代表取締役社長の渡辺享子さん(36)は、東北地方に甚大な被害をもたらした東日本大震災直後の2011年春に、東京工業大学大学院の研究室のメンバーと共に、ボランティアに取り組むため初めて石巻市を訪れました。
当時の石巻市は津波による甚大な被害に見舞われ、後に死者3062人、関連死276人、行方不明者414人という被害報告も上がるほどの状況でした。(参考資料:石巻市 2023年9月30日)
石巻は、これまでこの国が(もしかしたら、この世界が)体験しなかったことを体験した。だからこそ、それを乗り越える石巻からは、最先端のアイデアが生まれる。最先端のライフスタイルが生まれる。だからこそ石巻は、世界が見たこともないクリエイティブシティになる。巻組は、そう信じる、石巻のクリエイティブチームです。
渡辺さん達は、生まれ変わってきた石巻とともに「既成概念をひっくり返す、誰も打つことのできない出る杭を作りたい」という思いを強く抱きながら活動を続け、今年で12年目になります。
2015年の設立以来、約35軒をシェアハウスなどとして100人以上に貸し出し、石巻に初めて訪れる人や新たなコミュニティの形成を促してきました。
東日本大震災後に浮き彫りになった空き家問題
渡辺さんが石巻市を訪れてから、1年後。
被災者はもちろん、ボランティアの方が企業を立ち上げて、石巻市に移住をしようと試みても、常に「住居不足」という問題が付きまとっていると感じていたそうです。
石巻市は宮城県の中でも、東日本大震災で甚大な被害を受けた地域の1つです。
2011年の東日本大震災で2.2万戸の家屋が倒壊・流失したため、実際に住む家が不足しているという状況がしばらく続いていました。
けれども震災後の復興需要が後押しとなり、石巻市内には急速に住宅が供給され、その数は約7千戸。
2018年の住宅土地統計では、石巻市内の住宅約7万戸のうち1.3万戸も空き家になっていたのです。
住宅不足の状況を乗り越え、住宅総数は順調に増えているのに、空き家率は震災前の約6%も上昇していました。
渡辺さんは「新築物件を建てれば人が根付いて、産業が発展していく。昔はそれが正解だったかもしれないけれど、さすがにそんな時代ではないと思う」と話します。
家主の高齢化が進み、実際に住宅相続の相談が増えていることを肌で感じているにも関わらず、世の中では人口減少と反比例するように新築住宅がどんどん建てられています。
この現状こそが、空き家問題が解決しない根本的な理由だと考えているのです。
巻組は高度成長期以降も「壊しては、建てる」を当たり前のように繰り返してきた、日本の住宅の在り方にすこし疑問を感じています。
再販価値のない 負の遺産「空き家」に注目
「空き家は負の遺産と言われがちだけど、こんなにもオンリーワンで自由な物件はない」と、渡辺さんは言い切ります。そもそも古くて価値がないと言われる空き家を商材としているので、自由にカスタマイズできる上に、新しい価値をプラスして、次世代につなげていくことの楽しさも利用者と一緒に感じられるからです。
巻組は空き家を負の遺産とは考えず、世界に1つだけのオンリーワンの価値と捉えています。
そもそも、誰かが住んでいた家が、誰も住んでいない空き家になってしまう時点で、そこにはオンリーワンのストーリーがあります。住宅相続に困った上で空き家という選択肢をした人、趣味で家を建てたけど必要ではなくなった人など、1軒1軒に人生模様が隠れている物件に新たな価値をプラスして、もう一度活用される場所にする楽しさがあります。
しかし「空き家=古くて壊れやすい」というイメージを持たれがちなのも、事実です。
実際に2024年1月1日に発生した能登半島地震では甚大な建物被害があり、空き家の倒壊も見られました。
空き家の倒壊は直接人的な被害につながらなくても、救助や避難の妨げや、火災などの被害拡大につながる場合もあります。しかしながら、「古い住宅=NG」とイメージを結び付けるのではなく、空き家がどのような状態で、なぜ倒壊に至ったのかを慎重に考えるべきだと渡辺さんは言います。
空き家と言われている建物のすべてが壊れるわけではないからこそ、「空き家を放置せずに、空き家を使っていくこと」も大切だといいます。
空き家をリノベーション 1日から住めるシェアハウス
現在巻組のメインの活動は「空き家をリノベーションし、1日から気軽に住めるシェアハウス・ゲストハウス」を作ることです。
シェアハウスは宮城県石巻市を中心に、塩釜市、東松島市、東京都などにあり、「1日から入れるシェアハウス「Roopt」-ループト-」という運営サイトを通して、20~30代の若者をメインに利用されています。
