不振の下請け工場を託されて テーエム3代目が広げた「黒染め」商品
新潟県三条市のテーエムは「黒染め」と呼ばれる金属加工が強みです。3代目社長の渡辺竜海さん(44)はリーマン・ショックで経営不振となった町工場を、31歳で引き継ぎました。表面加工処理の下請けから脱却すべく、試行錯誤しながらステンレス加工に挑んだり、高級感のあるテーブルウェアを開発したりしました。若手が集まり、活気ある雰囲気をつくるための配慮も欠かしません。
新潟県三条市のテーエムは「黒染め」と呼ばれる金属加工が強みです。3代目社長の渡辺竜海さん(44)はリーマン・ショックで経営不振となった町工場を、31歳で引き継ぎました。表面加工処理の下請けから脱却すべく、試行錯誤しながらステンレス加工に挑んだり、高級感のあるテーブルウェアを開発したりしました。若手が集まり、活気ある雰囲気をつくるための配慮も欠かしません。
テーエムは、機械部品や工具などに「黒染め」と呼ばれる金属加工を施す作業を主力にしています。黒染めとは鉄をアルカリ溶液に浸して表面に酸化被膜をつくり、黒色を深く浸透させる技術です。ペンキなどの塗装と異なり、傷がついても黒色ははがれ落ちず、色を付けても品物の寸法は変わりません。
さらに「パーカライジング」と呼ばれる金属の処理も行っています。こちらも鉄を溶液に浸しますが、灰黒色になり塗装の密着性を高める特徴があります。
工場で使用される機械部品やレンチ(ボルトやナットを回す工具)などには必須で、縁の下の力持ちの技術になっています。
現在、テーエムの従業員数は7人。約200社との取引があり、年商は5500万円です。
金属加工の産地である三条市は家族経営の町工場が点在し、分業制が主流です。テーエムも下請けの表面処理会社として60年以上続けてきました。
渡辺さんは家業に特別感を抱かず、継ぐ意思は全くなかったといいます。高校を出て音楽の専門学校に通い、上京してピザ屋やクリーニング店の配達アルバイトを経験したものの、夢中になれるものが見つかりません。「この先どうする?」という父親からの言葉で、地元三条へ戻りました。
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「2代目の父から『家業を続けてほしい』という言葉は一切ありません。後継ぎとして期待している様子が全くないんです」
渡辺さんは22歳でテーエムに入社しましたが、あくまで従業員としての採用でした。
当時のスタッフは7人。未経験の渡辺さんは品物をカゴに入れるなど簡単な作業から始めたそうです。次第に黒染め加工を教わるようになり、職人として技術と知識を身につけていきました。
「父はいわゆるワンマン経営者。こうと決めたら突き進むタイプで、スタッフたちは信頼感を持ってついていく社風でした。私が父に意見を出しても聞く耳を持たず、親子で何度も衝突しました。従業員の立場である私の声は届かず、半ば諦めていましたね」
下請けの仕事は、地場の機械メーカーや工具メーカーなど親事業者の経営に左右されます。2008年のリーマン・ショックの余波で会社は傾き、「受注量は半分以下にまで落ち込みました」。
そんななか、父から引退したいと打ち明けられるようになりました。「正直、売り上げが下降するなかで引き継ぐのは不安でした。でも、私がこの会社にいるのに家業を継がない理由はありません。覚悟を決めて3代目となりました」
31歳の若さで社長になった渡辺さんでしたが、経営はスムーズに進まなかったようです。
「まず、スタッフの皆さんが私の指示を聞いてくれないんです。『あなたが社長なら言うことを聞きたくない』という態度があからさまでした(苦笑) 。次第に意思疎通が図れるようになってきましたが、関係性としては良くなったり悪くなったり……。スタッフのやる気が続かず、メンバーの入れ替えが何度もありました」
社長になっても売り上げは停滞し、「何か手を打たなければと焦りました」。
頭打ち状態を打破しようと、渡辺さんが目を向けたのは、ステンレスの黒染めでした。
「黒染めは通常、鉄のサビ防止が目的です。ステンレスはさびにくい金属なので、黒染めの需要自体は少ないかもしれません。しかも鉄とステンレスでは表面加工処理の方法が全く異なり、イチから技術を研究する必要があります。それでも黒染めステンレスの機械部品は需要があるはずと思い、実際は未知数でしたが挑戦を始めました」
すでに鉄の黒染め技術は確立させており、ステンレス黒染めもうまくいくはずと楽観していました。しかし、実際には失敗の連続でした。
前述の通り、黒染めは金属をアルカリ溶液に浸し、化学変化によって表面処理をします。溶液の濃度と温度、そして浸す時間の条件を細かく変えながら、ステンレスを黒色に染めるベストな方法を模索しました。研究期間は約1年半。泥臭く実験を重ね、15年にステンレス黒染め技術を開発しました。
さびにくさが増したうえ、ステンレスを黒くすることで金属本来の輝きを損なわない美しい光沢で、商品価値を高める効果も生まれました。
「当初想定していたステンレス機械部品の依頼はほぼありませんでした。その代わり、東京の展示会に出展し、新たな需要に気付きました。仏具や建築金具、タブレットタッチペン部品など、思いもよらないアイテムで重宝されたんです。ステンレス黒染めは難易度が高いので、競合が少なかった。チャレンジして良かったです」
渡辺さんが次に取り組んだのはBtoC商品の開発でした。「黒染めを広く知ってもらうには下請けではなく、オリジナル商品を開発したいと常々思っていました」
