目次

  1. 社長塾を開催 業務効率を推し進めるも……
  2. 従業員の突然死をきっかけに“本当の幸せ”について考える
  3. 盛和塾に入り本当の幸せや経営について学ぶ
  4. 京セラフィロソフィーを参考に自社のブックを制作
  5. 中間管理職からの反発に遭う
  6. 「ありがとう」の思いを伝え合うサンクスツリー
  7. 社員から“惚れられる”社長でありたい

 前編の記事で紹介した業務効率化をより進めるために、脇本さんは一人ひとりの社員の意識改革が重要だと感じ、社長塾なる勉強会を開催します。

社長塾の様子

 内容はまさにそのまま。一人ひとりが社長になった意識で仕事に取り組んでもらいたい。具体的には経営に関する数字的な内容が大半で、決算書の見方や活かし方などを教えていきました。

 「私自身が以前は営業のことしか考えておらず、結果として会社が窮地に追いやられることになりましたからね。また、他人に教えることで私自身がさらに成長したい。そのような思いもありました」

 利益率が上がった結果、社員の給与のベースアップ、そして賞与も毎年出せるようになりました。

 ところが、です。給与面の待遇がよくなったにも関わらず、退職したいと話す社員が出てきます。特に若い社員に多く「社長の頭の中はお金のことばかりで楽しくない。毎日窮屈なので辞めます」との理由でした。

 それでも脇本さんは考えや姿勢を崩そうとはしませんでした。

 「経営は数字がすべて。利益をしっかりと従業員に還元していれば、従業員は幸せだと考えていました」

 脇本さんの考えや姿勢に変化をもたらす出来事がありました。脇本さんが小学校のころから、何十年と長く働いていた元工場長が脳卒中で倒れ、帰らぬ人となったのです。

 「無断欠勤するような方ではないので、出勤しないのでおかしいと思っていました。心配になり自宅に行くと亡くなっていました。驚いたのは、家がゴミ屋敷のような状態だったことです」

 定年が近かった元工場長に対し、退職金も含めお金の面では心配はかけていなかった、と脇本さんは言います。ただその方の人生を振り返ったときに、果たして本当に幸せであったのか。

 会社の若返りを考え、給与は約束するけれど工場長から降りてもらった、との経緯もありました。このような経緯に加え、突然死、さらには知らなかったプライベートの状況など。脇本さんはお金を第一に考えてきた自分の考えは間違っていた、との考えに至ります。

 本当の会社経営、従業員の幸せとは何なのか。脇本さんは稲盛和夫氏の経営塾、盛和塾に入り答えを見つけようとします。

 「稲盛さんだけでなく松下幸之助さんなど、日本の偉大な経営者がお金だけではない、本当の幸せについての考えを説いていることは知っていました。でも以前は、共感していませんでした。今思えば、本当の経営が見えていなかったのでしょうね」

 盛和塾に入塾して以降、社長塾の教えは一変します。稲盛氏の教えをまとめた京セラフィロソフィーに記載してあるような、生き方、考え方、働き方 といった哲学的な内容を説くようになったからです。

 以前であればリーダーの役割は部下に効率的に働いてもらい、数字をあげることでした。それが、部下がミスしたらリーダーはフォローする、に変わりました。リーダーが率先垂範すると同時に、 コミュニケーションをとる。必然的に、言葉のかけ方なども教える内容となっていきました。

 稲盛氏には父親と経営の方向性の違いで揉めたことなどを相談したそうです。すると稲盛氏は、父親の考えを否定したらそれまでの会社の歩みを否定することになる。後継ぎというのは悪い部分も含めて、受け止めること。

 どんなに組織が大きくなっても他人任せにしない。何か起きたらまずは現場に行く、現場でしか見えないことがある。そのようなことを教わったといいます。

 脇本さんは、自身が学んだ盛和塾での教えが要約されている書籍、『京セラフィロソフィー』の内容を社員一人ひとりに伝えたいと考えます。しかし600ページを超えるボリュームです。字のサイズも小さく、内容を咀嚼する必要がありました。

 そこで自ら筆をとり、ワキ製薬の業務内容や社員の属性に合うように編集します。その上で、ワキ製薬オリジナルのフィロソフィーブックとして、社員に共有することにしました。

京セラフィロソフィーを参考に作成したワキ製薬オリジナルのフィロソフィーブック(筆者撮影)

 フィロソフィーブックはその後、社員の成長に伴い3回の改訂がなされ、現在は4版となっています。また4版目からは社内で専門の編集チームを結成し、言葉ひとつから、イラストの選定・作成まで、社員も一緒に制作しました。

