ようやくマスクを取る通勤者が増え始め、コロナ禍の収束が見えてきました。3年間、特に一般消費者(toC)を顧客とする小売り・サービス業界は環境変化への適応を余儀なくされました。この連載では、小売り・サービス業界といったtoC企業で、アフターコロナ時代の生き残りをかけて挑戦している取り組みを取り上げ、toC企業の経営者の皆様へ夢と希望を届けたい、という想いで執筆したいと思います。
日本銀行の全国企業短期経済観測調査(23年6月)を見ると、非製造業の人手不足が顕著です。人員が「過剰」と答えた割合から「不足」とする割合を引いた雇用人員判断DIは、中小企業の非製造業でマイナス43となり、製造業のマイナス21と比べて人手不足が深刻であることがうかがえます。さらに先行きも尋ねると、中小企業の非製造業はマイナス48という結果で、人手不足解消の見通しも立ちません。
もともと、小売り・サービス業では、生産工程のほとんどを人的作業に依存しています。例えば、飲食業では来店客の案内、注文、配膳、精算などの接客や料理の仕込み、調理、皿洗い、床掃除などのキッチン業務、さらには、資材調達、在庫管理などのマネジメントに至るまで、工程のほぼ全てがマンパワーで支えられています。同様に人的作業の依存度が高い業種としては、宿泊・観光業や運輸業や建築業(現場作業)があります。
小売り・サービス業は利益確保のために、原価に当たる人的生産部分をいかに安く抑えるかに苦慮してきました。外食業では、FLコスト(食材仕入れコストと人件費コスト)を経営指標として管理しています。シフト人数を抑制するワンオペ問題や外国人労働者の積極的な起用などは、人件費の抑制を図ろうとするが故の事象とも言えます。
まず、国内就業者の仕事選びの基準が変わりました。22年12月~23年2月に行われた「エン転職」会員へのアンケート(有効回答数:1万618人)によると、「コロナ禍を経験し、『企業選びの軸』は変わりましたか」という質問に、サービス業に従事者する人の37%は「変わった」と回答しています。
「変わった」と答えた人(全業種)を見ると、「企業選びの軸で、特に何を重視するように変わりましたか」という質問に対し、「希望の働き方(テレワーク・副業など)ができるか」(51%)、「希望の就業条件(勤務時間・休日休暇など)があるか」(32%)、「業績が好調か」(24%)、「年収アップできるか」(23%)という回答になっています。
コロナを経験した就業者は、自分に合った働き方と持続的に給与アップ可能な業績好調企業を選ぶ傾向になっていることがうかがえます。
次に、海外からの就労者に目を向けます。2022年10月末現在、日本国内の外国人労働者数は約182万人。国籍別にみると、第1位がベトナムで約46万人(外国人労働者数全体の25%)、次に中国の38万人(同21%)と続きます。
しかし、23年に入ると、ベトナム人が職を求めて渡航する先が変わり、日本でなく、台湾や韓国、豪州を選ぶ傾向が強くなってきました。その理由は円安です。
コロナ感染症が流行し始めた2020年3月時点では1ドル110円前後で推移していた為替レートは、23年6月には同140円前後になりました。円はベトナム通貨のドンに対しても弱くなっており、ベトナムからの就労者が、日本で働いても、自国通貨に置き換えるとコロナ禍前と比べ、約3割程度目減りしてしまうのです。外国人労働者を増やすには、新たな政策に期待するほかないという状況です。
人的生産に依存しない改革が必要に
このように、コロナが終息しつつあっても、生産工程の多くを人的生産に依存し、生産原価を抑制するために労働賃金を抑えたいという企業側の意向と、持続的に賃金アップを期待する就業者側の意向がかみ合わない限り、小売り・サービス業が就業者を確保することは容易ではありません。
今後は就業者の期待に応えられる働き方改革と同時に、人的作業に依存しない生産改革が必要となってきます。
次章からは、ITの活用で人手不足の解消を目指す大企業の事例を紹介します。
睡眠の専門スタッフがアバター接客
西川株式会社(ふとんの西川)は23年6月から、アバターを活用した遠隔接客システム「睡眠アバターコンサルティング」の提供を始めました。在宅からの遠隔接客を可能にすることで、販売員の働き方改革と生産性向上につなげる試みです。
接客の流れは、次の通りです。
①店頭にあるサイネージ画面のスタートボタンを押してコンサルティングを開始
②画面に表示されるお悩み項目から、自身の気になる悩みを選択
③画面のアバターと会話をしながら、画面に表示される質問に回答
④質問の回答を基に、アバターが「西川睡眠ラボ」のまくら4種類・マットレス7種類からおすすめの商品を紹介
⑤商品を店内で体感し、寝心地を確認
西川株式会社プレスリリース
比較的高額な寝具を販売する西川では、日本睡眠科学研究所認定の「スリープマスター」をはじめとする睡眠科学や快眠環境の専門知識を習得した販売スタッフが接客・アドバイスしています。