そんななか、奇遇にも三条市で生活雑貨の老舗企業・中川政七商店(奈良市)による「経営とブランディング講座」がスタート。そこで渡辺さんが出会ったのが地元のデザイナーとタッグを組むことになりました。
「オリジナルブランドの核となったのは日常で使えること。多くの方に黒染めを知ってもらうために、お皿やカトラリーを作ることに決めました。でも、商品作りはまったくの未知の世界。食器に関する知識を学んだり、地場のカトラリー企業に相談したりしました」
1年間の試行錯誤の末、2019年、テーブルウェアブランド「96(KURO)」が誕生しました。燕三条の地の利を生かして金属食器メーカーに製造を依頼し、地元デザイナーとともにつくりだした渾身作です。燕三条の職人技術によるステンレス黒染めは、深みのある黒色で高級感を出しています。陶器と違って落としても割れないので子どもが使っても安心です。
「96」も東京の展示会で大きな注目を集め、「こんな質感のカトラリーは見たことがない」、「黒染めを初めて知った」という声が多数ありました。「黒染めを身近に」という渡辺さんの思いは、BtoC商品をカタチにすることで実現したといえます。
しかし、思わぬ課題にも直面することになりました。
「実際にお客さんが黒染めのプレートやカトラリーを使ってみて、『色が変わってしまった』という報告が少なからずありました。たとえば、料理の熱やドレッシングの酸が反応した場合は、若干の色落ちが起こるんです」
黒染めは酸化皮膜なので皮膜がはがれ落ちることはなく、人体にも影響がありません。口に含んでも安全です。まるでジーンズのように使うたびに風合いが変わっていくのも「96」の特徴になっています。
「実は、はじめのうちは変色が起こらない工夫を考え、変化が起こりづらい加工を加えていました。ですが、経年変化こそが黒染めの特徴であり、そこに面白みを感じてもらう商品づくりにシフトしたんです」
黒染めのBtoC商品「96」を発売した年の売り上げは1年間で100万円に満たない数字でしたが、22年度は600万円以上を達成しました。手ごたえを感じた渡辺さんが22年に挑戦したのは、新商品「黒染め鉈(なた)」のクラウドファンディング(CF)です。
一般的な黒い塗装では刃先に鋼の銀色が露出してしまいます。しかし、黒染めの技術を施した「96」の鉈は、刃先まで美しい漆黒の仕上がりです。傷がついても黒色ははがれず、防サビ効果があるうえ、黒色なので汚れも目立ちにくくなっています。
漆黒のクールさに機能面をプラスした鉈は、キャンパーの心をわしづかみにして、CFの目標金額の20倍以上となる429万円を達成しました。23年1月からはキャンプ道具の第2弾として「黒染め焚き火台」のCFをスタートしました。
渡辺さんが3代目社長になって13年。スタッフは7人ですがメンバーは大きく入れ替わり、20~40代が集まっています。一般的に「3K」と呼ばれ、高齢化に悩む町工場が多い中、なぜテーエムは若いスタッフを引き付けるのでしょうか。
「はっきりとした理由はわかりませんが、定時の午後5時きっちりに終業となるのは魅力かもしれません。あとは職場のルールがユルいからですかね。髪の色もネイルも自由。仕事さえできれば、見た目は何だっていいんです」
工場をのぞくと、明るい髪色をした20代の女性スタッフたちが、テキパキと出荷作業を行っていました。「ネイルがOKだからこの仕事を選んだ」というスタッフもいるようです。
渡辺さんが社長を引き継いだ当時は、職人や事務員との信頼関係が築けず、指示を聞いてくれないことに悩んでいました。しかし今は人材に恵まれ良好な関係で仕事ができているといいます。
渡辺さんは「楽しく仕事をしてもらいたい」と細やかな配慮を続けてきました。
たとえば、事務所入り口の壁一面にはスタッフ同士が感謝の気持ちを伝える「サンクスカード」が貼られています。「毎日伝票を書いてくれてありがとう」、「丁寧に質問に答えてくれてありがとう」といった言葉が並びます。
「サンクスカードが一定数たまると、はがきに貼り付けてスタッフの自宅へ送るんです。するとカードを見た家族が、仕事場で頑張っている様子を知ることができます。感謝の気持ちを受け取った本人もご家族も、うれしくなるものですよね」
また、月に1度「スイーツデー」と呼ばれるスペシャルデーを設けて、休憩時間にスタッフ全員でケーキを食べる企画も行っているそうです。スタッフ同士もプライベートでも猫カフェに出かけたり、山登りをしたりしているといいます。
先代のときのテーエムは、頼りがいのある社長にみんながついていくスタイルでした。3代目の渡辺さんはスタッフの自主性を重んじ、楽しく働ける環境をつくることに徹してきたといえます。
2代目が現在のテーエムをどう感じているのかが気になりますが、渡辺さんは意外な言葉を口にしました。「父(2代目)はテーエムの事業に全く口出しせず、引退後は会社に来たことすらありません。自由に経営のかじ取りができたので、見守ってくれてありがたいと思います」
リーマン・ショックで傾いた会社を何とかしようと走り続けた13年間。2代目は言葉にせずとも、新境地を切り開いた3代目を誇らしく思っているのではないでしょうか。
現在テーエムは、BtoC事業の売り上げが全体の10%まで成長しています。商品アイテム数は13点となり、続々と新商品をリリースする予定です。「『96』を知ってもらうため、海外進出にも力を入れていきたいです」と意気込む渡辺さんは、家業の新たな可能性を模索し続けます。
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