ASEANめぐる米中の政治的駆け引き 日本企業はどう向き合うべきか
和田大樹
(最終更新:)
米中間で経済や安全保障、サイバーや宇宙、先端技術などあらゆる領域で覇権争いが激しくなるなか、中国依存を減らそうとする日本企業の動きが以前より広がりつつあります。脱中国を試みる企業の脳裏に浮かぶ選択肢の1つが、ASEANへのさらなる関与、新たな進出です。しかし、国によって外交関係、政治的立ち位置は大きく異なり、日本に対するイメージも違います。そこで、ASEAN各国がどのような立場にあり、日本企業が気を付けるべき点を簡単に説明します。
ASEANへの影響拡大めぐり争う米中
まず、近年、米中はASEANで影響力拡大を巡って争っています。今後の世界経済でASEANは大きく成長することが予想され、また、中国の海洋覇権など安全保障上の視点からもASEANは重要な場所に位置しており、米中の関心が極めて強いです。
特に、中国は巨大経済圏構想一帯一路により、長年ASEAN諸国へ経済援助を行ってきました。2021年には、中国とASEANは、これまでの「戦略的パートナーシップ」から「包括的戦略パートナーシップ」に格上げすると発表しました(JOINT STATEMENT OF THE ASEAN-CHINA SPECIAL SUMMIT TO COMMEMORATE THE 30TH ANNIVERSARY OF ASEAN-CHINA DIALOGUE RELATIONS<PDF>)。
一方、ホワイトハウスの公式サイトによると、米国とASEANも2022年11月、「戦略的パートナーシップ」を格上げし、「ASEAN・米国包括的戦略パートナーシップ」構築の共同宣言を発表しました。
米中がパートナーシップを格上げするのは上述のような背景があるからですが、成長著しいASEAN側にも米中双方と関係を強化すれば、それだけ経済成長につながるとの期待があると考えられます。
しかし、そこにあるのは経済的期待であり、それが政治化することは避けたいと思っていることでしょう。
ASEANが望む「個としての日本」
これまでの日本ASEAN関係は基本的には良好でしたが、欧米陣営としての日本でASEANと接していけば、日本ASEAN間にも距離が生じてくるかも知れません。
米中間の緊張感が高まるなか、すぐに日本とASEANとの間で経済的摩擦が生じるわけではありませんが、日本企業としては大国間対立の中でのASEANの立場も認識する必要があるでしょう。
ASEANが望んでいるのは、“欧米陣営としての日本”ではなく、“個としての日本”です。
中国との距離が近いラオス・カンボジア・ミャンマー
さて、ASEANと言っても、国によって外交関係・政治的な立場は異なります。ラオス、カンボジア、ミャンマーは中国との関係が強く、外交でも中国寄りの立場を維持しています。
ラオスでは2021年末、首都ビエンチャンと中国雲南省・昆明を結ぶ高速鉄道が開通しましたが、その大半は中国の財政的援助によって実現し、ASEANの中でもラオスは最も中国の影響が強いと思われます。
また、クーデターによって軍が政治を掌握しているミャンマーでも、現軍事政権は米国などから制裁を受ける一方、中国は軍事政権との関係を強化しています。
ミャンマーでは近年日本企業の進出も目覚ましく増加していましたが、クーデターによってミャンマーから撤退する日本企業も多く見られます。2023年1月、キリンホールディングスはミャンマーからの完全撤退を発表し、ENEOSも4月、ミャンマーでの石油・天然ガス事情からの撤退が完了したと明らかにしました。
カンボジアでも南西部にあるリアム海軍基地の拡張工事で中国が資金援助し、そこを軍事拠点化しようとしていると報道されるなど、中国の影響力が強まっています。
ASEANでもこの3ヵ国は中国との関係を重視し、既に多くの中国企業が進出しているとされ、日本企業にとって魅力的なビジネス環境があるとは言い難いのが現状です。仮にいずれかの国への進出を強化しても、今度はそこで中国企業がライバルとなり、政治絡みの問題に直面する可能性もあります。米中対立や日中関係が悪化すれば、ビジネスへの影響も考えておく必要がありそうです。
インドネシア・フィリピン・マレーシア・ベトナムの立ち位置
一方、インドネシアやフィリピン、マレーシア、ベトナムなど中国の南シナ海における海洋覇権に直面しており、日本の企業にとって今後も引き続き良好なビジネス環境が続くと思われます。特に、中国依存を減らそうとしている企業にとって、こういった国々は代替国としてすぐ候補に挙がることでしょう。
大国間の揉め事に巻き込まれたくないというのがASEANの本音ですが、スリランカやパキスタンなど中国の一帯一路による債務の罠に陥る途上国をみて、インドネシアやマレーシア、フィリピンなども中国への警戒感を持っていることは確かです。
そういった事情から、“やはり中国ではなく日本だ”という雰囲気も決して小さくなく、そこに日本企業に大きな可能性があると思います。
タイも同様ですが、タイ南部では分離独立を掲げるイスラム武装勢力が活動し、インドネシアでもアルカイダやイスラム国といった国際的なテロ組織を支持するイスラム過激グループが活動しています(ただし、治安当局は頻繁にテロ組織の摘発、メンバーの拘束を行っている)。
フィリピンはASEANで最も犯罪面で問題があり、駐在員や出張者を送る企業としては大きな治安上の懸念があります。タイやインドネシアで差し迫ったテロの脅威があるわけではありませんが、外務省の海外安全ホームページなどを日々チェックすることが重要になります。
対ロシアでは欧米との間に距離感
日本は対ロシアで欧米と足並みをそろえていますが、ASEAN諸国との間には大きな認識の乖離があることも認識するべきでしょう。
当然ながら、ウクライナへ侵攻したロシアの行為は許されるべきものではありませんが、ロシアへ制裁を実施しているのは世界で40ヵ国あまりしかなく(欧米や日本韓国)、中国やインドといった大国はむしろロシアとの経済的つながりを深めています。
2022年3月の国連総会の緊急特別会合で、ベトナムとラオス以外のすべてのASEANの国がロシアを非難する決議に賛成をしましたが、ロシアに対する経済制裁を実施したのはシンガポールのみとなっています。
ASEAN外相による共同声明でも「ウクライナで進行中の軍事的敵対行為」に対し、「即時停戦とウクライナの平和につながる対話の継続」を求めましたが、ロシアを名指しすることはありませんでした。
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この記事を書いた人
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和田大樹
Strategic Intelligence 代表取締役社長 CEO
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。特に国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などテロ研究を行う。テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
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