 コロナ禍となり、社長塾の開催が難しくなると全社員に対して週に一度のペースで、「ココロノート」というメールを配信します。フィロソフィーブックの内容をベースに、歴史上の著名人の生き様や教え方などを、ワキ製薬での働き方や社員の幸せの在り方に重ねた内容として、伝え続けました。

 その他、社員へのアンケートも実施。会社や社長の好感度など12項目を10段階で評価してもらうとともに、評価の理由をフリー記述で書いてもらうことで、より良い会社にしていく糧にしています。

 社員とのコミュニケーションは深まり、会社が窮屈だと言うような声は減っていきました。しかし対象は若い社員が中心であったため、長く働くミドルの中間管理職層からの反発が起こります。

 きっかけとなったのが、薬剤師として現場業務を長きにわたり、切り盛りしていた従業員の退職です。業務上欠かせない従業員でしたが言葉がキツく、それを理由にほかの従業員が辞めていく事態が起こりました。

 脇本さんは会社をより良くしようと「少し休んで いろいろと考えてほしい」と話します。ところが「辞める」との言葉を残して、会社を去ってしまいます。

 直接解雇したわけではありません。しかし、若い従業員ばかりを重宝している、とほかの中間管理職から誤解を生んでしまいます。そして解雇されるのであればその前に一斉に辞めてやる、との騒動に発展したのです。

 当然、中間管理職が一斉に辞められてしまっては、会社は機能しません。そこで脇本さんは 「私についてこられないのであれば私が代表を降り、別の代表を立てるからみんなは残ってほしい。そうしないと、お客様に迷惑がかかるから」との言葉を返します。

 すると、お客様のためにとの考えはお互い一致するなど、次第に本音で語り合える関係性に。次第に若い従業員と同じく、コミュニケーションが深まっていきました。

 「いま思えば、長年一緒に働いてきた仲間だったこともあり、言葉で説明しなくても理解してくれている、と勘違いしていました。誰に対しても平等に接し、意見を聞くことを学びました」

 2021年からはお互いに感謝の言葉を伝え合う、サンクスツリーも実施するなど、脇本さんと従業員だけでなく、従業員同士のコミュニケーションにも注力。数字だけを追っていたころと比べて、会社全体がソフトな雰囲気に変わってきている、 と脇本さんは成果を口にします。

 業績にも好影響が出ています。毎年増収増益で工場は4つに、従業員の数も72人にまでに増加。売上こそコロナ禍の影響があり直近で12億円に留まっていますが、利益率は15%までに高まりました。

 改めて経営者として大切にしていることを脇本さんに聞くと、ここでも稲盛氏の教えを参考に、「惚れる、惚れてもらう社長像、会社を目指している」との答えが返ってきました。

社員の家族や関係会社に配っている社内報

 たとえば、社員全員の家族の名前を覚え、仕事中のちょっとした会話で取り上げる。工場でがんばっている従業員全員が帰るまで自分も帰らない、などの気配りです。社内報も作成し、社員の家族や親戚はもちろん取引先など関係者に配ることで、ファンになってもらうことも目指しています。

 これらの取り組みの結果、「社長に意見を言えば絶対にやってくれるから積極的に言った方がいい」とのアドバイスを後輩に送るメンバーがいたり、「子どもができたらワキ製薬に就職させたい」と話すメンバーがいるなど、まさに惚れられる社長、会社に成長しつつある、と脇本さんはうれしそうに話します。

 一方で、全員が社長を慕う従業員ばかりでは、社長ワンマンの会社になってしまうと脇本さん。だからこそあえて先述したアンケートを行い、評価が低い従業員の意見ならびに存在を大切、尊重するとともに「改善点を指摘してくれる、重要なメンバーだと思っています」とも話します。

 前編で紹介した、脇本さんが家業に入るきっかけとなった祖父からかけられた言葉「良い仕事」。その答えは、入社してすぐに見つかったそうです。置き薬を届けに行った高齢者宅での出来事でした。

 その高齢者は、いつも助かっているからと脇本さんに食事を振る舞い、お土産におにぎりも持たせ、帰り際には見送りまでしてくれたそうです。

 「前職時代の私は、お金を稼ぐのが良い仕事だと信じていました。しかし祖父は稼ぐことがすべてではなくて、どんな仕事でも一生懸命取り組み、人を笑顔にして喜んでいただく。それこれそが良い仕事であり、仕事の本質なのだと。以来、祖父の教えを忘れずに仕事に臨んでいます」