「自由な生き方応援」をテーマにしているシェアハウスなので、家具・家電付き、初期費用・途中解約違約金0円、水道光熱費は月額固定料金である上に、年単位ではなく数週間や数か月単位、数日単位でも住むことができる身軽な賃貸物件であることが最大の魅力です。
また空き家をリノベーションしているからこそのユニークな住居空間、賃貸物件なのに自由度高くDIY も可能である点が、人気のポイントです。
賃貸借契約以外の宿泊も可能なので、まずは気軽にシェアハウスという場所を体験してみることもできます。
実際に、転勤などの事情ですぐにでも住むところが欲しいという会社員、日本に滞在している数週間だけ住みたい外国人、住まいに縛られないで色んな場所に住みたいアドレスホッパーなど、さまざまな理由があります。
入居期間を短期間に設定することで、シェアハウスそのものの流動性が高まり収益性の高まりにつながるだけではなく、入居者同士のコミュニケーションも盛んになるというメリットが生まれるのです。
入居者は、クリエイティブな生き方をする人たち
巻組は、不動産業界の中でも他とは違うカラーを見せています。
一般的な賃貸物件は、大家と入居者の一方通行の関係で成り立ち、その上で入居者の要望を優先しながら、予算や設備、サービスに応じた物件やプランを提供していきます。
しかし、巻組の賃貸物件には「ミニマルな手法で空き家を再生、サステナブルな循環経済に貢献する」というコンセプトや価値観に賛同した人が集まってくるのです。
例えば、移住者・二地域居住者のように、自由な住まいの在り方を実践している人。
また、外国人、起業家、アーティストなどのように、既存の枠にとらわれることなくクリエイティブな生き方をする人たちが多く入居してきます。
巻組が運営する賃貸物件は、ただ住まいとしての場所を貸すだけではなく、次世代の住まいの形を描きながら、新しいコミュニティを生みだす場所にもなっています。
空き家問題、海底2万マイルのようだから面白い
「空き家活用って、まだまだ未開拓のところだらけ。ディズニー映画の海底2万マイルのように何かを発見できる余地がある。だから最高に面白い」と、渡辺さんはとびっきりの笑顔で話します。
全国に約850万の空き家があると言われているが、実際に渡辺さん率いる巻組が1年で着手できる物件は約100戸あまり。渡辺さんは、空き家活用はまだまだ未開拓の分野であり、自分たちだけでは空き家問題をどうにかすることは難しいと話します。
空き家活用を事業にしようと決めたものの、当然所有している空き家がゼロのところからのスタートでした。
地図を持ってひたすら歩き回り、目視で物件を確認したところを、一つ一つ塗りつぶしていったそうです。
すると、地図にも記載されておらず、立地条件や見た目から空き家になってしまったであろう物件がいくつも見つかりました。
不動産の条件だけでみると、大家さん泣かせの物件も、渡邊さんにとっては発明の余地があるワクワクする物件に見えました。
「空き家には人生模様が隠れているんです。相続に困りそのままになっている家、趣味で建てられたがゆえに、飽きが来て手放されてしまったりと、本当にさまざま」と渡辺さん。
0から建てていく新築物件と違い、建物としての歴史がある古いものに、新しい意味を与えていくことにやりがいと楽しさを感じています。
空き家をきかっけに 人口定着につながって欲しい
古いものに新しい価値を与えていく、巻組の空き家リノベーション。
渡辺さんは今後、日本の空き家を1つの文化「AKIYA」として、世界にも発信していきたいと意気込んでいます。
最近、巻組が運営するシェアハウスを利用する外国人も増えてきて、確かな手ごたえを感じているからです。
目指すべきは、貸し手である大家と、借り手である入居者の一方通行ではない「共創型」の賃貸住宅です。
例えば、DIYを少しだけやってみたい人、空き家リノベーションに関わってみたい人、シェアハウスのコミュニティに参加してみたい人など、色んな人が権利を持ち合って賃貸住宅を作り上げていけるような仕組みづくりを目指しています。オーナーだけがタスクをこなし、資金を出すイメージではありません。
1つの賃貸住宅に関わる人を増やして、みんなで作りあげていくのです。
「私は石巻に移住して、ここで結婚もして、子育てもしています。でも、ずっと石巻にいなければいけないという考えはないんです」と渡辺さん。なぜなら、次世代の住まいの在り方は、もっと自由であるべきだと考えているからです。
現在石巻市には、空き家を1つのきっかけとして、全国・世界から訪れる人々により新たな関係人口が生まれ、結びついています。
そして、このように石巻で盛り上がってきた事例を、全国各地に広げていきたいというのが、願いです。
全国多拠点で、色んな人を巻きこみ、負の価値に新しい意味を見出す活動を続ける、巻組。
渡辺さんの、空き家活用海底2万マイルの旅は続きます。