情報の非対称性とは 身近な例や対策方法・ビジネス活用例も紹介
「情報の非対称性」は市場におけるさまざまな問題を引き起こす要因である一方、情報格差を考慮してビジネスを行うことができれば自社にとって大きなチャンスにもなります。中小企業診断士の筆者が、情報の非対称性の基本的な定義から起こりうる問題と対策、ビジネスに活かした事例などをわかりやすく解説します。
「情報の非対称性」は市場におけるさまざまな問題を引き起こす要因である一方、情報格差を考慮してビジネスを行うことができれば自社にとって大きなチャンスにもなります。中小企業診断士の筆者が、情報の非対称性の基本的な定義から起こりうる問題と対策、ビジネスに活かした事例などをわかりやすく解説します。
目次
情報の非対称性とは、取引の主体間において、持っている情報の量・質に格差があることです。
情報の非対称性があると、一方的に情報を持つ側が利益を得られるため、ビジネスや投資などの分野で不公平な状況を生み出すことがあります。
例えば、ある商品を販売する売り手側は、原材料や製法、品質管理、製造原価など、製品の価値に関するあらゆる情報を有しています。
しかし、購入する顧客側が入手できる製品の情報には限りがあります。仮に顧客側が売り手側に情報を求めたとしても、共有する情報の量や質は売り手側がコントロールできるため、構造的に情報格差が生じるのです。
このように、取引主体間において「情報優位側」と「情報劣位側」が存在する状況のことを、情報の非対称性と定義されています。
情報の非対称性によって生じる問題としては、大きく分けて2点挙げられます。取引開始前に生じる「逆選択」の問題と、取引開始後に生じる「モラルハザード」の問題です。
「逆選択」とは、情報の格差が存在するせいで、高品質な商品は取引されず、逆に低品質な商品が取引されるなど、非合理的な状況が生じることです。
例えば、情報の格差の問題が解消されない市場では、売り手側が買い手の無知につけ込み、「高品質」な商品と称して「低品質」な商品を販売することが容易になります(情報優位側が情報劣位側に隠す不利な情報を「隠された情報」といいます)。
情報の格差によって品質を判断できない買い手側としては、「高品質」な商品であっても適正な価格で購入することをためらうようになります。
その結果、安い「低品質」な商品ばかりが市場に溢れ、さらに買い手が離れ、最終的に取引自体が成立しなくなる恐れがあります。このような粗悪品であふれた市場は、皮が厚く中身が判別しづらいレモンになぞらえて「レモン市場」と呼ばれます。
保険市場では、健康状態によって加入できる保険のプランが決定されます。病気になるリスクが高い人よりも低い人のほうが選べる保険の数は多く、保険会社側としても病気リスクの低い人に加入してもらうほうが利益につながります。
しかし、生命保険会社が、健康で病気になるリスクが低い人と、健康不安があって病気になるリスクが高い人を見分けることは困難です。加入者側は自身の健康に関する「隠された情報」を持っているためです。調査によって保険会社が把握できる情報には限りがあります。
このような状況で、全員の平均的な病気リスクから算出して保険料を定めたとしても、健康で病気リスクの低い人にとっては保険料が割高に感じられるため加入が避けられます。
その結果、病気リスクの高い人ばかりが加入することになるので、会社側としては保険料の引き上げが必要になります。しかしここで保険料の引き上げを行うと、さらに病気リスクの低い人が加入を避け、リスクの高い人ばかりが加入してしまいます。このように、情報の非対称性によって保険のシステム自体が成り立たなくなる状況も「逆選択」の一種です。
中古自動車市場において、品質保証を行うディーラーがいないと仮定し、売り手と買い手のあいだに情報の非対称性が生じている状況を考えてみましょう。その場合、市場の取引主体は、車の状態を良く知っている売り手と、車の状態を知ることができない買い手に二分されます。
この状況では、売り手側は買い手側の期待値を下回る車を市場に流通させても高い利益を得られるため、市場には状態の悪い「粗悪」な車ばかりが流通することになります。結果としてよい状態の中古車が市場から姿を消す(=レモン市場になる)ことになります。
このように、取引前の情報の非対称性によって生じる問題のことを「逆選択」といいますが、一方で取引開始後の情報の非対称性によって生じる問題もあり、これを「モラルハザード」といいます。
モラルハザードとは、情報の格差が存在するせいで、リスクを回避するために設けた仕組みが逆にリスクを発生させるなど、非合理的な状況が生じることです。モラルハザードは、「隠された行動」と呼ばれる、一方の主体にはコントロールすることができない行動によって生じる問題です。