しかし、全ての店にそのようなスタッフを配置するのは、容易ではありません。店舗数に応じたスタッフをそろえるためには、採用、教育、シフト管理が必要です。
それでも、この遠隔接客システムで場所と時間の制約無く接客に専念できるようになるため、対応人数を増やせるだけでなく、リモートワークや時短勤務など、販売スタッフの新しい働き方が可能となります。
専門知識を身につけたスタッフが1人で複数店舗を掛け持つこともでき、接客機会が増えることで、サービスレベルの向上にもつなげるのが狙いです。
現在導入しているのは1店舗ですが、販売スタッフでもリモートワークできるという働き方改革への取り組みであると同時に、高付加価値商材を販売するうえで必要な接客自体のあり方を変革し、進化させる挑戦でもあると筆者は考えます。
コンビニの遠隔接客で働き方も変化
また、22年11月には、株式会社ローソンが、遠隔地にいる社員のアバターが接客する近未来型店舗「グリーンローソン」を東京都豊島区にオープンしました。
ローソンは自社のホームページで次のように発表しています。
時間・距離・年齢・介護や育児で外出しづらい・身体的なハンディキャップがあるなど、様々な障害や制約にとらわれることなく、誰もがいきいきと働くことができる“全員参加型社会”の実現を目指します。 9月に行った公募では、主婦の方・ローソン経験者・Vtuber・身体的な理由から接客業を諦めていた方など、10代~60代の幅広い年代の方約400名からご応募をいただきました。グリーンローソンでは約30名の方にアバターオペレーターとして勤務いただきます。
ローソンニュースリリース
朝日新聞デジタルの記事(23年7月19日配信)によると、アバター接客に対応している店舗は東京や大阪など現在4店舗。人材確保が難しい深夜帯も含め、アバターが1人で3~4店をカバーする実験を23年8月にも始めます。
ローソンの竹増貞信社長は23年7月、朝日新聞のインタビューで次のように答えています。
「コロナ下ではサービス産業が厳しい状況でコンビニに人が集まり、人手不足という言葉はあまり聞かなくなっていました。しかし昨年の暮れぐらいから人が動き始めて外食店などが回復し、足元では人が集まらなくなったという声を聞きます。これから訪日外国人客が増えればサービス産業がにぎわい、人手はさらに逼迫(ひっぱく)するでしょう。先手を打っていかなければなりません」
「一方、子育て中の方からは、子どもが寝た深夜に1~2時間ぐらい自宅で働きたいという声もうかがいます。すき間時間にさっとシフトに入れるようなマッチングアプリをつくれば、お店で働きにくい人にとってもフレンドリーになるのではないでしょうか」
朝日新聞デジタル
圧迫感を緩める遠隔接客
寝具販売やコンビニでの非対面接客事例を紹介しましたが、接客内容は業種によって様々です。
例えば、金融機関の接客業務の場合は、比較的非対面での効率化がしやすいケースと言えます。顧客側は購入ニーズが顕在化している前提で店舗を訪れるため、受け付け手続きや待ち時間を短縮化できるからです。顧客は迅速かつ円滑にサービスを提供されたいので、その前工程となる業務の課題解決をすれば良いのです。
ところが、寝具販売のような場合は異なります。購入してもらうためのアドバイス自体が接客行為で、これが無ければ売り上げの減少につながりかねません。顧客からすると、購入する満々であればアドバイスは好まれますが、購入を検討するための試着といった場合は、接客を希望しない顧客が多いかもしれません。
実際、自動車ディーラーや住宅展示場では、販売員に声をかけられることに抵抗感があり、店に入ることを敬遠する客が一定の割合でいます。売り込まれるという心理的な圧迫が嫌悪されているのです。しかし、対面接客でなければ、セールスの圧迫感が緩和されるので、遠隔接客は有効である、という見方もできるのです。
接客業務を効率化する意義
小売り・サービス業の人手不足は、深刻化する一方です。今回紹介した企業は一例ですが、人の依存度が高く自動化や機械化に対してネガティブだった「接客業務」の非接触化・効率化に、多くの企業が挑戦しています。
アフターコロナ時代の小売・サービス業界における経営の最大の課題は人手不足です。今後は人が集う企業が栄え、人が去る企業が淘汰される時代です。
一方で、接客業をリモート化する取り組みなどのDXには投資が必要となります。中小企業は大手のように簡単には導入できません。そこで、助成金や補助金の活用をお勧めします。経営を変革することに対する様々な行政支援があります。詳細は次回以降で説明したいと思います。
最後に、中小企業の経営者はビジョンを掲げ、挑戦する姿勢をステークホルダーへ示すことを大切にしてほしいと思います。働き方改革や生産性向上、賃金アップという業界課題を解決することに挑む企業にこそ人は集まる、と筆者は考えます。
次回はアフターコロナ時代で小売・サービス業の「賃金アップ」の課題に挑戦している事例を紹介します。
なお、以前の連載「オンライン営業術」では、営業の効率化をテーマに、BtoB営業を効率化させるポイントを解説してきました。こちらもご参照下さい。