗り出しました。分野は不動産事業と鍼灸院、ウェブマーケティングにECサイトです。
特に不動産業務は人的コストを抑えられるので、事業収益を塾に還元しています。
新規投資で大阪と兵庫に5件の物件を保有し、中古の戸建てもあります。一人親家庭向けに戸建てを貸し、子どもには塾のオンライン講座を無料で受講できるプランも計画しています。
父親の会社を引き継いだ岡田さんですが「(社長として)意識し始めたのは、ここ数年のこと」と話します。
「社長の役割は、代によって違うと思うんです。2代目は今ある組織を拡大していく役割だと思っています。佐野さんを迎えて組織作りを強化し、次の代へパスをする。僕は創業者のようにカリスマ性はありません。“社長”という肩書も、ただ僕に付いただけのことで、自分の役割を全うするだけです」
岡田さんは会社の将来像について「自分が新卒のときに入りたいと思える、教育者から選ばれる会社にしたい。社員が自分の子どもをしっかり育てて、大学まで卒業させることが金銭的にも可能な、余裕のある会社でありたい」と言います。
岡田さんを支える佐野さんは、厳しさを増す学習塾産業についてこう話します。「そもそも基礎体力のない会社が淘汰される時代になると思います。確かに子どもの数は減りますが、エリアでのシェア率を拡大していければ、おのずと生き残る道は見えてくるでしょう」
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