ポイントは二つあります。一つ目は、BCPを作ること自体が予行訓練になるということです。豪雨が来たらどうなるだろう?と自分の頭であらかじめ考えておくことで、緊急時に適切な行動ができるようになる。
二つ目は、リスクを知ることはチャンスにもつながるということです。たとえば、私が顧問をしていた千葉県のめっき会社は、2019年9月の台風で被害を受けた際にBCPがうまく機能し、その後の受注が倍になりました。
当時は台風によって千葉の広い範囲で停電がおき、めっき会社も電気が使えず操業停止を余儀なくされました。そこで工場長がBCPに沿って、取引先の大手電機メーカーに半日に1回ずつ電話をかけ、被害状況や復旧の進捗を報告し続けたのです。
メーカー側からすれば、生産ラインの計画をたてるうえで、工場から定期的に復旧情報がはいってくるというのは非常に重要なことです。この対応が評価されて信頼性があがり、その後の受注増につながりました。
――やったことはシンプルですが、準備なしで迷わずできるかというと難しそうですね。
その通りです。このケースでも、工場長が半日に1回状況を報告するというのが、事前にBCPで定められていました。そのため工場長は、社長からの指示を待たずすぐ行動に移ることができた。被災当日に工場から連絡がくるのとそうでないのとでは、取引先からの印象もだいぶ違います。このようなちょっとした備えでも、うまく機能すれば災害時に顧客の満足度を上げることができます。
逆にこれができなければ、顧客の信頼を失い、取引そのものがなくなっていた可能性もあるわけです。3日間連絡がないと顧客は別の取引先を探しだす、とも言われます。
着目するのは「災害の種類」ではない
――いざBCPを策定するとなっても、耐震補強や避難訓練など、やることが膨大なイメージです。
ここで整理しておきたいのは、防災計画とBCPは視点が違うということです。たとえば火災が起きたときにどう消火するかといったことは防災計画になります。しかし防災計画には、「生産機械が焼けたあとに、顧客の信頼をどう回復し維持するか」という視点は入っていません。BCPの策定ではまさに「顧客との取引をどう継続するか」を考える必要があります。
――近年は豪雨や感染症など、企業をとりまくリスクも多様化しています。どこまで災害を想定してBCPを作ればよいのでしょうか?
最初から複数の災害を想定してBCPを講じるというのは、中小企業にはあまりおすすめできません。台風がきたらどうする?地震が来たらどうする?震度7の場合は?震度6の場合は?と考えるとキリがなく、計画もとても煩雑になってしまうんですね。
たとえば、NTTデータ経営研究所による2011年6月の意識調査では、東日本大震災前にBCPを策定していた企業のうち、約3分の2の企業が、BCPについて「問題となる部分があった」または「機能しなかった」と認識していることがわかっています。
これは、災害原因として地震の規模に着目した「リスク事象型シナリオ」に基づくBCPだったため、津波という想定外の事態に十分対応できなかったことが背景にあると考えられます。
「リスク事象型シナリオ」とは、「震度○○の地震が発生した場合」「豪雨で○○メートル浸水した場合」などといった風に、リスクを特定してBCPを策定するものです。これは具体的な被害のイメージがしやすい半面、「このケースのときにはどう動くのか」と対応が複雑になり、想定外の事態に対応しにくくなるという弱点があります。
中小企業におすすめしたいのはこれとは逆の、「機能停止シナリオ」にもとづいたBCP作りです。このシナリオは、地震か台風かといった災害の種類にはこだわりません。どんな災害が来るかにかかわらず、「自社の中核設備(業務)をどう守るか」「中核設備が止まった場合にどうするか」というところから出発します。
――さきほどのめっき会社のBCPも、この「機能停止シナリオ」に基づくものということでしょうか?
そうです。この会社では、めっき加工に必要な電気と水が止まった場合、という事態を想定してBCPを作っていました。電気が来なくなる要因はさまざまなものが考えられますが、そこを細かく想定するのではなく、中核業務である工場が使えなくなったときに何をすべきか、と考えたわけです。そうしておけば災害の程度にかかわらず、「工場が使えなくなったから取引先に連絡をする」という事前の計画がスムーズに実行できるわけです。
できる範囲から始める「身の丈BCP」
――京盛さんは著書などで、中小企業に向けて「身の丈BCP」の策定をすすめています。これはどういう考え方でしょうか?
私が経験した例ですが、BCPを作るとなると経営者の方は、大地震にも耐えられるような最高のもの、100点のものを作ろうとしてしまいがちです。でもその間にも、大地震よりもう少し発生確率の高い災害である台風や豪雨は来てしまうかもしれない。トップを目指して2年3年かけて作るのではなく、3カ月後の完成を目指してまず作ってみるのが重要です。
その際、あらゆる災害を想定しようとすると、イメージがわかず作れなくなってしまいます。だからまずは、発生頻度の高いゲリラ豪雨を想定して作ってみるのがよいと思います。
たとえばこんな事例があります。東京都北区の赤羽駅前の商店街で、和菓子店のBCP策定を支援したときのことです。そのお店は2階建ての古いお店で、経営者も高齢でした。このお店にとっての中核事業は商品だったため、豪雨で浸水しても1階の商品を守れる対策を考える必要がありました。
まずは物置になっていた2階を片付けて、商品を移せるスペースを確保。それから、若い男性店員がいるような近くのラーメン店と、いざという時に和菓子店の商品を2階に運ぶのを手伝ってもらえるよう取り決めをしました。ラーメン店からすれば、和菓子店が閉店して商店街にシャッターが増えるより、営業を続けてくれたほうが商店街に活気が出て自分たちにとってもプラスになるわけです。
簡単な対策ではありますが、壮大なものじゃなくても、自分たちの事業の継続に欠かせない中核事業がなにかと考えたら、自然とこうした結論が出てくるわけです。このように、まず中核業務がなにかを突き詰め、自分のできる範囲から始めていくのが「身の丈BCP」です。一度計画を作ってみると、また足りないところも見えてきますから、今度はそれを補完していく。そうしてすこしずつ高みをめざしていけばいいわけです。
最短1日でできる「簡易版BCP」も
――具体的に、参考になるテンプレートなどはありますか?
中小企業庁のホームページにもBCPのテンプレートはありますが、いきなりここから作ろうとするとまだハードルが高いと思います。おすすめは、BCPの簡易版とも言える「事業継続力強化計画」という制度です。中小企業庁の手引に沿って計画を申請し、国に認定されると、防災設備に対する税制優遇や低利融資など、様々な支援を受けられるようになります。集中すれば1日、忙しくても1~2週間で作れるので、まずここから入るのがおすすめです。
こうしたことを、明日からと言わずぜひ今日からやってみてください。また入り口としては、行政機関の支援サービスを頼ってみることが必要ですが、実際にBCPを作る過程では、経営者自身で考えるというスタンスが大事になってきます。会社にとって、例えばどの顧客と連絡を取るのを優先するかや、どこから物が入ってこなくなると生産が止まるかいったところは、経営者にしかわかりませんから。
そのためにまずは壮大なものを作るんじゃなくて、小さくてもいいからはまず作ってみて、そこから改善を重ねていってみてください。「小さく産んで大きく育てる」というのが、身の丈BCPの一番のポイントです。
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