市街地の酒蔵に甘酒カフェを 森民酒造本家6代目が広げるファンの裾野
嘉永二年に創業し、170年以上にわたって日本酒製造を続ける「森民酒造本家」。6代目の森徳英さん(52)は事業を引き継ぐと同時に、東日本大震災でダメージを受けた酒蔵の大改修に踏み切りました。さらに仙台駅の近くにあるというアクセスの良さを生かして、蔵の敷地内に甘酒カフェ「森民茶房」をオープン。伝統を引き継ぎつつ、新たな日本酒ファンの獲得に挑んでいます。
嘉永二年に創業し、170年以上にわたって日本酒製造を続ける「森民酒造本家」。6代目の森徳英さん(52)は事業を引き継ぐと同時に、東日本大震災でダメージを受けた酒蔵の大改修に踏み切りました。さらに仙台駅の近くにあるというアクセスの良さを生かして、蔵の敷地内に甘酒カフェ「森民茶房」をオープン。伝統を引き継ぎつつ、新たな日本酒ファンの獲得に挑んでいます。
日本酒をおいしく仕上げるには、適切な温度と湿度の管理が必須です。ところが、江戸時代から170年以上も使い続いてきた酒蔵が、東日本大震災の激しい揺れで甚大なダメージを受けました。常に雨漏りが起こり、すきま風が吹く状態に。森さんは当時を振り返り、「お酒を造る環境が確保できる場所ではなくなっていました」と語ります。
その後修繕をして酒造りを再開しましたが、伝統的な蔵は完全な修繕が難しく、一カ所を直してもまた別の場所で問題が発生してしまいます。震災直後には無事であった建物全体を支える梁(はり)も、時間が経つにつれて曲がってきました。これを目の当たりにした森さんは、「そのうち完全に建て替える必要がある」と確信していたと言います。
2019年、5代目当主であった祖母が亡くなったことをきっかけに、森さんが6代目当主として事業を継承しました。この代替わりのタイミングで、森さんは以前から考えていた蔵の大改修に着手します。
この大改修には、コロナ禍による影響も大きく関わっていました。コロナ禍前の森民酒造本家の売り上げは、ほぼすべてが飲食店への日本酒の卸売りによるものでした。しかし、外食や飲み会の自粛が求められるようになり、メインの収入源が一気に途絶えてしまいます。その結果、当時の売り上げは例年の半分までに激減したと言います。
「うちはそう大きくない酒蔵 です。ここでお酒を造っていることを知らない人も多く、直接買いに来るお客様はほとんどいませんでした。どうせ仕事にならないならこの機会に、と大改修に踏み切りました」
こうして、森民酒造本家は新しく生まれ変わるための準備期間に入ります。2019年に蔵の改修をスタートし、2021年12月に完成。その間、並行してカフェの開業準備も進め、2022年6月には酒蔵併設の甘酒カフェ「森民茶房」をオープンしました。カフェの建設費用確保のため、国の事業再構築補助金も活用しました。
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森民茶房は、日本酒製造には欠かせない酒粕(さけかす)や麹(こうじ)をメニューに取り入れたカフェです。甘酒をはじめとするドリンク、チーズケーキを含むスイーツ、そしておにぎりやパンのセットなどを提供しています。
店は地下鉄の駅からほど近く、周辺には商店街や大学のキャンパスもあります。特に来客が多いのは平日の午後で、30~50代の女性がよく訪れるのだそうです。
森さんは、「甘酒カフェというアイデアは、実はずっと前から考えていました」と語ります。そのため事業を引き継いだ際に、酒蔵の改修と一緒にカフェ開業の準備を始めることが可能だったそうです。
カフェ運営を始めるきっかけとなった要因は二つあります。一つ目は、市販の甘酒を口にした際に「私たちの酒蔵の麹を使えば、より体に良く、よりおいしい甘酒が造れるだろう」と感じたことでした。酒蔵で使用する麹は、栄養素を分解してうまみを生み出す力が市販のものより強いのだそう。 これにより、甘さとコクが一段と増した甘酒が造れるとのことです。
「森民酒造本家の創業者である民蔵は、もともと甘酒の行商をしていました。だから、甘酒は私たちのルーツとも言えます」と森さんは語ります。
二つ目は、日本酒の製造過程で大量に生じる酒粕の存在です。例えば1トンのお米で酒造りを行うと、300~400kgもの酒粕が出ます。年間で50回の仕込みをした場合、酒粕の量は15~20トンにもなります。
森さんによれば、20年ほど前までは漬物店がこの酒粕を買い取り、魚を漬けるのに使っていたそうです。しかし近年では世情の変化に伴い、酒粕を買い取る漬物店が減少。そのため酒蔵が費用を払い、産業廃棄物として処分するしかなくなっているといいます。
「酒粕に漬けると、肉でも魚でも野菜でも本当においしくなります。酵素の力が作用し、食材がやわらかくなり、うまみが増すからです。それなのに、『産業廃棄物』という名前でただ捨てられるだけだなんて、実にもったいないことだと思いました」
現在、酒粕はカフェのメニューに使用されるだけでなく、酒粕単体で店内で販売もされています。以前は産業廃棄物として捨てられていた酒粕ですが、売り上げは好調で、今では「足りないほど」だと森さんは笑顔を見せます。
