目次

  1. クリアファイル印刷に定評
  2. 「脱プラ」で増えた発注停止
  3. 火災を機に生まれた一体感
  4. 「エシカル消費」をビジョンに
  5. 横断的なプロジェクトチームを創設
  6. 多様な「しおり」を主力製品に
  7. 社内に設けた地域交流スペース
  8. エシカルで取り戻した誇り

 経営者なら誰でも、社員に「この会社で働けて幸せだ」という誇りを持たせたいと思っています。しかし、その誇りは社会環境の変化に対応できないと、一瞬にして失われ、取り戻すのは並大抵ではありません。

 近藤印刷も激しい環境変化の中で一度は誇りを失いました。しかし、社員が自ら新しいビジョンを創り上げ、それを目指すことで誇りを取り戻しました。「Think Big, Start Small, Learn Fast(大きく考え、小さく始め、早く学ぶ)」と言われるイノベーションの秘訣を、地で行くストーリーです。

近藤印刷の従業員たち

 近藤印刷は起久子さんの父で現会長の光夫さん(91)が1954年に創業。現在は社員16人を抱えます。年商は約2億5千万円です。起久子さんは元々、社長になるつもりは全くありませんでした。兄の高史さんが40歳の時に父から会社を継いでおり、自分は経理担当者として生涯兄を支えるものと思っていました。

 ところが、2011年の東日本大震災の後、兄から突然「起久子、お前が社長をやってくれ」と頼まれます。実は兄は敬虔なクリスチャンで、被災地に何度もボランティア活動に出かけるうち、本格的に支援活動がしたくなり、残りの人生を捧げたいと決意したのです。驚いた起久子さんは、必死で抵抗しましたが、兄からは「お前がやらないのなら、この会社を潰す」とまで言われます。この抵抗は2年続きました。

 そんな中、起久子さんはがんを患います。手術を受け闘病生活を送る間、だんだん心境に変化が出てきました。「同じ死ぬなら、近藤印刷の社長くらいやれるだろう」と腹が据わってきたのです。そして13年、兄の後を受けて3代目の社長に就任しました。

近藤印刷が手がけるクリアファイル

 当時、「近藤印刷といえばクリアファイル」と言われるほど、業界では定評がありました。クリアファイルはインクの乾燥が早いUV機を使って印刷します。同社のUV機は小型で、大型の機械を用いる大手企業に比べると印刷のズレがなく、キレイと評判だったのです。ところが就任直後、起久子さんは印刷業界をめぐる、二つの環境変化にのみ込まれました。

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