ここでは、モラルハザードの代表的な事例として「自動車保険市場におけるモラルハザード」と「雇用契約におけるモラルハザード」を紹介します。
自動車保険に加入すると、「多少の事故を起こしたとしても、保険金が支払われるから金銭的には問題ない」という考えが醸成されることがあります。保険会社の側としては、そうした保険加入者の意識の変化について知ることはできませんし、気が緩んだ行動をさせないようにコントロールすることもできません。
このように、保険加入後に、加入者の安全運転への注意が低下し、かえって事故の発生率が高まってしまう問題も「モラルハザード」の一種です。
なお、モラルハザードは保険業界全般で使用されている言葉であり、自動車保険に限らず、医療保険や火災保険、生命保険など、さまざまな場面で起こりえます。
雇用契約においてもモラルハザードが起こりえます。
年俸制で給料を固定されている人が、上司や同僚の目を盗んでサボる事例などが代表的です。「プリンシパル(依頼人)=エージェント(代理人)問題」ともいわれています。
ほかの例としては、残業時間に応じて残業代を支給するケースが挙げられます。経営側としては、残業代の支払いによって社員のモチベーションを高め、生産性の向上を期待するはずです。
しかし、残業代が支給されるので、これまで以上に時間をかけてだらだら仕事をする人が増えてしまう、というような事態につながることも考えられます。
このケースでは、経営側が、従業員側の行動(隠された行動)を完全にコントロールすることができず、不利益を被る可能性があるのです。
では、どのような方法によって情報の非対称性の問題を防ぐことができるのでしょうか。ここでは、情報の非対称性の対策方法をご紹介します。
シグナリングとは、情報優位者が情報劣位者に対して情報や意図を示し、情報格差を縮小する行動を指します。
例えば、中古車市場において、売り手側が過去の販売実績や顧客の声を公開するといった行為が挙げられます。買い手にとって信頼に足るとアピールすることで、売り手としても販売を促進することができますし、市場全体としても粗悪な車の流通を防ぐことができるので、レモン市場を避けることにつながります。
さらに身近な例でいうと、スーパーの青果コーナーで生産者の名前や顔写真を掲載する行為が挙げられます。食品生産者の情報の公開は、その品質や安全性を消費者にアピールしつつ、優良商品が適切に購入されることを促す行為であり、シグナリングの一種にあたります。
一方、情報劣位側の行動により情報の非対称性を解消するアプローチを「スクリーニング」といいます。
例えば、自動車保険会社は、加入者が事故を起こしやすい人なのか、そうでない人なのかを知ることが困難です。そこで「保険料は安いが事故が起きたときには一部を自己負担しなければいけない保険」と「保険料は高いが事故が起きたときには自己負担なしの保険」を用意します。
すると、事故を起こしやすい人は保険料が高い保険を契約するはずですし、事故を起こしにくい人は保険料が安い保険を契約するはずです。
このようにいくつかの案を提示し、その選択を通じて情報の非対称性を解消する手法をスクリーニングと呼びます。
スクリーニングを行うことで、逆選択により加入者が事故リスクの高い人ばかりになってしまうリスクを回避できます。また、モラルハザード(隠された行動)により、本来事故を起こしづらい人が注意散漫になり事故を起こすようになってしまうリスクも回避することができます。
中立な立場で調査を行う「第三者の介入」も、情報の非対称性による問題を回避する手段となります。
例えば、医薬品のような開発者側と患者側で情報の非対称性が生じる商材を販売する際には、国の認証を受けた「登録認証機関」の認証を受ける必要があります。これは医薬品の流通市場がレモン市場となることを防ぐことにも貢献しています。
情報の非対称性による問題を回避するためには、DXの導入も一手となります。
例えば、先ほど挙げた雇用関係におけるモラルハザードを解消する方法として、人財採用で適性検査システムを導入する方法が挙げられます。採用面接では、面接官の経験や直感に基づく定性的な判断が中心となるため、当該候補者に適性があるのかどうかを定量的に測ることは難しいです。
適性検査システムを導入すると、既存の社員で活躍している人などのデータと照らし合わせて、採用候補者を採用すべきかの参考にすることができます。
このように情報の非対称性は取引における問題が生じる一方で、原理を上手く活用できればビジネスチャンスにつながります。以下ではビジネスにおける情報の非対称性の活用方法や事例について解説します。
