目次

  1. 「盃のまち」から世界が注目する盃を
  2. 「和食」への注目で得た確信
  3. 経営塾での刺激が新発想に
  4. 「温度をデザインに」新シリーズを開発
  5. 7秒の動画で「突風の1年」に
  6. BtoCが大幅拡大
  7. こだわった「一発でわかる」魅力づくり
  8. いつか大使館で乾杯を

 明治20年(1887年)にマルイ商店という名で盃の販売をはじめたことがルーツとなる、丸モ高木陶器。1980年に会社組織となり、現在の従業員は35人です。創業者の高木伊助さんから代々家族が事業を継ぎ、2017年に正治さんが5代目社長に就任。長男の正治さんをはじめとした4兄弟のうち3人が現在同社で勤務し、事業を支えています。

 「それが高木家の文化というか。私を含め、兄弟皆で事業を継いで支えていくのが自然な形だと思っていました。両親が会社を引っ張っていく姿を間近で見ていて、自分もそうなると思っていましたし、特に父親の信念をもって突き進んでいく様子には威厳があって、子どもながらに格好良いなと感じていましたね」

丸モ高木陶器外観(同社提供)

 大学を卒業しての就職先も、いずれ事業を継ぐ日のためにと考えて決めました。高級洋食器で知られるノリタケカンパニーリミテドで、3年間働きます。2000年に自社に戻り、営業を担当。国内でも名を知られている料亭や海外のホテルなど、先代までで培ってきたBtoBの販売ルートをより強くし、自社の和食器を広げていくのが主な仕事でした。

 2013年には「和食」がユネスコの無形文化遺産に認定されます。その頃から海外に出かけることも増えてきたと言います。香港、シンガポール、アメリカと展示会に出展し、海外のバイヤーと間近に会話をする中で、確信めいた実感をもちました。

 「日本酒こそが、これから伸びていくキラーコンテンツになる。その器となる盃にスポットが当たるはずだ」

アメリカのラスベガスで開催された、和食の魅力を伝える展示会。食品、飲料、食器など日本食に関連するブースが所狭しと並んだ(同社提供)

 正治さんが事業を行っているのはまさに、盃の生産で有名な岐阜県多治見市市之倉町。世界が注目する盃を、市之倉から発信したいという熱い想いが正治さんの中で高まっていきました。

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