6代目当主である森さんの先代は祖母、その前は祖父が当主でした。森さんが日本酒造りの技を身につけたのは、4代目当主だった祖父からです。祖父が亡くなった後、事業は祖母が引き継ぎましたが、彼女自身は実務をこなすことはありませんでした。その代わり、当時働いていた杜氏と、森さんが協力して酒造業を支えていました。
今でこそ、仙台市中心部の杜氏として活躍する森さんですが、生まれは兵庫県西宮市。会社員だった父の都合で、東京の大学に進学するまではずっと関西で暮らしていたそうです。「父は会社員として出世街道をまっしぐら。自分も東京で楽しくやっている。その時点では、将来酒蔵を継ぐことはまったく頭にありませんでした」と振り返ります。
大学卒業後、森さんは都内の半導体製造装置メーカーに就職しました。依然として仙台に戻ることは考えていませんでしたが、勤務し始めて3年ほど経った頃、父が病気で亡くなりました。すっかり気落ちしてしまった祖父が、森さんに「帰ってきてほしい」とこぼすようになったのは、この頃です。
当時、森さんは自分の思うような仕事ができず、悶々とする日々を送っていました。自分の手で何かを創り出したい、という思いが強まっていたと言います。
「自分の実家で、まさにそのような仕事をしていることに気づきました。それで、仙台に帰ることを決意したのです」
27歳から日本酒の製造を学び始めた森さんは、事実上の後継者として育てられました。本来ならば、祖父が亡くなった後すぐに事業を引き継ぐはずでした。しかし、祖父から孫への財産相続では相続税が高額になることが判明し、一度祖母が事業を引き継いだのです。
16年後、祖母が亡くなり、事業は森さんに移されました。一見するとスムーズな事業承継ですが、この過程は決して無難ではなかったと振り返ります。
敷地を分割して親戚と共有していたため、相続手続きが難航したのです。これは、決して珍しいケースではなく、事業承継時にはよくある問題の一つです。現在、仙台市内に存在する酒蔵は2軒だけですが、かつては20軒以上ありました。「閉じた理由は製造環境の問題や売れ行き不振のほか、相続問題も少なくないと聞きます」と森さんは語ります。
さらに森さんは、用途地域の問題にも直面しました。用途地域とは、計画的な市街地を形成するために、用途に応じて分けられた地域のこと。建物の高さや床面積、使用目的などが厳格に制限されています。森民酒造本家の敷地は、「近隣商業地域」と「第二種住居地域」に分かれていて、森さんが相続したのは住宅環境を守るための「第二種住居地域」でした。
「ルールが厳しいため、酒蔵の改修は大変でした。また、下水への排水量やお米を蒸すための釜の安全基準など、それぞれの管轄によるルールも多く、頭を悩ませることが多かった」と森さんは振り返ります。
こうした課題の解決にあたっては、地元の工務店や地銀が持つ情報・ノウハウが頼りになったそうです。長い歴史を持つ土地や建物の承継で困りごとがあった場合、森さんは「まずは周囲に相談することをおすすめします。身近な人々の成功例や失敗例は非常に参考になります」とアドバイスします。それでも手続きが難航する場合に初めて、専門家に相談するのがおすすめだそうです。
コロナ禍のピークが過ぎ、インバウンド需要が戻るなど経済は復調傾向にありますが、「飲食業界は依然として厳しい状況にある」と森さんは述べます。
コロナ禍で大打撃を受けた日本酒の売り上げは、まだ元の水準に戻っていません。カフェの売り上げとあわせることで、全体の売り上げをなんとかコロナ前と同程度まで持ち直している状況だといいます。ただ、カフェのオープンによって、ポジティブな変化が確かに見られたと語ります。
「カフェを開店したことで、一般のお客様へのアピールが増えました。それが新たなお客様の流入につながり、店頭での酒の販売数が増えました。そこには大きな成果を感じているので、この路線を今後も進めていきたい」と森さん。
客層も多様化してきています。以前は「通」然としたお客ばかりだったのが、今はカフェを訪れたついでに一本購入するような新たな顧客が増えつつあります。
また、酒蔵改修後の新たな試みとして、「酒蔵見学ツアー」も始めました。これは酒蔵を見学し日本酒造りの知識を学んだ後に、カフェでスイーツとドリンクを楽しむというものです。「森民酒造の魅力を、日本酒と甘酒カフェの両軸から知ってもらうために始めました。毎日1、2件は予約が入っていて、順調に進んでいる感触があります」
今後の展望については、「お酒のOEM生産にチャレンジしたい」と森さん。近年、社会貢献の一環として農業を取り入れる企業が増えています。このことから、その企業が生産した少量のお米からお酒を製造し、それを企業に買い取ってもらうプロジェクトを計画中です。
「通常の酒蔵では生産に対する要求条件が厳しく、最低でもお米を1トン以上使う場合がほとんどです。ですが私たちの製法はすべて手作りなので、小規模生産への対応はそれほど難しくありません。もっと日本酒を身近に感じてもらうために、そういった活動もしていきたいですね」と、意気込みを語ってくれました。
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