情報の非対称性が生じている市場では、「なにが高品質な製品なのか」わかりづらくなり、逆選択が生じるため、高品質な商品が流通しづらくなります。
しかし逆に言うと、「なにが高品質な製品なのか」が伝われば、情報の非対称性が解消され、高品質な商品を一気に流通させることができます。情報の非対称性が生じている市場はチャンスが多い市場でもあるわけです。
その具体例としては、海外市場における「ジャパニーズウイスキー」が挙げられます。2021年のジャパニーズウイスキーの輸出量は約400億円であり、国内の酒の輸出金額が2020年に清酒を抜いて1位となったほど、今や世界でも大人気の飲み物です(参照:数字で見るジャパニーズウイスキーの現在(いま)|ジャパニーズウイスキーインフォメーションセンター〈JWIC〉)。
しかし、2013年時点での海外への輸出額は約40億円(2021年の10分の1ほど)で、海外における流通量としては決して多くはありませんでした。
それまでジャパニーズウイスキーは、国内でのみその品質の高さが知られており、海外ではあまり知られていなかった(=情報の非対称性があった)のです。しかし、世界的に信頼度の高い賞を受賞し続けていることで注目が高まり、情報の非対称性が解消された結果、需要や市場価値が急上昇し、海外市場で高値で流通するようになったのです。
シグナリングにより情報の非対称性の問題が回避されることは上述のとおりですが、それを活かしたビジネスとして口コミマーケティングが挙げられます。
企業の広告には、情報の非対称性により「都合のよいことが伝えられているのではないか」という「信用しない壁」が存在するので、消費者としては真面目に受け止めづらいものです。しかし、SNSやリアルの場でユーザー同士が思わず口コミしたくなる施策を行うと、企業に対する信頼感を高めることができます。
大手菓子メーカーの森永は、人気商品だったチョコレート菓子「ベイク」の売り上げが落ちた対策として、「ベイクを買わない理由 100円買取キャンペーン」を実施しました。同キャンペーンは、ベイクを買わない理由をTwitterに投稿してくれた人へ100円分のAmazonギフト券を送るというものです。
目的は、お客様の生の声を収集して商品開発に活かすことだったようですが、結果的には2日足らずで4万件以上のツイートが集まりました。そして、お客様の声を参考にブラッシュアップしたベイクを特設サイトで公開しました。このマーケティングによってベイクは多くの消費者の注目を集めました。
この事例では、顧客の声を上手く活用することで、企業側からのシグナリングだけでは解決できない「信用しない壁」を突破し、多くの人の心を掴むマーケティングを行うことができたといえます。
新しいITシステムやソフトウェアを市場に投入する場合にも、情報の非対称性が生じます。たとえ高品質なサービスを提供することができても、ユーザー側にどんなサービスなのか伝わっていなければ購入(利用)されないためです。
こうしたケースでは、価格設定を工夫することで、ユーザーを増やしつつ情報の非対称性を解消するなど、効率的なビジネスを行うことができます。
例えば、市場導入期に安価な月額使用料でサービスを提供するケースが挙げられます。安価な価格設定を行うと、情報の非対称性が存在していてもユーザーが多く集まります。ユーザーが増加すれば口コミが発生するので、シグナリングが進み、情報の非対称性も徐々に解消されるでしょう。加えて、口コミを通じてシステムやサービスの改善点を洗い出し、適切なブラッシュアップを行うことができれば、利用者が増え、将来的に得られる利益にもつながっていきます。
このように、情報の非対称性を踏まえた価格設定を行うことにより、ユーザーとしては興味のあるサービスを安価に使用でき、お得な気分を得られます。そして売り手としても売り上げやサービス改善などの面でメリットを享受できます。結果として、情報の非対称性がある状況でもユーザー・売り手の双方にとってビジネス上のメリットが生まれるのです。
情報の非対称性には、市場が機能しなくなるなどのリスクがある一方で、ビジネスチャンスを生み出すヒントも作りだします。
ビジネスではほとんどのケースで「売り手」「買い手」に二分されるため、どうしても情報の非対称性が生じます。しかし、情報の非対称性の問題を自覚し、効果的な対策を行えば、さまざまなビジネスの領域においてレモン市場を回避し、ピーチ市場(レモン市場と反対に良質な財が適正な価格で流通する市場)を形成することができるでしょう。
この記事で得た知見を活かし、情報の非対称性を意識したビジネスを実践してください。
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